2019年11月10日日曜日

11月書評の2







奈良でいつも行くフルーツ専門店のサンド。飲み物はカリンティー。

神戸の旧居留地ではルミナリエの準備が。久しく行ってないなー。

◼️武田珂代子「太平洋戦争 日本語諜報戦」


「山河燃ゆ」が蘇る。英語圏の国における日本語諜報要員育成の過程を追ったもの。


1984年、「山河燃ゆ」というNHK大河ドラマがあった。私がそれと認識して初めて続けて観た大河だと記憶している。松本幸四郎が日系二世のアメリカ軍言語官の主人公で、東京裁判の法廷通訳モニターを務めていた。途中で殺されてしまうが、沢田研二もアメリカ軍所属として出演していた。おそらくNHK交響楽団が演奏していた重々しく葛藤を感じさせるオープニングテーマは今でもメロディを覚えている。実在の人物をもとにした山崎豊子の「二つの祖国」が原作ということは今回初めて知った。


アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダは第二次大戦前夜、日本との間に軍事的緊張の高まりに応じ、もしくは開戦してから、日本語を理解し駆使する要員の必要性を感じ、養成機関を設立する。


オーストラリアやカナダは立ち上がりも遅く、また特にカナダでは国内で日本人移民に対する暴動が勃発したこともあり、国軍から二世を排除していたが、立場は高くないながらもアメリカ、イギリスは大勢の人員を必要としたことから積極的に起用した。


捕虜や遺体が所持していた「捕獲文書」の翻訳、捕虜の尋問、傍受した通信・暗号の解読、さらには投降を呼びかけるビラや戦地での実際の説得などその任務は多岐にわたり、さらには日本の兵舎敷地に潜入して作戦会議や指示を聴いたり、交戦時例えば日本軍が退却の指示を出している中「進め」「突撃」と声を出し撹乱する役目も担った。


これらの周到な準備により戦況を有利に勧められたとしてマッカーサーは「実際の戦闘前にこれほど敵のことを知っていた戦争はこれまでになかった」と発言したという。


任務に当たったのは二世ばかりではなく、日本から帰国したアメリカ人、イギリス人などももちろん含まれている。ドナルド・キーンをはじめ、彼らが戦後、日本関連の業績を残したのも戦争の副産物として興味深いものがある。


この本では主に各国の要員育成の実情を資料をもとに述べているが、最終章に二世たちの葛藤もまとめている。


いわゆる二世たちは、親が日本からアメリカやカナダへ渡り、子どもを日本へ送り日本の教育を受けさせてまた帰ってくる「帰米」「帰加」の人々が多い。戦時、家族とともに収容所へ入れられており、その中で志願した者も多かった。父母の祖国と戦うことに加え、軍の中での人種差別や偏見とも対峙しなければならなかった。「山河燃ゆ」の松本幸四郎も様々な矛盾・葛藤に苦しみ最後は自殺する。


この本では最初の章で、戦前ハワイや北アメリカに渡った一世たちが日本の文化を学ばせたいと日本へ子弟を送った際、数少ない受け入れ機関だった熊本県の九州学院を紹介している。私の父は、九州学院卒だ。なんとなく縁を感じる作品ではあった。


さて、ひとこと。助成の費用を得て書かれた作品とのこと。ようは論文かと思う。研究書、新書の類には、淡々と事実、数字を羅列していて、あまりにも読ませようとする姿勢に欠けている本が見られる。これもその一つ。事実は興味深いが、とても退屈だった。もう少し学者さん、そして何より編集者は心に留めてもらいたいと思う。もう少し、できるだろう。


◼️アンソニー・ホロヴィッツ

「カササギ殺人事件」上下


「えーっ」と。

下巻に進んだ時のびっくり感は特筆もの。


大戦後のイギリスの片田舎と現代のロンドン。上下巻で2つの大きなミステリが楽しめます。


帰郷した時に呑んだ大学の先輩。ミステリ好きで話が合う方と読書の話をしていたら


「もう『カササギ』読んだか?いいぞ〜イヒヒヒ」


と言われた。書店でも目立つし、ホロヴィッツといえばコナン・ドイル財団公認のシャーロック・ホームズの「新作」である「絹の家」や「モリアーティ」を読んでいるので当然知ってて楽しみにしていた。


