2020年2月11日火曜日

2月書評の1




もらったチケットでBリーグを観に行った。エヴェッサ大阪はいま西地区1位。オーバーカンファレンスで東地区5位の秋田ノーザンハピネッツと。大阪の天日ヘッドコーチとか、秋田のベテラン、古川孝敏とか昔仕事で観ていたので懐かしい。エヴェッサはbjリーグに所属していたチームということもあり、演出も上手。実業団リーグ時代はやっぱ地味だったし地域のイベント色が濃かったが、今回はホームということもあって、チームにサポーターがちゃんとついていて、よりプロっぽい色も見えた。

高い値段の前の方は空席もあり、端のほうはガラガラ。またUSJの近くJR桜島から舞洲へ向かうバスは本数が少ない上に激混みで、いまどき現金払い。私は1時間前に桜島に行って1本バス見送り、10分前くらいに着いた。もう少しバスを増やすだけで楽なのに、とまだまだ感を残した。

まあでも楽しかったよなーっと。

◼️白洲正子「西行」


和歌のスーパースター、西行の旅と想い。虚実入り混じるその人生。


松尾芭蕉「おくのほそ道」は、芭蕉が憧れる西行の500回忌に江戸を発ち、西行の歌枕を巡った旅である。読んで、自然に西行への興味が湧いた。アテルイなど蝦夷と大和朝廷の戦いは好きなジャンルということもあって、「おくのほそ道」では特に多賀城などのくだりにはそそられた。ちなみに西行は、ひと時代前の能因法師の歌枕を巡ったとか。歌の心は繋がるものか。


この本を読んだ感想は色々あるが、まずは西行って本当に研究されていて、今もって多くの人々に好かれている歌壇史上のスーパースターなんだなあ、ということ。興味を持ってこのかた、そんな気はしていたけれども。死後ではあるが新古今和歌集に入撰集1位となる94首が収録されている。


鎌倉時代目前の平安時代末期の人。当時から優れた歌人として名声が高く聞こえ、多くの時代人と交流もあった。源頼朝、源義経との出逢いにも触れてある。


百人一首に入っている歌。


嘆けとて月やは物を思わする

かこち顔なるわが涙かな


嘆け悲しめと月は私に物思いをさせるのか。本当は恋の悩みのせいなのに、月の仕業のように流れるわが涙ではないか。


かつてエリート集団の北面の武士であった西行は、待賢門院への身分違いの恋心に苦しみ、出家したとも言われている。


出家したとはいえ、しばらく洛中洛外をうろうろしていた西行、やがて奈良の吉野山に庵を結び、熊野で修行を積み、陸奥へと旅する。仏道は心がけているが放浪、さすらいの身の上である。


陸奥(むつのく)の奥ゆかしくぞおもほゆる

壺の碑(いしぶみ)そとの浜風


宮城・多賀城址にある壺の碑、青森・陸奥湾の東海岸である「そとの浜」ともに古くから知られた歌枕。この項では取り上げられてないが、私的には「おくのほそ道」で読んだ、山形・象潟での


象潟の 桜は波に埋もれて

花の上こぐあまの釣り舟 


が好きだ。桜好きの西行。


ところでお初の白洲正子氏。なんか思い入れが強いこともあり、基本的な説明がなかったり、西行の道行きを追うのはいいが文があっちこっちへフラフラしている紀行文のようで、しかも学説や一般に西行に言われていることについていきなり強い意見が出て根拠を書いてなかったりして、中盤まで正直読みにくく時間がかかった。


しかし後半になると、私が文調に慣れたのか、西行の基礎知識が多少分かったからなのか、少しずつ感じ入り、面白く読めるようになってきたから不思議。白州氏の


「あげくのはては、ごらんのとおりの伝記とも紀行文ともつかぬものになってしまった」

というあとがきの文にくすっと笑ってしまった。


高野山に入ったが相変わらずあちこちへ出かける西行。都では保元の乱が起こり、西行と親近の崇徳院が讃岐へ流島となってしまう。崇徳院はかつて西行が恋したという待賢門院と祖父・白河法皇の不義の子で天皇位にも上った。西行は多くの手紙のやり取りをし、当地で院が没した4年後に讃岐を訪れた。


