2014年11月1日土曜日

10月書評の2

東京へ向かう新幹線の中で書いているが、出発直前に緊急停止ボタンが押されたらしく数分遅れている。これくらいは走っている間に取り返せるのだろうか。外は雨である。

カート・ヴェネガット・ジュニア
「タイタンの妖女」

爆笑問題の太田光のオススメだそうだが、彼が言うとおりさっぱり分からなかった。

1959年に書かれた作品で、作者は後年、アメリカを代表する作家となったという。SFの名作とされる。妖艶な衣裳を身に付けたタイタンの女王などは出てこない。

愛犬と太陽系を彷徨っているウインストン・ナイルズ・ラムファードの屋敷に招かれた、若き大富豪マラカイ・コンスタント。ラムファードから、やがて火星に行って、ラムファードの妻ビアトリスと結婚して息子を設け、地球に戻った後、土星の衛星タイタンに行くことになる、と予言される。

火星と地球との戦いあり、タイタンでのやはりSFチックな生物の描写ありとそれなりに楽しめないこともないが、極端な設定と哲学的すぎる文章が、意味を確立してくれない。

アメリカにはフィリップ・K・ディックという非常にクセのある、SFや架空の設定に現代をミックスする大作家がいたし、ヘミングウェイの「老人と海」とか「キリマンジャロの雪」などでも、直接的に意味合いが受け取れる話は少ない。それがアメリカの文学の風潮なのだろうか。芸術的、哲学的なのは嫌いではないが、今回はまた特別しっくり来る部分はなかった。

まあ、こんなものなのだろう。しばらくこの類はお休みしようっと。

宮下奈都「誰かが足りない」

ツッと差し込むような短編集。感動を呼んだりはしないが、雰囲気がいい2012年本屋大賞第7位の作品。購入した上野駅の書店のしおりが気に入った。

就職に失敗したことで彼女を失い、コンビニの店員をしていることを郷里の親にも言えない男。夫を失ったことを受け入れられない老婦人。恋人に他人の尻拭い要員、とそしられ、あげく捨てられた女性係長。親を失い、引きこもりになった少年、などなどが、それぞれの希望を見出し、レストラン「ハライ」に予約を入れる。

宮下奈都は、「スコーレNo.4」に衝撃を受け、本屋で意識する作家になった。「くちびるに歌を」そしてこの作品、と読んだが、剥き出しの感性を、才能を感じさせる表現で自由に綴る、という特徴の片鱗を、今回も垣間見ることができた。

宮下奈都の特徴は、目新しいネタを取り上げるのではなくて、日常的なことを表現していく、という部分だと思っている。もちろん今回のレストランやオムレツの話のように、非日常なところはあるが、「スコーレ」なんて靴屋に就職した娘の話だし。どれだけ表現できるか、に挑んでいるようにも見える。

ただまあどうもこの2作品は抑え気味だ。悪くはないけど。また「スコーレ」をより進化させたような、なんでもない物語なのに、計算されたような、ビビッドで大きなうねりを感じさせる大作を待っている。

西山繭子「バンクーバーの風」

カナダ移民社会の話。野球の気分で購入。

カナダ・バンクーバーにはおよそ2万人の日本人移民とその2世、3世が居た。厳しい人種差別の中で、人々に希望を与える「朝日」という名の野球チームがあったが、カナダ人のチームを相手に負け続けていた。主力の1人、製材所で働く笠原礼治、レジー笠原はある試合で、勝つためのヒントを得る。

時代は明治維新後から日米開戦まで。当時は、国内では増える一方の人口を抱えきれない政府が移民政策を推奨していた。レジーの父親もまた、「カナダで3年働けば日本で一生食える」という政府の移民政策のキャッチコピーに乗って、現地で現実を知った次男坊である。カナダでは、日本人にはキツい肉体労働しか与えられず、賃金も安かった。

レジーの母親も、当時流行した、「写真婚」つまり現地から送ってきた、夫候補のさも豊かな暮らしをしているかのような写真だけで結婚を決め単身現地に渡った。レジーがほのかな恋心を抱く杉本せいは、洋裁の勉強をさせると騙されてカナダに渡り、女郎屋に売られた女である。行ってみたらもう戻れない、という運命の世界に生きた人々の物語でもある。

