2014年7月6日日曜日

6月書評の1

私としたことが、上半期ランキングにかまけて、6月書評を忘れていた。6月は12作品13冊。行ってみましょ〜。

ジョン・クラカワー「荒野へ」

全米ベストセラーのノンフィクション。

1992年8月、アラスカ北部、スタンピード・トレイルに打ち捨てられたバスの中で、1人の若者の死体が見つかった。餓死したクリス・マッカンドレスは遠く離れたアトランタの、裕福な家を出て、長い間放浪生活をしていた。

私は、日本人写真家の、故星野道夫氏の著作に影響されたアラスカ好きである。オーロラ、ムース、カリブー、アラスカ独特の気候風土に人々の生活、また人跡未踏の地で生まれた、数々の物語にかつて圧倒された。星野氏が熊に襲われて亡くなり、日本では追悼映画が作られるなど、当時注目度も高かった。

マッカンドレスの件は、アメリカでセンセーションを巻き起こしたらしい。彼の父親がNASA関連の会社を立ち上げて成功し、裕福な家の出であったことがひとつ。また、しがらみを捨て、あるものは大自然のロマンに憧れて、1人でアラスカの厳しい大地に移り住む者が多く、警鐘を鳴らしたい時期にあったのではと推察される。実際マッカンドレスの行動に関して、幾多の非難が飛び交い、著者の記事にも多くの意見があったという。

この作品は、マッカンドレスの生い立ちから、彼が放浪していたときに出会った多くの人の証言を掘り起こし、彼の人となりと、死までのその行動を綿密に記している。著者がそれまでにベストセラーを出していた有名な登山家、というのも影響しているだろう。

感想としては、おそらく時期のもので、正直なかなか訴えるものは少ない。ただまた星野氏の本を読み返そうかな、という気になった。

夏目漱石「こころ」

だいぶ前、当時の私からすれば、常軌を逸するほどの読書量と見えた友人に

「いままでで最も面白かった小説は何か」

と訊いたら、彼は間髪入れず、

「こころ」だ、と言った。

折しも「こころ」が世に出てから100年、という節目の年らしい。中学だか高校だかの教科書に出て来て、前後が読みたかったから読んで、それ以来の再読。

書生として東京に出ている「私」は「先生」と知り合い、懇意となる。やがて父親の病気で郷里に帰っている「私」に、「先生」から驚くべき内容の、分厚い手紙が届く。

もちろん結末は知っているのだが、改めて読むと、明治時代とその終焉の雰囲気に触れることが出来て興味深い。そしてやはり下宿先での、Kとの最後の会見の描写は凄い、と思う。

こころは行きつ戻りつ、最終章はもうくどいくらいその様がひたすら描写される。それがまた、高尚なものではなく、誰しもそう考えるよな、という、生のこころのうち、だから共感を呼ぶのかも知れない。そして、取り戻せない後悔だけが残る。

この小説のプロットは、見事なものだと思う。漱石は、また読もう。

近藤史恵「サブァイヴ」

書店で見かけてパッと買って、予想通りあっという間に読んでしまった。

自転車ロードレースの世界を描き、話題となった「サクリファイス」「エデン」のスピンオフ作品。両作の主人公である白石誓(ちかう)、チカの話が2編、「サクリファイス」に出てくる日本のチームで同期入団だった伊庭が1つ、そのチームのエースだった石尾を同僚・ 赤城の主観で語ったものが3つの短編集。

特に、誰しもが一度は夢を見て破れ、エースのアシストにつく、つまり自分がゴールテープを切るために走るわけではない、という部分が強調されている。また、ドロドロした部分も相変わらず多分に入っている。

自転車ロードレースをもっと描いて欲しい、という読者側の期待に応え、さらに作者側には、「サクリファイス」で出て来たチカ以外の人物と国内の現状を掘り下げてみたい、という欲求があったのではないだろうか。よくは知らないが。

もちろん馴染んだシリーズで、面白かったが、「エデン」でツール・ド・フランスまで行ったチカの物語を、本場であるヨーロッパの話をじっくりと読みたいなと思った。

朝井まかて「恋歌」

先の直木賞受賞作品。伸びやかな力がある。物語を超える新鮮なパワーを、久々に感じた。

明治の歌人、中島歌子、本名登世は、幕末に水戸天狗党の志士・林忠左衛門茂徳に恋をし、ついに嫁ぐ。しかし時代の波は若い夫婦を押し流し、登世は夫と引き離され、お家は取りつぶしとなってしまう。

幕末の話は好きで、藤田東湖、水戸天狗党と言葉は知っているが、内情は、薩長とか京都での出来事に比べるとメジャーではないのではないだろうか。しかし、学問の地、尊皇攘夷思想の地と認められていたことがあり、この物語の水戸には決してマイナスではない色と匂いを感じてしまう。イメージで言えば「蒼」という感じか。

お家騒動は時代ものの常だが、先進的な思想だったはずの藩で、血で血を洗う抗争が繰り広げられる。その時代の熱と虚しさ、悲惨さを女性の視点で語っているのが新鮮だ。

瀬をはやみ岩にせかるる滝川の
われても末に逢わむとぞ思ふ

折々に出てくる歌も実にいい。切なくて、たまんないですね。

発見した手紙で過去を知る、という形に関して議論があったらしいが、こないだ「こころ」を読んだし、ふだんホームズものでワトスンの未発表原稿、とかいうのに慣れている私には気にならない。むしろ物語を盛り上げる、良き要素と取った。

GOODな作品でした。

ルイス・キャロル
「不思議の国のアリス」

息子を寝かしつける時に、アリスの話が出て来て、そう言えば全部読んだことない、と買ってみた。

ピューリタン的なの教えに即したものしかなかった子供の物語に新風を吹き込み、世界で聖書の次に翻訳された本、とどこかで読んだ。うーん、そこまでえらいもんだったのか。

内容は、理屈や訓話が有るものでは、全くない。だから、その場の雰囲気はハチャメチャで面白く、出てくるキャラも妙に覚えてしまうものの、結局よくは分からない。まさに「ワンダーランド」、子供のころよく見た夢にも似ている気がする。

チェシャネコとグリフォンには出会えたが、ハンプティダンプティは出てこなかった。「鏡の国」も読むしかないな。ちょっと楽しみ。

柳広司「ダブル・ジョーカー」

やっぱり、スパイものって、好奇心に訴えかけるよね。

「ジョーカー・ゲーム」の続編。日本陸軍のスパイ組織「D機関」。ごく限られた関係者しか存在を知らず、軍にあって「死ぬな、殺すな」がモットーの異能集団。設立者である結城中佐はかつてその世界で「魔術師」と呼ばれていた。

今回は対立組織が出て来たり、結城中佐の若き日の活躍あり、またついに真珠湾攻撃に至ったりと、ストーリーに変化がつけてある。最後の短編はよく分からなかった。

ちょっと今回は理屈っぽいような気もするが、やはり興味。サクサク読んでしまった。次は「パラダイス・ロスト」だな。

0 件のコメント:

コメントを投稿