2015年6月29日月曜日

上半期読書ランキング2015ノミネート!




毎年恒例、上半期ランキング!

今年は、半年で68作品68冊。例年よりちょっとペースダウンかも。最近早くに眠くなってしまって子供とともに寝てしまうので、寝不足の日も減れば読了数も減ってますな。でも個人的にはこれくらいか、も少し減ってもいいかと思ってます。

さて、ノミネート一覧の前に、記録にある過去のナンバーワンを。

2011年上半期 角田光代「対岸の彼女」
2011年年間  北村薫「リセット」

2012年上半期 辻村深月
「冷たい校舎の時はとまる」
2012年年間 熊谷達也「邂逅の森」

2013年上半期 藤原伊織
「テロリストのパラソル」
2013年年間 藤原伊織
「テロリストのパラソル」

2014年上半期 朝井まかて「恋歌」
2014年年間 朝井まかて「恋歌」

ここ2年は上半期のランキング1位が年間の大賞も獲得してます。5年目の今年やいかに。

では今年上半期読了書籍の一覧です。

ガイ・アダムス「シャーロック・ホームズ 神の息吹殺人事件」
島田荘司「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」
ルネ・レウヴァン
「シャーロック・ホームズの気晴らし」
万城目学「鹿男あをによし」
三上延
「ビブリア古書堂の事件手帖6~栞子さんと巡るさだめ~」
パウロ・コエーリョ
「アルケミスト  夢を旅した少年」
乾ルカ「夏光」
P•D•ジェイムズ「女には向かない職業」
森絵都「カラフル」
ジャック・ロンドン「野性の呼び声」
江戸川乱歩「幽霊塔」
桜庭一樹「少女には向かない職業」
エレナ・ポーター「スウ姉さん」
星新一「クリスマスイブの出来事」
高橋克彦「北斎殺人事件」
北村薫「1950年のバックトス」

1月  16作品16冊

ピエール・ルメートル「その女アレックス」
伊坂幸太郎「PK」
綿矢りさ「ひらいて」
万城目学「ホルモー六景」
ディック・フランシス「興奮」
太宰治「晩年」
井箟重慶
「プロ野球もうひとつの攻防
『選手vsフロント』の現場」
福田俊司「シベリア動物誌」
西加奈子「白いしるし」

2月   9作品9冊/25作品25冊

坂東眞砂子「朱鳥の陵」
島田荘司「御手洗潔と進々堂珈琲」
小関順二「2015年版 プロ野球 問題だらけの12球団」
筒井康隆「旅のラゴス」
ジェローム・デビッド・サリンジャー
「フラニーとズーイ」村上春樹訳
藤沢周「武曲(むこく)」
湯本香樹実「夏の庭  The Friends」
安部公房「砂の女」
磯﨑憲一郎「終の住処」
奥田英朗「ガール」
朝井リョウ「少女は卒業しない」

3月   11作品11冊/36作品36冊

須田桃子「捏造の科学者 STAP細胞事件」
桜庭一樹「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」
山本兼一「花鳥の夢」
ロアルド・ダール「あなたに似た人」
万城目学「偉大なる、しゅららぼん」
上橋菜穂子「精霊の守り人」
米澤穂信「氷菓」
アーネスト・トンプソン・シートン
「シートン動物記 ぎざ耳ウサギの冒険」
東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇蹟」
皆川博子「開かせていただき光栄ですーDILATED  TO MEET  YOUー」

4月  10作品10冊/46作品46冊

川端康成「雪国」
阿部和重・伊坂幸太郎
「キャプテンサンダーボルト」
カトリーヌ・アルレー「疑惑の果て」
近藤史恵「ヴァン・ショーをあなたに」
森絵都「リズム」
雫井脩介「つばさものがたり」
朝井まかて「ちゃんちゃら」
水野敬也「夢をかなえるゾウ」
三崎亜記「鼓笛隊の襲来」
宮下奈都「窓の向こうのガーシュウィン」
熊谷達也「荒蝦夷」
パウロ・コエーリョ
「ベロニカは死ぬことにした」

5月  12作品12冊/58作品58冊

ガイ・アダムズ
「シャーロック・ホームズ 恐怖!獣人モロー軍団」
七月隆文「ぼくは明日昨日のきみとデートする」
楊逸(ヤン・イー)「時が滲む朝」
阿刀田高「ギリシア神話を知っていますか」
朝井まかて「すかたん」
サラ・グラン「探偵は壊れた街で」
米原万里「オリガ・モリソヴナの反語法」
米澤穂信「愚者のエンドロール」
コナン・ドイル「四つの署名」
上橋菜穂子「狐笛のかなた」

6月  10作品10冊/68作品68冊

今年は少しファンタジー色が濃いかな。またいつもより女子に走ってる感じが・・苦笑。月に一冊は洋書を入れ、日本の名作や外国の古典も増やした。新刊文庫は読みたいけれど、去年、特に推理ものはパッと買って後悔したことが多々あったから、最近はじっくりとweb等で評判を見て買うようになってきた。それでもパッと買うことは無くならないんだけどね。(笑)

では次回!いよいよ各賞とランキング20位までの発表。お楽しみに!

