
子供の頃読んだ記憶がある本は、「漫画日本神話」、「無人島の三少年」、それに「ベッドタイムストーリーズ」というキリスト教の本だ。当時私は遊び仲間に「本読みきちがい」と、からかわれていた。父にどうしてあんな本を与えたのか聞いてみたいし、いま本が好きなのも生まれつきの資質なのね、とか思う。
原田マハ「ジヴェルニーの食卓」
いやーこれは・・いいねえー。もと美術館員の原田マハ、「楽園のカンヴァス」に続く絵画もの。
マティス、ドガ、セザンヌ、モネといった巨匠の一部の姿を、側に仕えた女性、同僚の女流画家らの目線から捉えた短編集。画家の人生におけるドラマが切り取られていて、いずれ劣らぬ気持ちのいい作品となっている。直木賞候補作である。
マティスとピカソの邂逅、ドガの「闘い」と社会の貧困、セザンヌを崇拝する後の巨匠たちの若者時代、「睡蓮」を軸とした、モネの人生のストーリーなどが描かれていて、とても魅力的だ。
原田マハといえば、ルソーとピカソの話を描いたサスペンス調も含む「楽園のカンヴァス」という作品が山本周五郎賞を取り、直木賞作家候補になった。私もこの作品には感銘を受けた。一方で恋愛もの、ホロリ感動ものも描いているが、個人的には、「もっと美術ものを書いて〜」と思っている(笑)。
これはもう少し取っておこうと思っていたのだが、もうすぐ倉敷に出張があって、大原美術館に寄ろうと思っているのでそれまでに、と早めに読むこととなった。大原美術館には、モネから譲り受けたという「睡蓮」と、ジヴェルニーの屋敷の株分けされた睡蓮があるらしい。
まあ、直木賞を取るには、身に迫る毒もなし、という感じなのでちょっと違うかも知れないが、でも、思った以上に良かった。
佐藤多佳子「サマータイム」
「一瞬の風になれ」等の佐藤多佳子のデビュー作。少年少女もの。
小5の夏、進は、台風接近の日、プールで2つ上で左腕のない広一と出会う。広一が肺炎で入院したと聞いて、進は姉の佳奈とともに見舞いに行き、3人は仲良くなるのだが・・。
最初の表題作「サマータイム」でエピソードの全体像があり、小さい頃の佳奈、成長した広一、そして成長した佳奈のエピソードと続く連作短編集。「サマータイム」単体が賞をもらい、それに視点を変えた姉妹編を書き加えたのだろう。
私も初の佐藤多佳子さんである。さて、少年少女にはやっぱり夏かな、と王道を行っている。舞台設定も、クールさも、単純まっすぐさも、女子特有の機嫌の悪さと女王然とする様子も、仕掛けも「上手い」という感じで際立っている。それぞれ、あまり理屈どおりに行かない幼さもよく出ているかと思う。
ひとつ、よく思うが、少年少女ものがモノローグの場合、年齢に似合わない表現を主人公の口からさせることが多い。たとえば花の名前、植物や鳥の名前、さらに小難しい形容詞とか。ここに違和感を正直感じてしまう。この作品はそれぞれの年齢に合うように、かなり思い切った語りの文体にしてあるようだからよけいそう感じたりする。不粋ってものだろうか。
ともかく直木賞作家で児童文学出身の森絵都絶賛の理由も分かる気がする。上手で、鮮烈な作品だ。
江戸川乱歩「黒蜥蜴」
妖艶で美しく残酷な女賊「黒蜥蜴」と明智小五郎の対決。昭和9年の作品。
黒蜥蜴とその一味は、大阪の宝石商・岩瀬の娘である早苗の誘拐を目論み、犯行警告文を送りつける。岩瀬は、探偵明智小五郎に娘の保護を頼み、大阪のホテルに籠るが、岩瀬の顧客である緑川夫人が明智に近づく。
乱歩は、1年に1冊くらい読んでいる。昨年は、アニメ映画「カリオストロの城」に出てくる塔のモデルになったという「時計塔」を読んだ。大衆サスペンス小説であり、小学生の頃「怪人二十面相」シリーズをむさぼり読んだ身としては、当時図書館には無かった大人風味の乱歩サスペンスはなかなか面白い。
美しい女盗賊と、切れる明智の、有利不利が次々と入れ替わるどんでん返しもの。種があらかじめ明かしてある部分もあり、ミステリーというと完成度の点からも難しい。が、次は次はと読ませる筆力にワクワクし、また乱歩ならではの猟奇的な味もあって興味深い。文体も、講談調の盛り上げも多くあって当時の読者の熱狂がわかるような気もする。
余談だが、東京在住のさい、桜新町に「紅蜥蜴」という名前の中華屋さんがあり、入ることは無かったのだが小説のタイトルから取ったんだろうか、と気になっていた。1回行ってみればよかったかな。
春江一也「カリナン」
戦中戦後のフィリピンと日本。歴史をベースに読ませるドラマ。
元メガバンク常務の柏木雪雄は、バブル崩壊に端を発した背任の罪で服役していた。刑務所の中で、彼は幼い頃を過ごしたフィリピンの記憶と向き合い、出所後、ミンダナオ島のカリナンに渡る決意を固める。
春江一也は、ひと昔前「プラハの春」を興味深く読んだ。彼自身が駐在外交官として、ワルシャワ条約機構軍の侵攻を打電した本人であり、東ドイツ、ベルリンにも赴任した。続編の「ベルリンの秋」まで読んで「ウィーンの冬」は未読である。
そして、今回、といっても2005年の作品なのだが、やはりフィリピン・ダバオの総領事館に駐在した経験を生かした著作を読んだ。前掲のいわゆる「東欧三部作」の主人公、外交官堀江亮介も出てきて、くすぐられるものがある。
中心となるストーリーは相変わらずというか、悲劇性のある、ちょっと強いメロドラマ。しかし、なんといっても経験を生かした当地の歴史、習俗、風景、日本との関係が真に迫っていて力があり、夢中になって読ませる。あまり日本人が顔を向けないことにも正面から切り込んでいる。
著作が少なく、また故人となられたのが残念。「ウィーンの冬」「上海クライシス」も読んでみようかな。