もう桜が満開だけど、写真は飛鳥、天武・持統天皇陵横に咲いていた梅。いつも言うが、桜よりも、梅が好きだな。
藤沢周「武曲(むこく)」
ずっと文庫になるのを待っていた剣道もの。入り口は軽く、中身は重厚、独特の表現の嵐。
鎌倉の高校に通う羽田融は、ラッパーを目指して、色んな言葉を憶えようとしている。ある日剣道部の先輩と揉め事を起こしたのが元で初めて剣道の立ち合いをすることになり、剣道に不思議な魅力を感じる。その高校にコーチとして通う矢田部研吾は父親との立ち合いで重傷を負わせてしまい、アルコール中毒に陥っていた。
東京六大学の体育会系剣道部にいらした元剣士にして読書家の女子が、自分が体験した世界に最も近い、と勧めてくれた作品。確かに中身は、剣の道が本格的に掘り下げてある。読みたくて文庫化を待ち焦がれていた。
物語は融と研吾、2人の視点からそれぞれ描かれる。アルコール中毒の研吾の描写が生々しくしつっこい。そこと、剣の道、またイマドキの高校生である融、そして湘南鎌倉の風情、そして言葉がうまくコントラストを描いている。
ラストシーンは、もはや言葉、表現の嵐である。芥川賞を取った作品、「ブエノスアイレス
午前零時」を読んだ際も感じたような気がするが、独特の、難しい漢字を使い、独自の世界観を構築、もはやそこに溺れているかのような文章である。
おそらく別の作家に書かせたら、およそ半分の250ページくらいで終わってしまうだろう。こだわりと強いクセ、様々な要素を絡み合わせた重厚感。しかし俯瞰してみると都合がいいくらいスッと流れるストーリー性がある。美化に過ぎるきらいもちょっと見える、自分に耽溺しているような文章もうまく収まっている気がする。
それなりの本格派を夢中で読めて、満足だ。
湯本香樹実「夏の庭 The Friends」
名作系。じんわり、暗く明るく、普通な中にほんのりと温かみ。
ぼく・木山と太めの山下と眼鏡の河辺は仲良し3人組。人が死ぬ、というのはどういうことか興味を持った3人は、ある日、親がもうすぐ亡くなりそうだ、と噂していた独り暮らしのおじいさんの家を見張ることにする。
webで紹介してあったのを見て興味を持った。1992年の作品で、処女小説ながら、児童文学の新人賞を受賞、映画化、舞台化され、世界10数ヶ国で翻訳出版されて、海外で賞も取ったらしい。
物語は、おじいさんと3人の交流が中心だ。微笑ましく、小学生独特の不器用さも実感を持てて懐かしい。人生はうまく行かないけれど、というのが副次的なテーマになっていて、ボトムのほうからそれを感じさせる。
実は途中で結末が読めてしまうのだが、だからこそ安心して読める。激烈に感動するわけでは無いけれど、心穏やかに、たんたんと読める良作だ。
安部公房「砂の女」
これも、名作系。しかしホラーであり、ファンタジーでもある。さらに日本を代表する芸術作品でもあるとのこと。
休暇を取って、砂丘に昆虫採集に来た教師の男は、砂丘の部落の、砂の穴にある家に宿泊するが、村人たちの罠により、砂の穴から出られなくなってしまう。家には、女が独りで住んでいた。
1962年の作品である。安部公房はこの「砂の女」が文学賞を取り、世界30ヶ国に翻訳出版されて、フランスでも受賞、一躍有名になった。
安部公房は、教科書に出て来た「空飛ぶ男」を読んだだけだった。確かにあの短編の嗜好がこの作品にもある気がする。
砂に埋もれた部落の運命、男の理不尽な運命、そして共に暮らす女の人生。様々な比喩で男の体験による社会が、別の色を持って反芻されるが、女や部落のこともまた、社会に対する暗喩であり、ある種の表現なのだろうと思わせる。