2015年6月24日水曜日

絵画の話題





休みを取って京都へ。目的があった。相国寺というところの美術館で、「伊藤若冲と琳派の世界展」をやっていた。1750年頃の画家。友人からの情報で興味を持っていた。最近狩野永徳が主人公の「花鳥の夢」を読んだからかも知れない。狩野永徳は安土桃山時代の人で、長谷川等伯とのライバル関係は有名。また、琳派というのは俵屋宗達らによってやはり桃山時代に創始され、尾形光琳・乾山によって定着した一派のことらしい。

伊藤若冲は京都の錦市場にあった青物問屋の跡取り息子として育ち、後に絵画の道に入った。相国寺とは縁が深い。ともかく、阪急で京都へ。意外に混んで座れずびっくりする。烏丸で地下鉄乗り換え。ホームにまた人が多い!若者ばかり。私と同じ今出川駅でぞろぞろ降りていく。

そう、相国寺というのは同志社大学の隣にある。そりゃ多いわ。新しくモダンな同志社の校舎、すぐ向こうには御所の森が見える。

相国寺はすぐ見つかった。併設の美術館まで少し歩く。静かな入り口、静かな館内。涼しい。月曜日の午前中でも人はまばらに居たが、それにしても少ない。でもその分、実にのんびり出来た。第一展示室が琳派の展示で、若冲が無く、訝しんで行った第二展示室、そこにあった。雄々しく迫力のある龍、どことなくユーモラスな鶴、虎、象。若冲が得意とした鶏がたくさん。野菜、そして襖絵の植物、葡萄や芭蕉。林良の模写である鳳凰も素晴らしい。

なんというか、筆の使い方が、荒いかと思えば細心だったり、コミカルな絵かと思えば、ディテールにこだわってたり、全体として、力強さ、新鮮さ、大らかさまでも感じた。これが天性なのだろうか、というくらい。いやー良かった。売店を見て、もう1回展示室を観に行って、龍図のしおりと絵葉書セット買って帰った。

余韻に浸りながら、大学前の「京楽食堂」でごはん山盛りのメンチカツ定食を食べ、少し観光しようかとも思ったが、暑くあまり歩きたくなかったので(笑)電車に乗って帰ってきて、映画「海街Diary」を観た。こちらはまあ、うまく四姉妹がキャラ分けされたところに上手さを感じたが、波がどうも無さ過ぎた。

さて、私は正直、学術的なことには社会人になってから目覚めたクチである。まったく鈍かった学生時代の終わりに、ある師匠が「いい絵に出会ったら、1時間ずっと観てても飽きないものだ。オレは『裸のマハ』がそうだった。」と仰ったのをよく憶えている。

社会人になってから、いい絵とは、という話になり、大先輩の上司が、「それは良いものを数見ないと分かるようにはならん。」と仰ったのを聞いて、あれこれ観るようになった。楽しかった。まるでアカデミック、アーティスティックに目覚めた若者で、映画といえば単館系、芸術系を小さなカルチャーセンターのようなところまで観に行き、美術展のスケジュールは常にチェックし、モネの「睡蓮」や「橋の上の貴婦人」に感動し、東京に行ったときは新宿でゴッホの「ひまわり」を観た。

朝日新聞が出していたビジュアルアートシリーズの本を買い、自分でもデッサンを始めたりした。

ある時、自宅近くの駅前で、即興の展示即売会をやっていた。屋外だったが、私は、名前も知らない画家の作品に夢中になった。ついに出会った、という感触を得た。「後ろ向きのバレリーナ」という絵で、ジャン・ジャンセンという画家のものだという。繊細なタッチと線、シンプルだが、テーマが発しているなんとも言えない魅力に惹きつけられて、1時間とは言わないが、30分はずっと観ていた。値段も高く、その時は買わなかったが、以後、大変人気のある画家さんで、長野県にはジャンセン美術館なるものがあると知った。

