◼️ 原田マハ「たゆたえども沈まず」
ふむ・・ゴッホ、ドラマ多き不遇の巨匠。
ゴッホはなにかと企画展や本が多い気がする。ここ数年で京都で企画展があったり、神戸の展覧会に郵便配達人ルーランの妻・ルーラン夫人の肖像が来ていたり、「ひまわりの謎」的な本を貸してもらったりした。
映画は「ゴッホ 最期の手紙」という、全編が動く油絵(ゴッホの絵の模写)という実験的映画は、とても良かった。郵便配達人ルーランの息子が主人公。最近は「永遠の門 ゴッホの見た未来」というのもあった。
さて、「たゆたえども沈まず」先に著者の「ゴッホのあしあと」を読んでからの、いわば本編。
東京開成学校でフランス語を学んでいた加納重吉は、先輩の画商・林忠正の誘いでパリに渡り、林が共同経営者となっている会社で働くことになる。浮世絵等日本美術に関連した品物を本国から仕入れ、1867年のパリ万博以来火のついたジャポニザン、日本趣味の裕福な階層に販売していた。やがて重吉は同じく画商の若き支配人、画家の兄を持つテオドルス・ファン・ゴッホと出会い、友人となるー。
いまや偉大なる画家、フィンセント・ファン・ゴッホと経済的・精神的にフィンセントを支えた弟テオの物語。そこへ、実在したパリの画商林忠正、架空の加納重吉という青年を絡ませ、フランス絵画界でジャポニズムがどれだけの影響力を持っていたか、どれほどのインパクトだったのか、という時代のベースを紐解いている。
ジャガイモを食べる人々、タンギーじいさん、ひまわり、郵便配達人とその夫人、星月夜、跳ね橋、医師ガシェ、麦畑、教会などの名作めぐり。ゴーギャンと短い共同生活を送ったアルル、精神的な病理の治療をしたサン=レミ、終焉の地オーヴェルなど画家ゴッホの旅を追う過程も何度なぞっても楽しい。そして著者も部屋を持って暮らすパリ・セーヌ川に重い存在感を持たせているのも、くるくると変わる場面に効いているように感じる。
美術の専門的な研究をストーリーにするのはもちろん、感情的な筆致も原田マハらしく、重厚な物語となっている。少し都合が良いな、というのといささか情動が過ぎるのも、らしいと思った。
ゴッホというのは生きているうちに1枚しか絵が売れなかったこと、耳切りに拳銃自殺というエキセントリックな事件、さらに強烈な個性とただよう哀愁から画壇のひとつの象徴的存在だな、と改めて感慨も持つ。原田マハが描くのは必然だっただろう。
サイド的には、この時代はシャーロック・ホームズ活躍の時代と重なり、切り裂きジャック事件にも触れていることも興味深かった。
さらに、前半、まだ世に高くは認められていなかった印象派の絵を見た瞬間のご婦人の言葉にビビビとさせられ、引っ張られた。
神話などからモチーフを取り、屋内でモデルを使って描いていたサロンの画家の権勢と逆に、光と風景を求めてどんどん屋外に出ていった印象派画家たちの作品を見事に言い表している。
ーなんてすてきなんでしょう。この絵を部屋の中に飾ったら、まるでもうひとつ新しい窓ができるようだわ!
単体で抜き出すとちょっとあざとさ、さえ漂うがナラティブの流れのなかで読むと持っていかれるんだよね。
重厚さを堪能しました。
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