◼️司馬遷「史記」
項羽と劉邦を初めて概観。鴻門の会、四面楚歌、面白かった^_^ うーん、キングダム。
最近まで古代中国史は苦手で、実は三国志も読んだことなくて、あれ、項羽と劉邦って三国志じゃなかったの?という状態だった。実は史記も、漢籍を読みたかっただけで中身を考えてたわけではなく、項羽と劉邦のくだりにゆくりなくも出逢えてワクワク。やっと自分も世間並みになったかと(笑)。ここ数年で三国志も漢詩もそれなりに読んで、少しずつ分かるようになっていってるのが楽しい。
膨大な「史記」の中から、
◇伍子胥(ごししょ)列伝
・・春秋戦国時代末期、楚の人伍子胥の伝記。
◇魏公子列伝
・・「戦国四君」のうちの信陵君・魏無忌が主人公。孟嘗君、平原君、春申君にも触れられる。
◇項羽本紀など
・・始皇帝の死、項羽と劉邦。
が取り上げてある。故事成語も、漢文の授業で聞いたのも多く出てきてちょびっと感慨無量。
前の2つも興味深いが、なんといっても3つめの項羽と劉邦だった。
一瞬天下統一を成し遂げた秦の始皇帝が崩御する。すると陳勝・呉広の乱が起き、時代はさらに動くー。
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」
「王侯将相寧ぞ種有らんや」
どちらも陳勝の言葉。習いましたね。たしか。この乱はすぐに平定されますが、秦は大河の流れに呑まれるように崩壊の道を歩みます。
楚の将軍の家柄に連なる項羽、戦にあたっては残虐、しかし名門の出だからかどこか甘さがある人柄。参謀は老体の范増。
母の上に龍が現れ、その後身ごもったとの伝説を持つ、農民出身の劉邦。沛公とも呼ばれる。蕭何、曹参、張良、樊噲という有能な部下を持つ。
どちらも楚の懐王に仕え、軍を率いて戦果を挙げる。懐王は「真っ先に関中に入って平定した者を関中の王にする」と宣言する。
関中へは劉邦が先に入った。後から来た上将軍項羽は、劉邦軍の4倍の兵力。項羽の策士、范増は、今のうちに劉邦を殺せ、と進言する。2人は鴻門で酒席を囲む事になった。
范増に言い含められた項羽の従兄弟、項荘が劉邦を殺す意図を持って剣舞をする。すると張良に恩のある項羽の伯父、項伯もまた舞いながら巧みに劉邦をかばう。劉邦の身が危険と聞かされた勇猛の士、樊噲は座に押し入り、項羽を睨みつける。項羽は樊噲に酒を振舞った。やがてトイレに行くふりをして劉邦はしれっと逃げた。范増は項羽の甘さをなげく。
やがて両者は相争う。形成は劉邦に傾き、追い詰められた項羽は垓下に籠城する。幾重にも包囲した劉邦の漢軍が楚の歌を歌うのを聴き、漢は楚を手中にしたかと驚く。〜四面楚歌〜そして我が身の末路の詩を作って歌い、寵愛していた虞美人をはじめとする側近たちとともに涙を流したー。
項羽は奮戦の末自害、劉邦はやがて前漢の初代皇帝となる。
どこの史書でもそうだろうが、「史記」にも物語性と誇張があるだろう。でも、鴻門の会のところは緊迫感が漂ってくるようで面白く読めた。決めどころもあるべし。樊噲がオトコマエだ。立場が強いはずの項羽の言動が、ここではちょっと分からなくなる。劉邦を手にかけるどころかあっさり逃すし。うーん。
秦のイメージは、焚書坑儒の理不尽。史記にも細かすぎる法律を作り、人民を厳しく管理したためす反発も強かったとある。手下に厚い、人民に優しい沛公は関中の人々に好かれる。器ですな〜。
故事成語や言い回しもたくさん。上に挙げたもののほか、
故郷に錦を飾る、呉越同舟、尸に鞭うつ、会稽の恥、臥薪嘗胆、囊中の錐、清少納言が百人一首で詠んだ歌に盛り込まれている鶏鳴狗盗、樊噲が項羽を睨みつけながら言う、
「卮酒安んぞ辞するに足らんや」豪快な樊噲、いいねー。
そして項羽の終わり近くの歌は英雄が消えゆく前。少し胸にくる。
楽しく弱点を少し克服できたぞん。キングダム、読もうかな。
◼️北村薫「詩歌の待ち伏せ 2」
文学・文芸の愉しみ。やっぱこれくらいマニアックでなくちゃ。
北村薫が心に引っかかった言葉を探索していくシリーズ。知らない名前が普通に出てくるし、世界も含めた文学の深い知識が当たり前にベースになってたりするが、サラサラ読むのが快適だったりする。とても北村薫らしい。
「三国志物語」、星落秋風五丈原の場面に「風更けて」という表現が出てくる。はて、秋更けてとか夜更けてなら分かるが風更けて、とはどういうことかと探究していく。
和歌の例を探し、藤原定家の
さ筵や待つ夜の秋の風更けて
月を片敷く宇治の橋姫
という歌を発見、さらに多くの類例から発祥のあたり、また流行りというものを掴んでいく。そういえば北海道に音更町、というのがあったなと。なかなか楽しいことばへのこだわり。
江隈順子さんという方の俳句に
卒業歌 あの先生が 泣いてはる
という句の「泣いてはる」という関西弁に通常の卒業式のそれとは違う、柔らかな空気に辺りが包まれると感じ、男子が見ているのか、女生徒か、対象の先生はどんな先生かに思いを巡らせる。
関西人の有栖川有栖氏に電話して確かめたりするが、女性言葉でもなく、敬語の意味合いはより弱いと知らされ、虚を突かれる。
実は九州育ち関西在住の私も、著者と同じように感じ取ったのだが・・まだエセ関西人なのかな〜。この項、短いとはいえ前巻で芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」は何ゼミで何匹か、と同じシチュエーションで楽しめた。ちなみに、蝉は、友人とひとしきり話題の種にした。
詩歌探索の旅は高知の詩人、大川宣純や「風と共に去りぬ」のタイトルのもと、アウネスト・ダウスンらへと続く。阪急ブレーブスのサブマリン、私も大好きだった山田久志の俳句や、江戸川乱歩も面白い。
「さよならを言うのはわずかのあいだ死ぬことだ」
レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」でフィリップ・マーロウが口にする名セリフ。もともとはフランス詩人アロオクールの書いた、フランスではかなり有名な一節だとか。
「トゥ・セイ・グッバイ・イズ・トゥ・ダイ・ア・リトル」
To say good-bye is die a little.
フランス語では
「パルティール・セ・ムーリール・アン・プー」
Partir, c'est mourir un peu
について掘っていく。アガサ・クリスティーでも使われていたことが発覚するなど、なかなか楽しい。また後段、読者からの手紙で、コール・ポーター作詞作曲のジャズ・ナンバーに、
Ev'rytime we say goodbye
I die a little.
という歌詞があることが分かる。おそらくアロオクールの詩句を踏まえていて、チャンドラーも聴いたであろう、と結論づけている。集中でも好みのつながりだった。
知らない文人もかなり多く出てくるが、取り上げられた詩句はいずれも新鮮で、サラサラと読んでじんわりと沁みる感じ。3もあるみたいなのでぜひ読みたく。