後年妻が、絵を買いたい、と相談してきたのがジャンセンのバレリーナの絵だった、というのは素晴らしい偶然である。値段も落ち着いていて、即断だった。

その後あまり溺れたわけではなく、美術への関心は結局のところ人並みだ。印象派からピカソの抽象画以外、それからルネサンス期と興味は揺れ動き、最近はかつてはあまり観なかった日本画もよく観ている。

こう考えると絵画は素晴らしい。人生に潤いを与える。億万長者になったら、ぜひ有望な若手画家のパトロンにでもなってみたい。(笑)いや、これからも、細々と興味を持ち続け、日曜美術館とかまた観ようかな、なんて気になっているのであった。

2015年6月14日日曜日

野球と読書となでしこと。





先週と打って変わってかなり暑いが、寒暖差が激しく、朝方はやはり涼しい。

月火は東京出張。好きなホテルに泊まって、好きな仕事。夜は気のおけない飲み。帰りも意外に早く帰れていい感じだった。何も考えず、下着のTシャツと半袖ワイシャツの替えを持って行かなかったら、やはり汗みずく。慌てて東京ドーム近くのユニクロで買う。やっばユニクロは安い。Mサイズジャストフィットだし。しかも形態安定シャツは洗濯だけでアイロンいらずなので実に重宝する。こっちでもう2、3枚買おう。ただ今回新商品のスリムフィットのMはやはりキチキチで、Lだとかなり余ったのでやめた。も少し痩せよう。(笑)

出張の行き帰りで阿刀田高「ギリシア神話を知ってますか」読了。読みやすかった。

水曜なんか遅寝となり、木曜送別会で遅寝やや宿酔い、金曜日が異様に眠かったが急ぎの仕事があったためバシバシやる。土曜は寝坊。昼間も眠し。午前サッカー女子ワールドカップ、日本ーカメルーンを観る。

中盤逆台形の4-4-2変わらず。負傷の安藤の代わりに菅澤、右MF大野に替え川澄、左MFに、もともと攻撃的なポジションの鮫島を投入。所属チームでのポジション、ボランチに宮間が下がり、澤はベンチ。右SB有吉に替え近賀。GKは山根に替え海堀。今回もGKはもう一人の福元と3人併用か?ともかく、レギュラークラスが多いため、垣根を設けず5人を入れ替えた印象。もちろん、監督の頭には、各選手をうまく休ませる計算もあることだろう。

序盤は大変良かった。日本のサイド攻撃が功を奏し、川澄のセンタリング、大儀見がトラップを空振りした逆サイドに鮫島が詰め、左足ゴール、先制。少し膠着状態で、ショートコーナー、相手がDFラインが上がりきれなかったところへ、宮間のファーへのクロス。GKが触れずその向こうに菅澤の頭。これで2-0。真ん中の大儀見も空いていたように見えるが、大儀見を囮にするつもりだったファーキックの正確性に感心。さすが宮間だ。

しかし多くの記事になったように、特に後半は上手くいかなかった。前半からカメルーンはワンタッチでボールをつなぎ、ウラに走りこむ前線の選手にスルーパスを送る。これが上手く決まるしエンガナムットは素晴らしく速かったしで、なでしこは大苦戦に陥った。先に2点取ってるのに、相手の出足が良く、奪われたら恐怖のカウンターが来るため、ちょっと怖がってますます負のスパイラルにはまる。澤投入で落ち着かせようとするがもうひとつ。カウンターで見事なサイドチェンジのスルーパスにフリーで走りこまれ1失点。冷や冷やものだったが、最後は守り切って2勝。勝ち点6で決勝トーナメント進出を決めた。

一瞬考えたのは、決勝トーナメントで戦う相手は、カメルーンよりもっと動きも当たりも速く激しく、パスの出しどころが無い。だから、序盤に取れたはずの追加点と、後半の「怖がりすぎ」は直すポイントだろう。基本ではあるが。ただワールドカップ本番なのだから、まずは勝つのが最優先。苦戦しながらも成果を挙げたのは喜ばしい。

強化試合も男子に比べて極端に少ない、しかも世界の強豪の女子。グループリーグでは足元をすくわれないのがまず大事。また本気の戦いの中でしか、本当のチーム作りは出来ない。つまり、このグループリーグは本番の手応えを感じつつ、トップフォームを作り上げる作業の途上、と考えていいのではないか。次のエクアドルは、カメルーンに6-0、スイスには10点取られて負けているので、特に2試合出たメンバーは休養でいいのではないか。私的メンバー選考。