安部公房は、第2戦後世代、と呼ばれたらしいが、筒井康隆にしろ、星新一にしろ、ある時期にSF的な作品で、アイロニーを含ませて現実を写実する手法の時代が、確かにあったのだろうと思った。現代作家にはなかなか居ないが、ある意味村上春樹にも通じてるのではないか、と感じた。間違ってたらごめんなさい。^_^
砂から逃れられないだけに、息苦しさ満載。特徴ある小説なのは間違いない。
磯�憲一郎「終の住処」
なにかしら底流に流れるものはつかめそうな話だが、あまり斬新さを感じないのも否めない。
共に30歳を過ぎて結婚した男と女。男は、妻の気持ちがつかみきれず、浮気を繰り返すようになる。遂に離婚しようと、妻をホテルに呼び出すが・・。
2009年の芥川賞受賞作。80ページくらいの表題作に、40ページほどの短編が収録されている。芥川賞作品は純文学なので、藤沢周の「ブエノスアイレス
午前零時」で懲りて読まなくなっていたのだが、出張前の新大阪で見ていて呼ばれたような気がして購入。
固有名詞がひとつもなく、おかしな現象も起きる。冷えた夫婦生活と、男のサラリーマンのしての生活。あまり頭で考えるようなストーリーではないが、なんとなく、あるな〜などと思わせる感じを極端な形を取って表したものなのかな、という感想を持った。
しかし、浮かび上がらせるテーマとしては、ありがちだし、感覚的にも、もひとつ焦点を結ばない作品だな、という印象だった。
奥田英朗「ガール」
かつてのベストセラー。30代、ワーキングウーマンを主人公にした短編集。すらすらと読んだ。面白かった。
2006年の作品である。私は東京に転勤したばかりで、まだ会議室でも煙草が吸えた最後の数年だった。
若いと言えなくなった働く女たち、課長になり年下の男性の部下がついた主人公、マンション購入を考え始めてから仕事の仕方が変わった独身女性、シングルワーキングマザー、ひと回り年下の新人ハンサムくんの指導係になった女性、などテーマがハッキリした作品が収められている。
しかもその物語には、「女から見て嫌な女」役が色んな形で登場するし、友情も描いてあり、バラエテイ豊かな作品になっていて面白い。私なんかは「女のことは分からない(ほうがいい)」と思っているクチだけれど、女性に受けた、というのは分かるような気がする。
変な話だが、似通ったテイストだけど、それぞれにテーマがハッキリしている作品集は、重松清「季節風」を思い出させた。女性のファッションも含め、けっこうガチガチに計算されているような構成でありつつ、奥田英朗特有のお気楽な無責任さも感じられる、楽しい本だ。
シングルワーキングマザーの話が良かったかな。
朝井リョウ「少女は卒業しない」
来るな〜、朝井リョウ。まあもともと中高生もの、好きなんだけど。
3月25日の、卒業式の日。合併のため、この校舎は、明日には取り壊される。図書室、屋上、生徒会室・・少女たちの思い出と、この日にやらねばならないこと。
30〜50ページくらいの短編7つ。シチュエーション、ドラマの設定、ともに普通なようでそうではなく、実感するものではない。逆に構成と設定、オチ、そして表現の幅を楽しむ、感性みたいなものを巧みに衝く手法を楽しむものだろう、と思う。
高校生もの「桐島、部活やめるってよ」大学生年代もの「もういちど生まれる」家族もの「星やどりの声」と読み、そしてまたテーマをぐっと絞った女子高生もの。前3作の中ではやはり「桐島」が最も良くて、他はちょっとパワーダウン気味だな、と思っていたのだが、今回また、とても良かったと思う。
「桐島」も桐島くんは噂話に出てくるだけ、という体をとっている。また、他の短編の出演人物が薄く微妙に絡み合う。連作短編集の妙とも言うべきところだが、今回もまずまずか。
GOODでした。