髙田郁「花だより みをつくし料理帖特別巻」
ごぶさたしていた懐かしい顔ぶれがまた動き出すー。
10巻完読した人気シリーズ「みをつくし料理帖」。久しぶりすぎて常連キャラを忘れかけていたがすぐ感覚が戻った。
女料理人・澪が吉原にいた元花魁、幼なじみの野江とともに故郷の大阪へ去ってからはや4年。江戸の一膳飯屋「つる屋」は好調だったが、店主の種市は化け物稲荷で助けた自称占い師に「来年の桜を見ることはできない」と告げられ悶々と悩む。澪に会いたい気持ちが募る中、なじみ客の戯作者・清右衛門の一喝で大阪へと旅立つことにー。(花だよりー愛し浅蜊佃煮)
やっぱりいいな、とこの雰囲気、この登場人物たち。上記が第1話、第2話は小野寺数馬=小松原の妻・乙緒(いつを)を主人公に小松原のその後と取り巻く人々の「涼風ありーその名は岡大夫」、舞台を大阪に移し又次との出会いを絡めて野江の現在を描き出す「秋燕ー明日の唐汁」、そしていよいよ澪と源斉夫婦の話、大阪の街をころりが襲う「月の船を漕ぐー病知らず」が最終話で展開される。
春夏秋冬の物語となっており、それぞれに、主人公にゆかりが深く、なおかつ読んでてすごく食べたくなる料理が紹介される。いやーかないませんね。
最も印象に残ったのは第2話。心の内を見せないようしつけられて育った、ちょっと変わり者のニューキャラ乙緒が面白い。最初の方はテンポが良く、乙緒の心の声にクスッとなる。小松原の妹早帆のにぎやかしぶりも楽しい。物語が進むにつれて乙緒は夫に対する自分の気持ちに気付いていく。途中からテンポがダウンしちょっと冗長さも感じたが、まあだからオチの爽やかさが引き立つのかな。
第3話は、シリーズ中なかなか人柄が見えにくかった野江のストーリー。かつて又次に運命を説かれた野江がまた、運命の分かれ道に立つ。野江と読み手が邂逅を果たす、といった感じでとても興味深い。
第4話は、悩む澪。なかなか突き詰めて考えさせる篇。食の細い源斉に張り切った料理を作るところなど、空回りが変に目立つ気はするが、上手に気持ちよく締まる。
このシリーズには、最初の方に「とろとろ茶碗蒸し」や「こぼれ梅」といった、女性がおやつ代わりにもして食べるような料理に感心した覚えがある。豊富な知識と取材をもとに食材や調理を丁寧に見せ、季節時節も考えてさらに人情をスパイスにしているまごうかたなき佳作だと思う。まあ悲しみの部分、描写がちょっと過剰だなと思わないことはなかったけれど、バランスの良さもあるのだろう。楽しく没頭して読めた。
やっぱ日本人、季節に合わせた舌に深く染み入る庶民的献立が大好き。今回出て来た「岡大夫」は甘味だがぜひ食べてみたいし、他もちょっとよだれが出そう。
これにて本当の完結のようだ。
私は会社に本読みネットワークを持っている。いやそんな大げさなもんでもないけども、この本を、はいどうぞー良かったですよ、と後輩が貸してくれた。早めに読まなきゃな、と思っていたタイミングだった。持つべきものは本読み友達、である。
川端康成「虹いくたび」
京都に行くときに、京都が舞台の本を読む。
戦後数年、建築家・水原の娘はそれぞれ母が違った。年長の百子を未婚のまま産んだ母親は自殺し、麻子の母、結婚した水原の妻も亡くなった。麻子は、京都で母親と暮らしている妹・若子を探しに東京から京都へ行った帰りの汽車で赤ちゃん連れの男・大谷と出逢う。
百子は結ばれた晩に百子を傷つける言葉を吐いた啓太を戦争で亡くし、今は美少年を取っ替えひっかえ遊んでいる。麻子は純粋で、その純度が同居している百子を苛立たせる。父の水原は若子の母、菊枝に会いに京都へ行く。啓太の父・青木と弟の夏二が姉妹に関わろうとしてくるー。
設定がやや複雑で少しずつ見えてくるような感じである。事件といえば百子にまつわることばかりで、百子中心のストーリーだ。どこかアンニュイで心の傷に耐えている女性。川端作品にはよくあるが、時節と戦争、世代というものを少しずつ混ぜている。
ベースの雰囲気は静かで、それが泡立つ百子の心を引き立たせる。
この作品は、京都の、共に暮らしていない姉妹という点で「古都」につながる。空気感も似ている。また出自や運命による傷を深く思うところが、こないだ読んだ「千羽鶴」にも少し似ている。水原と麻子が一緒に風呂に入るシーンがあるが、なんとなく長男の嫁と義父が中心の作品「山の音」を思わせるし、解説によれば「雪国」にも似ているそうだ。
とはいえ、京都の若子で展開があるのか、大谷と関わりが深くなるのか、というと肩透かしだし、啓太の親族もどうも不自然な絡み方である。啓太はまたどこか性癖の過剰さも感じさせる。意地悪く言えば、なにかを感じさせる作品ではあるものの、風呂敷広げすぎてしまった感がないでもない。ただ、解説に書いてあるようにどこか不自然な、おかしなところがあるのも川端の小説、かなと共感した。それがまた独特の繊細さを醸し出す、というと言い過ぎだろうか。
京都では大徳寺や南座、円山、嵐山もなど出てくるが印象的なのは桂離宮。宮内庁の管轄なので現在も事前申し込みしないと参観できない。物語でも許可証を申請してある。ただ、建築家・水原の娘ということで夏二と麻子が歩くのに、守衛の案内は免除となる。2人はゆっくりと桂離宮を巡りながら、話をする。戦死した夏二の兄のこと、百子のこと、死生観。ひとつのクライマックスだろう。