GK福元
DF右から 有吉 北原 川村  鮫島
MFボランチ 上尾野辺  田中
MF 左 永里 右 川澄
FW 大野 菅澤

こんなところだろうか。上尾野辺に一度チームのコントロール役を任せてみたい。日本は引分け以上で1位通過確定。ラウンド16からは気の抜けない連戦になるため、休みは必要。17日が楽しみだ。

土曜夕方はお決まりのキャッチボール。息子の球は右に左にずれるため、結構筋肉使う。脇腹から背筋が痛い。朝井まかて「すかたん」読了。

日曜日はまたブックオフへ本持って行く。ここのところ1度に10冊くらい持ってってるので、少し本棚が空いた。取っておきたい気がする作品もあるが、文庫新刊はどんどん出るし、1回読んだものはそうすぐは読まないから思い切りが必要だろう。さっそく捨ててもいいものを出すべく、整理にかかる。結構楽しい。

午後は全日本大学野球選手権決勝。好投手生田目を擁する流通経済大と早稲田大。前半は生田目が2戦連続先発の流経大がリードするが、7回に掴まる。ランナーを2人置いての1塁ゴロはイレギュラーバウンドの2点タイムリー。4対3と逆転され、ここで生田目降板。2人目のピッチャーは真ん中に入ったスライダーをホームランされて6対3となった。

結果的にはこの後流経大にも2ランが出て一時6対5まで迫るものの、早稲田にも一発がさらに出て8対5となるわけだが、7回逆転された後のほうのホームランが余計だったと思ったが、もう連投の生田目も限界だったやも知れず、難しいところだった。しかし、話題もまずまず多かった、面白い大会だった。

夜は息子が寝るの遅く、バスカヴィル家の犬はいまだ完結せず。サラ・グラン「探偵は壊れた街で」半分くらい読み進む。夜も、暑くなってきたな。

2015年6月8日月曜日

ボー然





6月2日、阪神ー千葉ロッテ戦を観ていた。ようやく1点勝ち越し、9回を抑えたら勝ち、ピッチャー当然オスンファン、打順も下位から、だった。なのに2アウトからヒット、ヒット、四球で満塁、3番角中に逆転満塁ホームラン・・!ボー然。言葉もない。

その次の日、藤浪が無失点イニングをどこまで伸ばすか注目が集まった試合、阪神は7回までに8点を取り、藤浪はゼロに抑える。しかし、7回表、守備陣のミスにより点を許すと、ズルズルと崩れ、4点を奪われる。リリーフ投手が最後はバックスクリーンへの同点3ランを浴び、あっという間に8対8。マジか!?と声が出た。ボー然。延長で勝ったからいいが、この長い試合を負けていたら非難ゴウゴウだったはずだった。

翌日は見なかった。岩貞に過大な期待はしてなかったし。でも9時ごろTVを点けたら、岩貞8回無失点、3-0で試合時間も短く快勝。なんでかなーと、小呆然(笑)。

ここ数日寒い。雨の金曜日の夜なんか半袖に薄い上着を着てても寒かった。山の家、風が吹くと寒く、夜は布団ひっかぶって寝ている。昼も、一時はTシャツ短パンだったのに、麻の長いルーズパンツにトレーナー。不思議な気候。でも涼しいのは歓迎だ。

土曜は留守番で大谷先発の阪神−北海道日本ハムを観戦。大谷翔平、最速162キロ。ここまで7勝0敗。防御率1.75。タイガースはさすがに手を焼く。ストレートは速い、落差の大きいフォークと縦スラがやっかい。ただフォークは追い込みダマにも使うが、ちょっと高いようにも感じる。

阪神はストレートを柴田、マートンが逆らわないバッティングでヒットにし、1塁3塁。ゴメス、福留は連続三振に倒れるが、6番に入った上本が高いフォークを叩いてセンター前へタイムリー。なんと1点を先行した。

ゴメスには3球連続でフォーク、そのフォークに食らいつく福留には最後はインコースの縦スライダーと、大谷は打者に前に飛ばさせない見事なピッチング。しかし序盤からちらほら目立った甘いフォークを上本に捉えられた。

阪神が1塁2塁から中田翔を三ゴロ併殺に取ったプレー、特にサード今成のキャッチとワンステップの、正確で素早い2塁送球には感心した。まだ本職の名手、というイメージは無いが、阪神に来るまでキャッチャーだったとはとても思えない素晴らしい守備だった。メッセは8回までゼロで抑えオスンファン。3者連続三振で完封リレー。1対0で勝った。今季接戦に強いタイガースの本領発揮で大谷に今シーズン初黒星をつけて見せた。