さて、上巻。戦時はユダヤ人の収容所に入っていたこともあるアティカス・ピュントが探偵役で物語は展開する。


イギリスの片田舎の村の屋敷で家政婦が階段から落ちて死ぬ。家政婦の息子が殺したのではと噂が立ち、その婚約者がロンドンのピュントのもとに救いを求めて依頼に来る。


ピュントは余命いくばくもないことを医師に告知されたばかりということもあり、依頼を断りアドバイスをして娘を返す。ところが、その屋敷の主人が首を切断されて殺され、ピュントは捜査に乗り出すー。


アガサ・クリスティーへのオマージュ的要素を持つ作品、というふれこみもあった。私はクリスティーの有名作を中心に昔読み、最近いくつか再読したくらいで詳しくはない。ただ「オリエント急行」や「そして誰もいなくなった」のように、登場人物たちそれぞれに謎の要素を匂わせる手法はよく似ている。人々と物語に「揺らぎ」を与えていて上手い。


お気に入りの森を売却され怒る牧師、若い愛人を囲っている屋敷の主人の妻、実妹でありながら屋敷を追い出され、果ては家政婦がいなくなったからやらないか、と主人に勧められた婦人と容疑者それぞれに動機がないことはない。ピュントは手がかりから仮説を立て、犯人は分かった、というところで下巻へ。


ところが!下巻はまったく現代の話。えーっ、そんな、どうなるの?と読者を当惑させるのが作品の大きな仕掛け。アティカス・ピュントシリーズを書いていたアラン・コンウェイが自分の家にある塔から落ちて死ぬ。アランもまた不治の病で、遺書が見つかった。担当編集者のスーザンは「カササギ殺人事件」の失われた解決編を探して関係者の間を巡るうちにコンウェイの死は殺人ではないかという思いに突き動かされ、調査するようになる。殺人かどうかも分からない中、こちらも多くの人が動機ある容疑者候補として挙げられる。


さて、アランを殺した犯人は誰か、そして「カササギ殺人事件」の結末はー。


読み手は突然の二重構造の提示にびっくりした後、ダブルの伏線が劇中劇とスーザンのいる現実世界とにオーバーラップしてないかと気をつけて下巻を読むことを強いられる。そして無事、全てを手にした時の安堵感というか、虚脱感を味わう。


ハンパない「おあずけ」で悶絶したぶん、ラストに2つの解決を一気に経験して2倍のカタルシスに浸るというわけですね。


いやー練りに練った作品、という感じでしたねー。古き良きイギリスミステリーの味もしっかり味わえたし、何よりこの過去と現在、架空の作品と現代の事件を絡めたダイナミックな仕掛けを楽しむものでしょう。下巻に入った時本当にえーっと思ったし^_^


謎、森、葬儀、夜の訪問者、過去、など雰囲気の作り方も良く、また現代編では同性愛、中年の女性編集者の立場と恋人との岐路など上手に色合いもつけている気がした。


見事なものだと思う。


ただ違和感もすこうし。ストーリーを導くように配した伏線が先を予想させてしまったり、証拠によって十分な結論を出すのではなく、結論に推測部分があるかな、少しジャンプしてるかな、と思ったり、登場人物の考えに対してズレを感じたりした。登場人物への愛着ももひとつ湧かないかな。


まあ特にプロの探偵と違うスーザンの行動の素人っぽさを浮き立たせる狙いもあるのかも。


ただ全体的には満足できる読後感だった。最後の方は実はオリエント急行よろしく、容疑者全員がまさか?なんて思ってしまったし。ホロヴィッツというのは、器の大きさとキレを感じさせる作家さんだと思う。


アランの恋人、ジェイムズ・テイラーは、ラグビーワールドカップの影響で、南アフリカのスクラムハーフで金髪をなびかせたデクラークを想像してしまった。この時期ならでは。


カササギ、マグパイというのはシャーロック・ホームズのパスティーシュで美術品を愛好する犯罪者のあだ名だったり、海外のミステリーでちょいちょい目にするイメージではある。


そういった闇にまぎれ人間社会をすり抜けるような感覚も相まって楽しめるミステリーだった。

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