カナダ日系社会の複雑な問題を単的に捉え、その中で野球の素晴らしさを描く作品。

胸がスカッとする場面もあるが、実はあまり感動は無かった。ただ題材は非常に興味深いものだった。

太宰治「グッド・バイ」

気になっていて、えいっと購入。ま、280円文庫なんだけど。

100ページ余りの中に、「父」「おさん」「饗応夫人」そして未完の遺作「グッド・バイ」が入っている。

太宰治は、「人間失格」「走れメロス」しか知らない。「人間失格」は他者の目を気にする、異常なダメ男の話で、それなりに感情を刺激した。

今回は最初の2作品が、家庭を顧みない、しかし小心な夫の話。「グッド・バイ」は本来の80回の連載があったはずの、現代にも通じそうなマンガっぽいコミカルな話。妻子ある男が複数の愛人との縁を切るためにある女に協力を頼むのだが、妻役のこの女が、美人だけれど、金に意地汚いわ、とんでもない大食だわ、力が異常に強いわで逆に振り回されるハメになる。

「人間失格」では、人目を気にして、細かい事まで色んなことを考える、現実に即した姿が描かれていて、そこは共感できるところがあった。特に最初の2編では同じようなものを感じた。

「富嶽百景」や「斜陽」も読んでみようかな。

伊坂幸太郎
「バイバイ、ブラックバード」

なかなか面白かった。マンガな展開の中に、ちょっと深さを感じさせるような・・。

タイトルは、ジャズの名曲からと思っていたが、いや、作中にも確かにその曲は出てくるのだが、太宰治の未完の遺作、というか多く見積もっても4分の1くらいしか書いていない「グッド・バイ」を伊坂流にアレンジして完結させた小説である。

借金のトラブルで、「あのバス」に乗せられる事が決まっている星野一彦。最後にせめて、と付き合っていた5人の女性と別れるため、身長190センチ、体重200キロで金髪の自称ハーフ、口が悪く態度も大きい監視人、繭美と共に彼女達のもとへ訪れる。

太宰の原作では、星野役は「出来る」色男。繭美役のキヌ子は絶世の美女だが、このへんはだいぶ変えて伊坂流にしてある。

星野と繭美は、5人の彼女を巡って行くのだが、一つ一つの話が練りこまれているような感じで面白みを感じる。また繭美という強烈なキャラクターを生かしきっている。

伊坂は、ディテールを放っておいたりするし、刹那的で軽妙に過ぎるきらいもあって、あまり好きになれなかった。展開がマンガ的で、強いキャラに頼りすぎているような気もするし。

しかし、この前に読んだ「アヒルと鴨のコインロッカー」やこの「バイバイ、ブラックバード」は、初期の香りもして、なかなかいいと思う。

「あのバス」についての本人の話が、個人的に面白かった。ロシアの映画でたしかベネツィア映画祭で最高賞を取った「父、帰る」という作品がある。菊池寛の小説と同名、謎の多い話というし、さぞかし奥行きがあり、味わい深い作品かな、と期待して観に行ったら、まったく謎について一つも説明の無いストーリーで、パンフレットには監督談として「これは芸術だから」と書いている始末。やはりベネツィアは風変わりだ、と思った記憶がある。説明しない映画はいくらでもあるし、そこが評価されてベネツィアを獲ったことは理解している。しかし想像を巡らすことが楽しかったり、言葉以上に訴えかけるものがあるのが普通だ。ヨーロッパ&アジア映画はたくさん観たが、その中でもよろしくない方の異彩だった。

伊坂はこの映画を例えに出して、「その体裁が神話っぽいなと思いまして(中略・だから)読者を満足させる必要はないと判断しました。」と語るのだが、いや、あの映画は説明しなきゃいけなかった、それ都合良くない?と思わずツッコミを入れてしまった。

話の練度、皮肉も効かせているし、強烈なキャラクター、繭美と対称的な星野からは太宰特有のだらしなさも見える。ストーリーがキャラにうまく噛み合っている感じ。まるっきり違う話であるのに、太宰作品へのオマージュとして成り立っていると思えるところが面白い。

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