これで本拠地で今年試合をするパリーグ3チームを全て見たが、楽天の松井には、高校時代よりも縦スライダーの角度が鈍く、しかしファストボールの威力は増した、と感じた。大久保監督の配置転換は見事だ。

千葉ロッテの打線はなかなか迫力があった。清田、角中、今江といったバッターも良かったが、印象に残ったのはホームランバッターにして名セカンドのクルーズ。

バッターは、ゴメスかマートンだったと思うが、緩い打球のサードゴロ、併殺狙いでこれは楽勝でファーストセーフだろう、という当たりでは、2塁へ送られたボールを信じられないくらい素早い動作で1塁へ転送し、また送球も速く、アウトにはならなかったものの、惜しいタイミングにまでしてみせた。レフトスタンド中段までも届く大ホームランも見た。

日ハムはさすが首位を走るだけあって、上位打線は機動力と破壊力を併せ持つイメージだ。中島の、落ち着いて確実なショートの守備が目についた。でも阪神は今日も勝って連勝。明日のドラ1ルーキー横山先発の試合も見たいが東京だ。残念。

夕方は、息子とキャッチボール。きょうは同じ柔らかボールでも、いつもの軽いボールよりちょっとだけ重い球。パパいつものように力を入れて投げ、オーバー相次ぐ。(笑)まあ、前のは軽すぎたもんな。飛ばないくらいだったし。半袖Tシャツとジーンズ。日が暮れかかった山の公園はもはや寒く、動いて汗かいてようやく普通、という状態だった。

寝かし付ける時はシャーロック・ホームズの長編「バスカヴィル家の犬」のアレンジ版を話してやる。なかなかワクワクしたようだった。「実はホームズさん、彼が亡くなった現場には、足跡があったんですよ」
「ほう、男のですか?女のですか?」
「それが、大きな犬の足跡だったんです・・!」
有名なくだりは使わせてもらった。

土曜日の夜。「キョッキョッキョッキョキョ」と鳥の鳴き声がひっきりなしに聞こえる。夏の到来を告げる渡り鳥、ホトトギスのようだ。確かに「ホ・トット・ギス」に聞こえないこともない。近くの山に、来たか。この時期ウグイスの巣に托卵するらしい。温かいコーヒーが美味い。この日も布団ひっかぶって寝た。

遅くまで起きてて朝寝坊に留守番。お昼ご飯はママ流ざるそば。食べて街へ出かける。本屋に行って阿刀田高「ギリシア神話を知っていますか」上橋菜穂子「鼓笛のかなた」購入。買いたい、読みたい本を買うのは嬉しい。すぐ帰ってまたのんびり。息子と「ダイヤのA」のアニメを見る。

ご飯食べて夜はワンコの軽い散歩。息子がスクーターでついてくる。涼しい。「ジーーー」という虫の声を聞いて、セミじゃないよね、なに?と訊いてくる。

夜寝かせてからは、楊逸(ヤン・イー)「時が滲む朝」を完読。外国人初の芥川賞作品。天安門事件の話で、面白かった。ちょうど私が学生で国際政治を専攻していた時に、天安門事件と、それに続く東欧の民主化が起きたから、ちょっと感慨深い。また、映画監督チャン・イーモウが大陸にいた時、国共内戦や文化大革命が庶民にどのような影響を与えたかを描いた「活きる」という映画をも思い出して、なかなか感じ入った。

さあ、月曜から頑張ろう。

2015年6月1日月曜日

5月書評の2




古い本が続けば、新刊文庫が読みたくなる。ラインナップが地味だなあ、と思えば、派手な、話題を呼んだり映画化されたものが読みたくなる。でも、例え外れても、自分で良いと思われる本を探して買うのは嬉しいね。

朝井まかて「ちゃんちゃら」

庭作りに視点を置いた時代もの。親しみの持てるエンタメ。

元浮浪児で、腕のいい植木職人、名前は「ちゃら」。自分を育ててくれた辰蔵、その娘の百合、水扱いの得意な福助、石職人の玄林とともに暮らしている。江戸ではその頃、前世を読んでは、幸運を招く庭作りをさせる「嵯峨流正法」が、勢力を伸ばしていた。

「恋歌」で直木賞を受賞する2年前、朝井まかてのデビュー2作目。タイトルに意外性があり、また出だしがすっきりとして素晴らしく、清冽なイメージで物語が進む。キャストの造形もまずまず親しみやすい。

