写真は地を這う種類の百日紅サルスベリ。
◼️坂東眞砂子「蛇鏡」
奈良を舞台にしたホラー。独特の雰囲気を想像してしまうな。
永尾玲は、婚約者の大宮広樹とともに帰った奈良・田原本の実家の蔵で蛇の紋様が入った古い鏡を見つける。かつて結婚を控えた玲の異母姉・綾は蔵で首を吊った。そして玲は綾の実母・多黄子もまた娘と同様に自死したことを知る。2人が死んだのは蛇神を鎮める地元神社の祭り「みぃさんの日」だったー。
坂東眞砂子は奈良女子大卒。「山妣」で直木賞を受賞している。「死国」など伝奇小説で売り出し、この「蛇鏡」も直木賞候補作となった。
私的なイメージはスケールが大きく、男女の機微をつぶさに描いて、怪しくかつエロでもある、という感じ。奈良と融合すると、どうなるのか?
結婚を控えた玲は人生経験もある20代後半の自立した女性、適度にわがまま、広樹を追いかける恋愛をして、結婚にこぎつけた背景を持つ。実家に戻り、若い頃の恋心がうずく。
舞台の奈良は、言わずと知れた古代の都。京都というと宮廷の歴史が絡む派手な設定が思い浮かぶが、奈良さん古墳も多く、悠久を映像にしたような土地柄で、鄙びた雰囲気がある。今回は大物主大神の蛇伝説も絡めてあり、歴史が古いだけに大上段に振りかぶれる。その一方で日本の地方風味も出せる。夏、祭り、お盆がよく似合う感じ。
玲の実家の女に絡む忌まわしい出来事、そこに働く超自然的な力。
古い町、古い家で人知を超える怪しい力に引っ張られながら、玲も綾の幻影を追うような行動を取る。しかし、ホラーチックなばかりではなくいかにもありそうな過ちと玲というその時代を代表する妙齢の女性を媒体として、恋愛、結婚というものを掘り下げようとしている面を持つ。ここは意外に強く打ち出している感がある。
全体的な感想は、うーん、自殺した多黄子、綾の、それぞれ女としての情がも少し欲しかったかな。大上段なところは大上段に過ぎなかった気もするし。
ただ、古き奈良が持つ魅力、魔力と伝説、そして現代の恋愛事情のミックスを細部にわたって試みていて、たしかに興味深かった。
やっぱ坂東眞砂子は、怪しくて女で、エロい中にスケール感がある。その特徴は好ましいと思う。
◼️川端康成「日も月も」
死す者と、残された者。心の成り行きとうつろい、したたかさ。
京都、本阿弥光悦ゆかりの光悦寺。年に1回催される大規模なお茶会、光悦会から物語は始まる。
京都を舞台にした小説の紹介本に載っていて、いつか読みたいと思っていた作品。図書館の書庫から出してもらった実物は昭和44年の出版でさすがに年季が入っていた。言葉も旧仮名遣いが多かった。主な進行は東京と鎌倉。
でも、1ページの字数は少なく、物語もコンパクトで、読みやすく良い印象を残した。しおり絵はがきは、川端に京都を描くことを勧められるなど親交があった東山魁夷「月篁」にした。
さて、物語の背景は複雑である。1952年〜1953年の執筆で戦後まもなくの世情がベース。
朝井松子は高谷宗広と結ばれたが、宗広は松子を捨て巻子と結婚した。松子の父は先妻との間の息子たちに戦死され、今は松子と2人暮らし。後妻で松子の実母・道子は長男敬助の親友、紺野に走り家を出て行った。松子は光悦会で宗広の弟・幸二に宗広が喀血して入院したことを知らされ、見舞いに向かう。
巻子との夫婦関係がうまく行っておらず病に苦しむ宗広は松子に救いを求める。松子は宗広を冷たくあしらうが、彼との恋愛の残滓に苦しむ。やがて父が急死、宗広も死に、紺野と別れた母と住むことになった松子は、転居を決意するー。
「美しさと哀しみと」でも同じ感想を持ったが、恋に破れた女の思い乱れる心情をしっとりと描く川端の筆致には感じ入る。今回はとにもかくにも明るい光が感じられて終わり、感情も設定も複雑な中、読後感が良かった。
ほどほどに波もあり、男女と世間と、また若い男と女、老いた男と女。
お茶道具には非常に詳しい川端の碩学なところが披露されている。これだけ書かれるとちょっと茶器にも興味が湧く。
戦後まもなくの風情、死と生と男女。物語に微妙な黒さがあり、キーポイントとなる光景、ものもうまく作用している。人の人生は決して穏やかではない。老いと喪失感。若い妻とのびやかに隠棲する父の友人木崎も効いているなあ、と思う。
宗広が松子を捨てた理由がちょっと突飛かもしれないし、時代感覚のずれがあるやもしれない。
名作には連なってない。でも落ち着いて川端らしいいい作品だった。久しぶりに図書館へ返したくなくなった。チョー個人的ではありますが、大声で。
こんな佳作が絶版だったとしたら、なんてもったいない!
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