先週末、京都に行く用があったときに電車で読んだ本。桂離宮って意識になかったけど1回行ってみるのもいいかも、と思った。
菅野仁「友だち幻想」
10年前に出た本でいま注目されてるらしい。
友だち、家族、学校などの人間関係を優しく読み解く本で、児童向けというのも意識されているだろう。
ムラ社会だったころと現代の違いから始まって、他者との関係性をひもとき、なぜ友だちのことで悩むのか、をゆっくりと分析して説明する。さらには学校教育、親子関係について必要のあることを説いていく。
印象的だったのは、ルサンチマンは誰の心にも生じることがある、ということ、またやはり成長するにつれ変わっていく子どもにどう向き合うか、だった。
この本に書いてあることは、たしかに学校では教えない。実は集団の場合、気の合わない人とも共存していかなくてはならないし、あまり友人に寄りかかり過ぎてもいけない。教師が言ったり教科書に書いたり、ということはあまりなく、マンガですらまだまだ理想主義的とも言える。
そのへん、現実に合わせた教え方をしましょうよ、と。おおざっぱに言うとそんなとこかな。
読んでいて何回か、ん、そうかな?そこまで考えんでも、と感じることも正直あった。例えば1年生になったら、という歌は百人友だちを作ることが望ましいのだと暗にプレッシャーを感じる人もいる、という論とか。いじめるといじめた人にはリスクが生まれる、とか。うーん、読みながら自分に問い直す時のポイントとしては面白いかも知れない。
学校での同調圧力が息苦しい、という点はあるんだろうなあとは思うけど、自分の場合同調圧力に対して鈍感力をフルに駆使していた方なのであまりプレッシャーを感じたことはなかったかな。
大人になるとそこまで友人関係で悩むことはなくなる、と思っているしやはり思春期のものだろう。悪くない意味で現実をクールに見るのもひとつ強くなることかも知れない。まあいい年の大人でもこうして意外に誰も教えてはくれないことを整理して考えるのはいい機会。
ただまあ整理していても、無理に関わって傷つくとか、つい頼ってしまうとか、感情的な動きをして独り傷ついたと感じてしまうのも人間ってもんかなと思っちゃうのでした。
「京都文学散歩」
先日京都を散歩した時に買った本。読んで、その場所を訪ねてみたくなる。
文豪ものから浅田次郎、林真理子に至るまで、京都が舞台の小説を採り挙げ、描かれたり背景となった街、自然、寺社などを紹介、ストーリー、登場人物と京都との結びつきを語っていく。
洛中から洛北、洛東、洛西、洛南に章を薄く分けているのがさすが地元の京都新聞出版センター(笑)。
さて、皆さんは誰のどの作品を思い浮かべますか?27の小説すべてを並べてみます。
「檸檬」梶井基次郎
「高瀬舟」森鴎外
「それでも私は行く」織田作之助
「放浪記」林芙美子
「序の舞」宮尾登美子
「京都まで」林真理子
「澪標」外村繁
「夜の河」沢野久雄
「古都」川端康成
「金閣寺」三島由紀夫
「帰郷」大仏次郎
「雁の寺」水上勉
「暗夜行路」志賀直哉
「化粧」渡辺淳一
「虞美人草」夏目漱石
「天の夕顔」中河与一
「卯の花くたし」田宮虎彦
「燃える秋」五木寛之
「細雪」谷崎潤一郎
「球形の荒野」松本清張
「晶子曼陀羅」佐藤春夫
「街道をゆく 嵯峨散歩」司馬遼太郎
「あだし野」立原正秋
「京の小袖」芝木好子
「活動寫眞の女」浅田次郎
「猟銃」井上靖
「浄瑠璃寺の春」堀辰雄
読んだことあるのは「檸檬」「高瀬舟」「古都」「金閣寺」・・のみ。そう私はまだ「暗夜行路」とか「虞美人草」は読んでない。
興味を惹かれたのは、まず「檸檬」。寺町通り界隈が描かれる。主人公は京都の三高に通っていた梶井そのものか。レモンを買ったのは寺町二条の果物屋。本を積みレモンを置いてきたのは三条通りの丸善。果物屋はまだあって、梶井基次郎の檸檬の店ということを前面に出している。今度買いに行こう。我ながらミーハーだけど(笑)。
次に目に留まったのは「序の舞」。代表作の美人画「序の舞」を残した明治から昭和の女流日本画家・上村松園をモデルにした一代記。四条に生まれ育ったその生涯を描いている。やっぱ京都に絵画ものが重なったら、今の気分では必読かな。
沢野久雄の作品も興味深い。朝日新聞大阪本社にいた沢野がジャーナリストらしく京都の職人をテーマに徹底的に取材して書き上げたもの。長編「夜の河」は中京にある染物屋の長女・紀和の物語。また「京の影」はやはり職人を扱った12の短編集だとのこと。指揮者の岩城宏之がクラシックコンサートの裏方さんの姿を描いたエッセイに「音の影」というものがあるが、この作品を意識していたのか。本棚を探してみよう。
ほか北山杉の「古都」、高校生か大学生の頃読んで忘れている「金閣寺」も改めて解説を眺めるとやはり魅力的。恋愛小説という中河与一「天の夕顔」、京都観光ブームの先導的役割を果たした大仏次郎「帰郷」、推理小説っぽい松本清張「球形の荒野」なども大いに読書心をそそる。
佐藤春夫「晶子曼陀羅」、立原正秋「あだし野」、ちょっと市街からは遠いが堀辰雄「浄瑠璃寺」らも作家の色と文学史をも踏まえているようで、読んでいて楽しい。
充実した京都紹介本でした。
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