ソファに膝をつこうとしたところ、オットマンとソファとの間についてしまい、ソファオットマン間にパカッとできた溝へ瞬間で墜落、高さ40センチから体重の乗った片膝をフローリングの床にしたたか打った。
家での活動に支障はないが、外ではうまく足が動かず鈍い痛みも伴う。これ以上ダメなら整形外科医で診てもらおう。
◼️チェーホフ「かもめ・ワーニャ伯父さん」
絶望から忍耐、その先には。チェーホフ四代劇は文学的。
シェイクスピアをひと通り読んでから、定期的に劇ものを読む習慣がついた。
「かもめ」はまた、北村薫の「円紫さんと私」シリーズの主人公である女子大生が最初の方に読んでいた本でもあり、覚えていた。
「かもめ」は裕福な地主の美しい娘で女優志望のニーナが有名作家のトリゴーリンへの憧れからトリゴーリンと一緒になり子を設けるがやがて捨てられる。ニーナはモスクワで女優として一時活躍もするが、今となっては地方興行、いわゆるドサ回りをするしかない立場に落ちぶれた。
田舎でニーナを囲む者たちは元女優のアルカージナ、元彼でアルカージナの息子、後に作家となるが、戻ってきたニーナにふられ自殺するトレープレフ、トレープレフに抱いた恋心を吹っ切り、教師で貧乏を嘆いてばかりいるメドヴェージェンコと結婚したマーシャら。
容赦ない現実と、それに対する忍耐を医師や地主、教師、栄光の時が去った女優ら多くの視点から描いている。きらびやかなものを求める若さゆえの熱情ともはや取り返せない結果を見せ、なにかが産まれる胎動を感じさせる。
マーシャとニーナ、トレープレフといった若者の対比が神韻縹渺たる雰囲気。忍耐かー。
シェイクスピアは、喜劇も悲劇も舞台効果を考えながら作った脚本ということが分かる。しかしチェーホフは土臭い部分もある、文学作品といった、文学作品というイメージだ。かもめ、の意図は直截ではあるが、陰鬱な暗示で、効いているな、と思う。
「ワーニャ伯父さん」
は亡くなった妹の元夫である大学教授〜今は若く美しい妻のいる〜に人生を尽くし、領地の経営をしてきた47歳のワーニャたちに対して、教授はワーニャの姪で教授と先妻の娘・ソーニャのものであるこの土地を売却してしまってはどうか、と提案しワーニャが猛反発する。
老教授と美貌の妻エレーナが街へと去ってしまった後、残った姪のソーニャがワーニャを諭す。
「でも、仕方がないわ、生きていかなければ!」
この戯曲の最も感動的なシーン、だとのこと。
忍耐については「三人姉妹」へと続き、それが新たな喜びを生むのが「桜の園」とか。
うーん、もう少し読み込まなければ分かってこないかな。「かもめ」は若さのほとばしりと対比がよく見えたが、「ワーニャ伯父さん」はどうしてそんなに尽くす必要があるのか、というとこから分からず、最後の盛り上がりについていけなかった。正直。
シェイクスピアは先にも行ったように題材も、その時代より古く、余興としての劇というイメージが強いが、チェーホフは忍耐と労働、という、おそらくロシア的な価値と現実への対応を主軸に置いている。
ふむうむ。「三人姉妹」「桜の園」に進んでみよう。
◼️長野まゆみ「レモンタルト」
ふふふ、なんて感じの読後感。
かわいいタイトルとは程遠い、手練れのクセある作品。
少年、のみを脱した進化版の近著。でもテイストはやっぱり(笑)生きていた。ミステリっぽくもある興味深い雰囲気の連作。
長野まゆみはわりに多く読んできた。「少年アリス」を筆頭とする異世界美少年もの、「カンパネルラ」などの親族(男性限定)葛藤ものがその代表的な作品の性格だが、最近は違うようだ。
近著はそんなに読んでないが、賞を取った「冥途あり」をはじめ、女性も出てくる(ここちょっと力説・笑)ちょっと深めの、面白いものに手が届きそうな、そうでないような独特の雰囲気を醸し出しているものに変わってきたのかな、という感触だけ、ある。今作もまたそのようなテイストを纏った興味深い作品だった。
両親のいない士(つかさ)は姉を病気で失い、姉の夫だった義兄と2世帯住宅に住んでいる。士は某企業の重役の庶子であり、現役員のYの手引きで入社した。総務部に席を置くが実際の仕事は役員が振ってくる、少々闇色の業務。
必要であればカラダを使ってターゲットの情報を集めろ、とか。人事部長の息子を雪山の別荘に連れて行ったり、役員の家族へのプレゼントを買っておいたり、犬の散歩をさせたり、愛人関係の業務も書いてたかな、挙げ句の果てに入社試験最終面接の学生たちの前で服を脱げと命じられたりする。
念のためだが、士は男だ。長野まゆみが描く恋愛はBLが基本である。この作品ももう花盛りでござった。
それでエピソードの中での士はもう、やられ放題のキャラである。
最初の「傘をどうぞ」では
家に侵入された男に椅子に縛りつけられ危うく犯されかける。その時、士は男を冷静に文学的に分析して、襲われることに暗鬱になっていた、とのんきにのたまう。困ったことになっちゃったなーって雰囲気にあまりにやられなれちゃいすぎだろーっとツッコミをかましてしまい、苦笑してしまう。
次の「レモンタルト」では唇を奪われ、さらに鈍器で頭を殴られて意識を失う。その次「北風吹いて、雪が降ったら」では冬の高速のサービスエリアに取り残される。「とっておきの料理」では厳しい入社試験を潜り抜けた同期のエリートに役に立たない縁故入社の社員、役員の犬、と侮られ、殴られたうえに罵倒される。
ここまでだけでもマンガ風の物語になりそうだ。しかしところが、それだけではない。
各短編はおおむね軽いミステリー仕立てになっている。「傘をどうぞ」では駅で女に手渡された傘をめぐり士は中年の男に凌辱されかける、また鈍器で殴られる、部長の息子に車を乗り逃げされる、同期の男にどつかれる、などなどの理由は?というもの。
探偵役はそういうのが好きな義兄で、スラスラとうさんくさげな、しかし言われると鋭いような気もする三文小説推論を仕立ててみせる。が、本当に合っているかは分からない。ゆえに、この短編集には北村薫のような、日常の謎を追う風情から幻想的っぽさまでが漂う。
劇中で士は殴られた同期とムフフしちゃったりそれを義兄に見られちゃったりするが、この連作短編中では士の義兄に対する恋心が全編を貫いていて、じわじわと高められる。
義兄は士が死ねば、家と土地の権利や姉から受け継いだ財産が手に入る。劇中では「毒があればもっとよかったけどな」なんて緊張感のあるセリフが出て来たりする。再婚の話も出ている、と複雑だ。
さらにさらに、作中には士の亡き姉への想い、義兄の姉に対する心持ちと大人の行動が散りばめられ、最後の方では泣いちゃったりするのである。
少し不思議な設定にまるで伊坂幸太郎のような遊びとサスペンスがあったり、すべて解決しないところに魅力が逆にあったり、さらに食べ物、ケーキ、煮込みにほっこり感があったり、情事の後の素っ裸のプレゼンなど、刺激的で笑える場面があったりする。決して夢中になったり大笑いできるような作品ではないのだが、手練手管と作者の特性を込めており興味深い。
いやー、この感じと技術はもはやマジシャン、魔術師、を通り越して魔道士ではないでしょうか。
近著、さらに読みたくなった。