一つの特徴は、ここ最近流行りというか基本のポイントと私が感じている、造形の仕事、職人の作業をしっかりと描いていること。

作庭とはどういうことか、どんな作業があり、職人が何に重心を置くのか、という部分を丁寧に描いている。これは、山本兼一が「火天の城」で、また高田郁が「みおつくし料理帖」シリーズで表現していることで、とても新鮮に感じ、興味を抱く。

解説には得意は植物系と書いてあるので、それが活かされた形だろうか。「恋歌」ではそういう感じはなかったので意外でもあったが。

時代物の基本はテンターテインメントなので、最後はやや休息展開気味だし、途中の話が無いので、元浮浪児で暴れん坊のちゃらが、ここまで高次元な職能を身に付けていることに違和感を感じる部分もあったし、生い立ち、赤毛のことなどももっと知りたかった気もする。シリーズで読みたかったかな。

水野敬也「夢をかなえるゾウ」

2008年のベストセラー。あっという間に読めた。

そこそこの企業に勤める若いサラリーマン、僕がある日目を覚ますと、ゾウの形をした自称神様のガネーシャが目の前にいた。濃い関西弁をしゃべるガネーシャは、成功したいなら自分の言うことを聞け、と、僕に様々な指南を始める。

古代から現代まで、多くの偉人の例を挙げながら、成功するためには、といくつもの課題を出すガネーシャ。関西弁だから理屈っぽさは薄まり、主人公・僕のサラッとした控えめなキャラクターがうまく噛み合っている。

内容は決して難しくなく、ふむふむ、と読み進めることが出来る。断片的な知識しかなかった偉大な事業家の話をいっぺんに読めるから得した気分になる。

関西弁が薄めているとはいえ、途中はやっぱりくどく、また大した激変も無いのであまり揺さぶられはしないが、へえーという感じで興味深く読んだ。

三崎亜記「鼓笛隊の襲来」

ふーむ、すらすらと読める、不思議な短編集。隠喩作品も極まれり。

赤道上に発生した戦後最大規模の鼓笛隊が日本に上陸する!政府は災害対策緊急閣議を開き、千人規模のオーケストラで迎撃、住民は家財を持って逃げ出すかシェルターに避難する。鼓笛隊とは?

表題作のほか、20ページほどの短編が並ぶ。ちょっと異常な社会、SF的な前提、様々だ。

三崎亜記は「となり町戦争」で認められ、「失われた町」、この作品と3つともが直木賞候補になった。選考委員はもちろん名だたる作家さんばかりなのだが、中には「現代の安部公房」という賞賛の声も有るようだ。

こういった短編集は、バリエーションのひとつの作品かもしれない。変わった前提は少しは楽しめたが、心の中の何かを衝くかというとそうではない。

「となり町」は確かにちょっと変わったそれなりに面白い作品だったが、その後は正直、いまひとつ。しばらくはいいかな。

宮下奈都「窓の向こうのガーシュウィン」

独特の表現手法を読むのが、小さな楽しみ。エラ・フィッツジェラルド聴きたくなるな。

自分に欠けているものに静かに納得するようにして育った私は19才のホームヘルパー。仕事で訪れた先の額装屋さんで手伝いを頼まれ、年配の「先生」、その息子で額装屋の主人、さらに先生の孫で同級生だった隼との、暖かい交流が始まる。

たまたまツイッターで本人の新刊文庫に関するつぶやきを見てしまい、つい買ってしまった。宮下奈都は同い年の作家である。

今回はけっこう表現が「暴れて」いるのでなかなか楽しめた。数ある作家の中で思い切った手法を用い鮮やかな感覚を浮かび上がらるのが特徴で、それを読むのは私の小さな楽しみだ。
 
前回も書いたが、宮下奈都は「スコーレNO.4」が隠れた名作で、「よろこびの歌」でも賞を獲った。他はあまり読んでないが、今回は大変小ぢんまりとした作品だと思う。くすぐられるものはあるのだが、そろそろまた、大きな流れを兼ね備えた著作も読みたいものだ。

熊谷達也「荒蝦夷」

面白かったなあ。ワクワクしながら読んだ。久々に、読了が残念だった。

時は8世紀、大和朝廷は、東北地方の諸部族を従えようと蝦夷政策に力を入れていた。伊治公呰麻呂(これはりのきみあざまろ)は大和朝廷に帰順している蝦夷の一部族の長で強大なカリスマ。強い兵たちを持ち、優れた知略と冷徹なやり方で、一筋縄では行かない男だった。

私は古代に興味があり、蝦夷反乱の代表的存在として舞台やドラマにもなったアテルイの話はかねがね読みたいと思っていた。アテルイを主人公とした高橋克彦の「火怨」をいつか、と思っていたが、ここまで縁が無かった。