松山の波の景色は変らじを

かたなく君はなりましにけり


「かたなく」は跡かたもなくなったという意味で、西行の深い悲しみが見える。白州氏の、西行と崇徳院、当時の世情、探訪の旅の表現と相まって、心に響いた。


年老いた西行は、2度目の奥州への旅に出る。その途中、富士を詠んだ歌。


風になびく富士の煙の空に消えて

ゆくへも知らぬわが思ひかな


これは西行が自賛歌の第一に挙げていたそうだ。白州氏は万葉集の山部赤人に比しても、その大きさと美しさに遜色なく、万葉以来脈々と生き続けたやまと歌の魂の軌跡を見る思いがする、明澄でなだらかな調べ、と最大級の表現をしている。


時に恋心を、時に風流、そして自分を持て余すかのような感情の吐露もある。漂泊の和歌マスターは伝説も多く、全国にたくさんの碑もある。しかし、虚実の入り混じった掴みにくい人物像、とのこと。私も心に実像が思い浮かばない。


「おほかた、歌は数奇のみなもとなり。心のすきてよむべきなり。」


一生かけて数奇を求めた西行。枠にはまらない行動と歌の抜群の冴えは人を惹きつける。だいぶ疑義はあるらしいが辞世とされている歌。


願はくは花の下にて春死なん 

そのきさらぎの望月のころ


和歌や漢詩の本、その書評を書くのは、読みながらピックアップした作品の一部や言葉をメモして、本を何度も読み返しながら組み立てる。時間がかかるが、とても楽しめる。


次は春は花、夏ほととぎす、秋は月、の明恵の話が読みたいかな。



◼️芦原すなお「雪のマズルカ」


スカッとする未亡人探偵。キッパリしてて、かわいらしくて、強くて、嵌められやすい?


とてもテンポが良く、サクサク読める。その要因の一つは主人公の女性探偵。


笹野里子。3年前、探偵だった夫が亡くなり、自分が探偵になった。41回めの冬を迎えた妙齢である。気に入らない依頼は「お気に召さないのでしたら、どうぞよそへ」とはっきり告げる。しかし徹底的な鉄面皮なのではなく、「いやね」とか「馬鹿言ってらっしゃい」とかかわいらしい言い回しが板についていて、警視庁の捜査一課長をメロメロにさせている。各種格闘技をマスターしており、夫の形見のリボルバーを携帯している。


この本には4つの短編が収録されているのだが、この方、高確率でダマされている。それを承知で調査に取り組んでいるのかも知れないし、いかにも侮られている、というのは女性探偵ものとしてリアルかもしれない。


高校生のドラ娘の非行をやめさせて欲しい、浮気な女優の怪しい行動を調べて欲しい、

殺された猟奇惨殺事件の犯人を捜して欲しい、

代議士の友人のマズい写真等を捜して欲しい


といった依頼。一筋縄ではいきそうもない。富豪の老人、俳優、コンパニオン、代議士の同窓生といったクセのある依頼人とややヘンクツな里子ののコミカルなやりとりも読みどころのひとつだ。


探偵ものではあるが、これはミステリではなくサスペンスを含んだ楽しい読みもの、という感じである。ダマされて、危険な目に遭う笹野里子の切り抜け方はなかなかハードボイルドだ。探偵小説としてはひとつの反則でもあったりするが、そこがまたスカッとするところではある。


最後の短編では、六本木のホステスと車で海にダイブして亡くなったという夫の最期の真相が分かる。言ってみればボロボロである。でも、正直に強く生きていく里子にやっぱり魅力を感じさせて、締めている。


この本、笹野もの連作短編はうまく一冊で収まっているような感もあるが、続きを読みたくなる。続編ないのかな。


直木賞フリークだった私は芦原すなお「青春デンデケデケ」も読んだ。高校生のバンドもので、初々しすぎる色合いだったなと、今思う。「上手い」芦原すなおをもう少し読んでみたいかな。

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