6月初日にショパンコンクール4位の小林愛実のリサイタルへ行ってきた。出てきた時にすわ、本物だ、とキンチョー。ずーっと聴いてたからね。
コンクール三次のプレリュード17番、ノクターン13番op48-1、そして一次で最初に弾いたノクターン14番op48-2が至極だった。曲もいいし、そのピアニズムが人の心地良いところにピタリとハマる。すばらしい!
シューベルトのソナタ19番に、コンクール2次のショパンのワルツで締めたのでした。良かった!
◼️ 長野まゆみ「東京少年」
大人たちの複雑な家族、友人関係と、少年。
独特の小道具と肌感覚が好ましい。
中学生の祝常緑(ことぶき・ときわ)、通称ロク。祖父が死に、プラントハンターの父・朔郎が外国にばかり出かけているため、父の従弟で大学研究室員の季郎と3カ月前からぎくしゃくとした雰囲気で暮らしている。
生まれてまもなく離婚した両親をつなぐ黒椿について情報を得ようと、花の雑誌を介してペンネーム「Katori」とやりとりしていた。かつての家で見つけた黒椿の写真の裏面には「Tsunomegawa」と記されていた。
14歳の誕生日までまもなくのある日、フルーツ屋の息子の大学生で頼れる兄貴的存在の光さんの仕事を手伝った後、持って行けと高級枇杷の函を渡される。中には常緑へ、と名指しの誕生日カードがあり、「Tsunomegawa」という鮮明な署名がー。
なにやらミステリーのような幕開け。物語はロクの行く末とその出生の秘密をめぐり、二転三転。父と母・紫(すみれ)に加えて、さまざまな植物の栽培をしている墨花亭の連玄菊(むらじ・はるあき)、その弟の玄藤(はるひさ)に光と、大人たちの関係性はけっこうごちゃごちゃである。持ち味のボーイズラブ風味も散らしてたりして。
長野まゆみらしく、というか今作はちょっと初期風味に、小難しくオシャレな漢字、創作した?という読み、不思議めで興味と食欲を突っつく食べ物飲み物もたくさん。
軽いところから洋盃(グラス)、玻璃杯(ゴブレ)、薄荷水(スペアミント)、苹果酒(リンゴしゅ)、白雨(ゆうだち)、舗(みせ)、泡立てミルクと蜂蜜の珈琲、胡桃で風味をつけて牛乳で煮込み蜂蜜を入れて飲む紅茶、ホワイトカァランツにレッドカァランツ、これはヨーロッパ産の小さな果実で和名フサスグリ、房酸塊らしい。レンゲ蜜、アカシア蜜、トチ蜜、ボダイジュ蜜、調べたら全部あるみたい。
やっぱり長野まゆみはこうでなくっちゃ。
表現の面でも、何気なく、変わったものでなくても、肌なじみがいいというか、物語のベースがささくれ立っているなか、響くものを出してくる。
◇雨でずぶ濡れになり、迎えにきた光さんのバイク後部座席に乗せてもらう。
「光さんの背中も濡れている。水が介在するせいなのか、乾いた服のときよりも寄り添う躰の感触が鮮明だった」
◇父とケンカして外へ飛び出し、高速道路が頭上に走る運河の縁で、夜。
「夜間灯を瞬かせたヘリコプターが頭上を過ってゆく。夜天は晴れ、接近中の火星が見えている。天文年鑑と首っぴきの天文部の連中の情熱を、さっぱり理解しないぼくではあったが、こんな夜の紅い星には意味を求めてみたくなる」
抽出して見るのとはまた違い、物語中ではこれらの文はハッとさせたり、視覚がやるせない気持ちを象徴していたりする、抜群の表現だったりする。
ロクいわくの「黒蝶椿」は朔郎、連、そして紫の人生にさえ深く絡みついているものだった。果たしてその正体は?
長野まゆみには「東京理科少年」という名作があったなそういえば。つながりはなさそうだ。
らしい作品。まだまだ読みたいぞ。
◼️伊与原新「八月の銀の雪」
科学は短編小説に向いてる気がする。
東大大学院で惑星宇宙物理学を研究し博士号を得た著者の短編集。物語のコアは広い意味での科学。物語に応用すると良い味と、こだわりを生むかなと思った。
表題作のほか、
「海へ還る日」「アルノーと檸檬」「玻璃を拾う」「十万年の西風」の6篇が収録されている。タイトルに好奇心を刺激される。
「八月の銀の月」は地球の核、コアの話。就職活動に苦しむ男子学生が心ならずもマルチ商法の手伝いをすることになり、コンビニ店の外国人店員が絡む。
「海へ還る日」はシングルマザーが博物館でクジラの絵を描いている婦人と知り合い、その誘いによって癒されていくもの。クジラの歌が焦点かな。
「アルノー」は鳩。私はかつてマンガ「レース鳩777(アラシ)」を熟読したクチなので興味津々で読み込んだ。新聞社が実際に使っていた伝書鳩の歴史。主人公は夢破れた不動産管理会社の契約社員で、住人を追い出しにかかっている男。
「玻璃を拾う」なんかこのタイトル、探偵ガリレオシリーズを思い出したりして。ガラスアートの作品をSNSになにげなくアップした大阪女子がクレームを受ける。作成者はなんとツレのはとこで、京都在住の男に直接会うことになった。ガラスアートは極小の珪藻ガラスというものだった。これも生物学かな。
「十万年の西風」は原発関係の仕事をしてきた男が、本格的な凧で気象観測をしている年配の男性と出逢う。
どれも屈託を抱えた男女が出口の光を見たような気になる話。切り口はなかなか新鮮。科学への好奇心のみならずアートやそこにまつわる仕事、歴史も興味深い。
短編は余韻が大事。後味はどれもいいものがある。ちょっと主人公の事情への解決へ合わせようとしている、という感覚もあるが、おもしろい。もっと読みたくなる。
さて、次はどんな題材が待っているのだろう?
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