この本の主人公は呰麻呂がアテルイの父親だった、という設定になっている。呰麻呂はなんでもありの逞しい将で、大和朝廷や、周囲の力を持った部族を相手に複雑な駆け引きを展開する。

古代のことでもあり、残忍残酷な描写も少なからずあるが、当時の情勢や地理的な状況、そして蝦夷、大和朝廷側の権謀術数、キャラクター設定も面白い。朝廷側の近衛隊長、道嶋御楯とアテルイ、やがてアテルイに向き合い反乱を鎮圧する坂上田村麻呂の若き3人を微妙な距離感で登場させている。

熊谷達也の直木賞受賞作「邂逅の森」は私的ランキングで3年前のグランプリ。久々に手に取ったが、やっぱり面白い。それは彼の、東北人としての矜持と無関係では無いだろう。

パウロ・コエーリョ
「ベロニカは死ぬことにした」

「アルケミスト」は面白かったが、こちらは・・うーん、分かんない。

若く美しく知的な女性、ベロニカは、自分の未来に希望を見出せず、また社会に対する自分の無力さを感じ、睡眠薬自殺を図る。目覚めた時、ベロニカは精神病院にいて、自殺の影響で心臓が傷つき、余命は長くて1週間だと告げられる。

つと距離を取って見てみると、自殺者が命を取り留めたけれど、余命わずかと自覚するシチュエーション、また病院に居る人々のそれぞれの過去、そして舞台がこの数年前に激しい民族紛争を経験した旧ユーゴのスロベニアになっていることと、面白い設定ではある。

ヨーロッパでも、さして日本でも映画化され話題となった。なんとなく自殺、というのも目を引く現象なのだろう。芸術系ではあるが、大きなストーリーの流れとしては、なるほど、という感じで、スケールの大きさを感じる。

が、やはり具体的な会話や思考の流れと、現象の説明がどうしたって分かりにくいところがあり、結果として実感を持って響いて来ない。まあ海外の小説にはよくあることだが。

解説に他の作品の概要も載っているか、この人は世界を旅したからか大きなベース、設定の天才的な面白さは買いのようだ。次は分かる作品でありますように。(笑)

5月書評の1




長い5月で、GWもあったし、あちこち行った。台風も来たし、なんかいろいろあったなあ。

5月は12作品12冊。移動時間もあったからよく読めた。ではスタート!

川端康成「雪国」

日本人初のノーベル文学賞作家。その作品は美しい。表現方法は独特で、芸術的。なるほど、だった。

島村は、新潟の温泉宿にいる芸者の卵、駒子に惹かれ2度目の訪問へ向かっている。その車中で駒子の友人の葉子に出会う。

まず、有名な冒頭があって、車中の幻想的な風景が、この作品の大きな特徴付けをする。一筋縄では行かない駒子と葉子の、生々しい生き方が、作者独特の美しさを醸す表現方法とリンクして、芳醇で切ない感じを出している。なあんて。

いつも読み終わった後に作家作品のことを調べるのだが、文学的、芸術的な表現の評価が多すぎてついかぶれてしまう。

名作であることに間違いは無い。駒子と葉子と島村のやりとり、ダイアローグは、さして私の心には響かないが、それを媒体とした様々な物事の表現が際立つ。

構成としても、冒頭の、余りに幻想的で、皆が容易に想像出来るシーン、最後の火事と天の河の場面も実に秀逸だ。

初の川端康成は、モノが違う、と思わせる作品だった。「伊豆の踊子」や「山の音」「古都」なんかも読んでみようかな。

阿部和重・伊坂幸太郎
「キャプテンサンダーボルト」

うーむ、伊坂幸太郎らしい作品ですな・・。

相葉時之は、小学校の同級生が金銭を騙し取られたペテン師を懲らしめるつもりで山形市内のホテルに部屋を取るが、行き違いで、国際的陰謀に巻き込まれる。そして逃亡先の仙台の映画館で、やはり小学校の時、野球部の友人だった井ノ原悠に偶然再会した。

ノスタルジー、男の友情、うまくいかない人生で金銭的な苦悩。軽く気の利いた口語風の会話、国際的陰謀にサスペンス、と、私もそんなに伊坂作品を読んだ訳ではないが、これって伊坂幸太郎の得意技じゃないかな、と思ってしまった。

娯楽作品であり、現実離れしたストーリーが次々展開する映画の場面を文章にしたかのような、形で書き連ねられている。特に途中からは一気にテンポも上がってまずまず楽しめた。

