8月がミステリー・ホラー特集で、日本ものはほぼ予定の本は購入ずみ。外国ものを2、3買い足したい。東京にいた頃は、ミステリーといえば、みたいな扱いをされた事もあるが、有名どころも読んでなかったりする。今回はまあ、興味のある作品を少し、てな感じかな。洋ものは。
関口尚「空をつかむまで」
やば、久々に泣いてしまった。中学生たち、ひと夏の物語。
中学3年生の優太は、小学生の頃は県選抜に入るほどのサッカー選手だったが、中学では伸びず、膝に怪我もしてサッカーをやめていた。無理やり入部させられた水泳部には、ちょっと鈍くてカナヅチのモー次郎と、「姫」と呼ばれる天才スイマーがいたが、ある日「姫」が顧問ともめ、部が解散になってしまう。
物語には、姫とつきあっている優太の幼なじみの美月も登場するが、この4人のそれぞれの環境や過去の経験に歪みがある。また市町村合併により、優太たちの中学校は廃校となる、などの事情、クライマックスがトライアスロン、というのも現代的な背景設定で、うまく舞台の雰囲気を出している。
その舞台設定の中を、中学生によくある、成長過程でうまくいかないこと、その中の友情、家族の情景を織り込みながらストーリーが流れていく。やはり、夏、というのは学生ものの定番か。ノスタルジーをも感じさせる。
泣かせどころが設定されていて、予定調和でなんか映画のような感じもするが、やっぱり泣いてしまう。ラストは劇場的なシーンを、淡々と綴る感じがまた涙腺をくすぐる。
関口尚は、この作品がいい、とどこかで読みかじり、先に読んだデビュー作「プリズムの夏」がそれなりに面白かったこともあり、どこかで今作を読もうとは思っていた。
少しくストレートで、材料も揃いすぎていてるから、途中でちょっと飽きてしまった感があったり、文中の会話などちょっと拙いな、そうか?と思える部分もあった。でも満足感が残った。
塩野七生「ロードス島攻防記」
トルコvs西欧世界もの第2弾。今回は登場人物も少なく、分かりやすかった。
小アジアに近接している東地中海の島、ロードス島は、各国の騎士で構成され、キリスト教徒を異教徒から守る目的を持った聖ヨハネ騎士団が本拠地を置いていた。騎士団は、近海のトルコ船を襲う海賊としても名を馳せていたが、トルコのスルタン、スレイマーンは、この「イスラムの喉にひっかかった骨」を排除すべく、大軍を送る。
物語の時代は1522年。およそ80年前にコンスタンティノープルを落とし、東ローマ帝国を滅亡させたトルコは、さらなる領土拡張の野心を持っていた。西欧キリスト教の世界は危機感を覚えてはいたものの、内輪の揉め事にかまけ、大きな援軍は来ない状況。そんな孤立状態の中での、城塞攻防戦が展開される。
一部、若い騎士アントニオと、名門出身の騎士オルシーニの目線からのストーリーになってはいるが、やはり歴史的背景と、攻防戦の詳細が面白い。
計算されて構築された城塞を物量で攻めるトルコ。前回のコンスタンティノープルの攻防からは80年経っていて、その間の進歩も語られる。その点、築城技術者のマルティネンゴを出しているのはヒットだった。
前回の「コンスタンティノープルの陥落」では、かなりの数の登場人物がけっこうバラバラに出てくるから、最初の把握がしにくかったが、今回はそんなことはなかったし、前作よりは地図も参照できた。
しかしこれ、昭和60年の作品なんだけど、本当に面白い。
さて、中世のトルコvs西欧世界の三部作、次は最終作の「レパントの海戦」だ。
伊藤たかみ「八月の路上に捨てる」
芥川賞受賞作。なかなかやるな、と思う。たまに純文学も悪くない。
結婚4年目で、妻の智恵子との離婚手続きをしているアルバイトの敦と、バツイチのシングルマザーで正社員、明日から総務部に移る水城さんは、2人で自動販売機の飲料補充に回っている最中だった。忙しく仕事をしながら、2人は離婚について、男女についての会話を交わしていく。
短編集で、2006年の芥川賞作品である表題作は80ページくらいの長さ。あと小作2つが収録されている。
一言で言うと、芝居ものか、短編の単館系映画か、というような作りだった。
妙齢の男女が、外回りの作業を忙しくしながら、少しずつ話をしながら、敦は智恵子と、ここまでなってしまった成り行きを思い出していく。最初は、しょーもない浮気話か、と思わせつつ、だんだんと深くなっていく仕掛けだ。水城さんの描き方も、逞しくかつ少し色気を漂わせて、ラストに繋げている。
また大都会東京に膨大にある自動販売機の管理、誰もが見たことがあるだろうカン、ビンの飲料の仕事、暑い夏の終わり、トラック、セクハラと、雰囲気作りもうまくされていると思う。これはこれで、一つの形だろう。
私は大衆小説の賞である直木賞ものはよく読むのだが、純文学の芥川賞はあんまり読まない。うーん、わからん、となりがちだからだが、去年上位に入った楊逸の作品は芥川賞だった。これは短編だが、分かりやすく感じやすい作品だと思う。
ちなみに、伊藤たかみは、直木賞作家角田光代の元夫で、離婚して、すでに互いに別の相手と再婚している。へ〜〜、てな感じだ。
志川節子「春はそこまで 風待ち小路の人々」
うん、気持ちいい、オトナの、江戸人情ものだった。これも探して、見つけた1冊。
関東のお伊勢様とも呼ばれる芝神明社に近い「風待ち小路」。絵草紙屋の主人、粂屋笠部兵衛は、奉公から戻ってきた息子・瞬次郎がまだ一人前になったようには見えず、心配していた。笠兵衛はすでに妻を亡くし、妾のお孝をかこっていたが、ある日、子供が出来たようだと告げられる。(冬の芍薬)
風待ち小路の商売人たち、親の代、子の代、そして女たちの話を綴った連作短編集である。第3話までは、主人公がそれぞれ変わる。そしてその後は、物語は大きな流れを持って動く。
出演するキャラたちを上手く活かして組み合わせているし、アダルトな事もさらりと混ぜて、また商売の工夫や彩りも好ましい。そうした仕掛けが、最後の大団円を良いものにしている。
一時期直木賞にこだわって読んだ私は、「直木賞のすべて」というHPをいまも愛読している。この作品は、2012年下半期の直木賞候補作で、読みたいな、と思って探していた。ちなみにこの回に取ったのは、朝井リョウ「何者」、安部龍太郎「等伯」である。
菊池寛が「商売のために」と作った直木賞。その候補作には、地力のある作家の作品もあれば、前作で評判の良かった作家の次作、売り出したいな、という意図が見えるような作品もあるが、私は直木賞のクオリティはそれなりに信用している。候補作は、少なくとも何かの特徴のある力作が多い。ハズレと感じるものも確かにあったが(笑)。
この作品も、期待を裏切らなかった。
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