阿部和重というのは純文学の作家らしい。機会があれば読んでみよう。

カトリーヌ・アルレー「疑惑の果て」

悪女描きというアルレー。うーん、ドロドロだったな・・。

有名なフランスの作家、フーラーは、高名な文学賞であるゴングール賞の発表を控え、アメリカ旅行に出る。彼は若く美しい女・バーバラを妻にして帰るが、ほどなくバーバラの夫と名乗る男から電話がかかって来た。

カトリーヌ・アルレーは「わらの女」他の作品が日本でもドラマ化された有名な作品で、桜庭一樹「少女には向かない職業」の中でストーリーの要素に使った、と知って興味を持った。「わらの女」以外の小説もドラマの原作になっているようだ。

「疑惑の果て」は1988年、「わらの女」より30年後、晩年の作品である。どんなものかと興味を持って読み進めたが、最初の方からドロリと来て、進むにつれてドロドロとなる。綺麗すぎるよりは、ある意味人間的で、サイコ・サスペンスのような展開もあるが、解決もどうもしっくり来ない。

善と悪、不幸と幸せ、そして結果残るもののバランスが上手く取れてないからかと思える。ある意味因果応報感を漂わせ、芸術映画のような趣きも無いではないが、あまり人に薦める本ではないな。

近藤史恵「ヴァン・ショーをあなたに」

軽く読めるフレンチビストロミステリー。というか、ほのぼの短編集第2弾。

「タルト・タタンの夢」に続き、舞台は小さなビストロ、「パ・マル」。ぶっきらぼうだが腕はいいシェフ三舟、厨房と接客をする志村、ソムリエの紅一点川村、ギャルソンの高築の4人で切り回している。美味しい料理と、店に来る人々の、日常的な謎の答えを、三舟が解き明かすのが読みどころ。

今回は前作と少しだけ趣向が変わっていて、作る方の話があったり、フランス修行時代の三舟が登場したりする。ひとつの作品が短く、すっきりしないところもあるが、匂って来るような料理の美味しそう度合い、またフレンチに、必要以上に説明を加えない部分も相変わらずいい味を出している。謎の切れ味もまずまずだ。

個人的には、前作のテイストをもう少し味わいたかったかな。まあこれからの展開も楽しみだ。

森絵都「リズム」

まっすぐな、森絵都のデビュー作。講談社児童文学新人賞、椋鳩十児童文学賞受賞。

あたし・中学1年のさゆきは、親戚て幼なじみの真ちゃんが大好き。真ちゃんは高校受験をすっぽかし、髪を金色に染め、バイトしながらバンド活動に明け暮れている。さゆきは、母や姉から、もう真ちゃんと付き合わない方がいい、とたしなめられる。

児童文学、だがらか、影が忍び寄ったり、いじめのシーンはあったりするが、毒は全くない。キャラクター構成までの全てがほのぼのと子供っぽく、明るい色を醸し出している。もちろん大人としては、物足りなさも感じるけれど、本格的な毒の無さにホッとするのも事実だ。

昔ながらの親戚付き合い、商店街、近所づきあい、大らかで不思議な先生、古典的ないじめ方など、我々世代が最後に味わったような設定で、主人公の伸び伸びさ加減をいい噛み合いで描いている。忍び寄る影は時代か。

森絵都は大人な短編集「風に舞いあがるビニールシート」で直木賞作家となったが、やはり児童文学ものに力点が置かれている作家だと思う。

気が向いたら、次は「DIVE!」でも読もう。

雫井脩介「つばさものがたり」

硬軟自在という雫井脩介。名作とは言わないが、ほわっとした小説も好きな身としては、いい作品だったなあ、という感じだ。

自由が丘のパティスリーで働いていた君川小麦は、同僚でフランス修行帰り五條朋彦に、新店を出すので手伝って欲しいと頼まれるが、身体の不調のため断り、やがて辞職する。小麦は実家のある北伊豆に自分の店を出すことにするが、天使が見えるという不思議な甥っ子に「ここははやらない」と言われてしまう。

雫井脩介はドラマにもなったサスペンス「火の粉」を読んだが、今回はまったく違うテイストで、女性作家が描きそうなった構成だった。病魔と運命。そこにからむファンタジックな要素。ファンタジーの連想は自由だが、可愛らしくも引き込まれるような内容になっている。もっと甥っ子を見ていたい、物語の終了が残念、というような・・。

そう思わせた時点で、小説としては勝ちだろう。これからの生を対比させることで生きることの煌めきを、うまく引き出している。意外と芸術的な長編かも知れない。