5月はなかなか濃い読書だったと思う。ちょっと自身に動きがあったので、腰が浮き気味ではあったが、それでもそれぞれ面白く読んだ。では今月も行ってみましょう!
伊東潤「王になろうとした男」
ノッてる時代劇作家が放つ、織田信長の家臣の姿を描く短編集。なんか、意表を突かれたところも。直木賞候補作。
桶狭間の戦いで、今川義元を討ち取った毛利新助は、信長の親衛隊である黒母衣衆に抜擢される。戦場で功を挙げることしか考えない新助に対し、同郷の塙直政は知恵を使ってなんとか出世の糸口を掴もうと、ツテがあると嘘をついて松平元康(徳川家康)への使者役を買って出る。(果報者の槍)
織田信長という、合理的、開明的で残虐なカリスマは、多くの時代劇の中心となり、たくさんの付随した物語が生まれている。今回は、才のある者をよく登用した信長を取り巻く激しい出世競争がひとつのテーマ。また、本能寺の変を軸に生臭い陰謀が展開されている。長篠の戦い、賎ヶ岳の戦いなどなども出てくる。タイトル作品の「王になろうとした男」はちょっと異質っぽい。
ひとつは、信長の代表的な戦である桶狭間で、服部小平太と毛利紳助は華々しく活躍するが、その後は聞かないなあ、と思っていたところにスコンとはまった気がした。なるほど、という感じである。
もう一つは、いわば戦国時代のクライマックスにカリスマヒーローを取りまく、有力な面々を取り上げて、屈折した心理と策謀を、面白くスリリングに描ききっている、ということ。歴史好きの本道を行っていて、飽きさせない、斬れるような感じだ。なおかつ、最後の「王になろうとした男」で信長の世界観まで言及されている。
伊東潤は「義烈千秋 天狗党西へ」、「巨鯨の海」に続き3作め。ベースとなる時代も主題も別だった。今回は信長と戦国の中心。いずれも力作で、面白い。ただ今回、何かと表現するのは難しいのだが、少し違和感もあった気がした。
西加奈子「地下の鳩」
ホステスと呼び込みとおカマ。男女と人生が織りまざる。西加奈子ならでは、か。
大阪・ミナミでキャバレーの呼び込みをやっている40年配の吉田は、お遣いに出た際に左右の目の形が違うホステス、みさをに出会う。惹かれるもの感じた吉田は、お遣い先の店に毎日通い、みさをを探すようになる。
吉田とみさをの表題作、それと表題作に出てくるおカマバーのママを主人公とした別作品「タイムカプセル」が収録されている。個人的には後者の方が好きだったかな。
吉田とみさをの関係は、おかしな執着心や内面の自信をも覗かせながら、妙な形をとって進んでいく。その進み方は「ふくわらい」や「ふる」で見せたような、独特の中間的なものだ。これが大阪的なものの一部だ、という主張が入ってる気がしないでもない。
人間観察は素晴らしいと思うが、表題作は正直あいまいで終わっているような、実感を持てない感じである。「タイムカプセル」は、主人公キャラの愛嬌と軽妙な会話、そして人の、罪にならない罪にならない罪を憎んでいる方向に好感が持てる。
ほっこりとした「円卓」、暗さからいきなり大転換する「通天閣」などというテイストと、今回のようにちょっと変わった、曖昧めの味が西加奈子なのだろう、とも思う。さてさて、直木賞はどっちの書き方か、それともミックスだったのか。あまり予備知識を入れないようにして「サラバ!」の文庫化を待とうかな、と。
東野圭吾「夢幻花」
いやこれは、ヤバい。夜中まで読み込んでしまい寝不足。東野テイスト全開だ。
水泳の元オリンピック候補選手の秋山梨乃は、大学の帰りに祖父の自宅を訪れ、祖父の死体を見つける。殺人事件として調べが進むさなか、梨乃は祖父が見せてくれた黄色い花の鉢植えが無くなっていることに気付く。
謎の花というのも魅力的だし、昔の出会いと別れの謎、謎めいた兄。難航する事件捜査。よく練られたサスペンスエンタメ小説だと思う。謎がいくつもあって、次は次はと読み進み、気がつけば深夜、というパターンだった。
全体としては、最初は怖いが、若い人が主人公で、軽く入れるような導入があり、すぐに事件が起きて、謎がいくつもあり、その出し入れでなかなか進展しない部分も倦怠感がない、といつも通り、計算された設定とテンポがある。また、東野作品に共通な、知的で悲愴感を帯びたボトムの雰囲気〜湖に漂う朝もやのような〜も相変わらずだ。書いてて恥ずかしいな(笑)。
解決編の一気さは少々びっくりしたが、謎の長さとのバランスが面白い。ラストも前向きに創られていて読後感も悪くなかった。いやーこの道トップを走る作家の最新文庫を堪能した気分だ。
もうひとくさり。ミステリーというと、私はどうしても本格ものを思い浮かべてしまう。材料は揃っていて、読者諸兄は犯人が分かるかな、というやつだ。また、しっかりとした動機や手段も無ければならない。今回の作品は、知識が無いと分からないものだし、俯瞰してみると設定も都合の良さがあり、部分もヤワい。
でも、手段とかテクニックではなくて、これが東野圭吾なんだなーと相変わらず実感できる。不思議なものだ。だから読書は面白いのかも。
金本知憲「覚悟のすすめ」
「超変革」でいまをときめく、金本知憲阪神タイガース監督が、現役の時に出した本。なかなか興味深い。
連続フルイニング出場を続けていた金本選手(当時)がこだわるもの、左手を骨折しても出場し、右手1本でヒットを放った、その覚悟と準備とは。もちろん、高校から大学、プロ入り当初、広島でのレギュラー奪取とトリプルスリー、そして阪神へのFA移籍に優勝、チームに感じたこと、などなども書かれている。
やはり、なんというか、気持ちの強い持ち方は当然ながら半端ではない。それと、プロに入った頃から、自分に何が足りないか、どうすればいいのか、計画的にトレーニングし、いまも継続しているのは印象的だ。
阪神に来てからも、こんなことがあった、あんなことがあった、と実際の試合の事を多く取り挙げていて分かりやすい。
私はこの類の本はまずまず読んでいるが、特に野手は、プロに行く、という明確な目標を早くから持っているんだな、と思う。
それにしても、志は立てたものの、野球名門校に行きながら浪人してしまったり、その結果進学した先の、当時まだ無名だった東北福祉大に佐々木主浩、矢野燿大をはじめとする後々大成する選手がたまたまいたりと、金本氏の野球人生は流転している。フリーエージェントの際に、阪神の星野監督に2回も断ったのに、あきらめない熱烈なアプローチに、入団することになった、というのも、いかにもで面白い。星野さんならやりそうだなあと感心してしまった。
恩田陸「不連続の世界」
シュールで、柔らかく、不思議なホラー。これもまた恩田陸テイストか。
レコード会社に勤める塚崎多聞は、自宅近くの川沿いを散歩中に会った、放送作家の田代に、奇妙な夢の話を聞く。田代が口にした「こもりおとこ」という言葉が気になった多聞は、ケヤキの木のてっぺんに痩せこけた男がしがみついているのを見てしまう。(「木守り男」)
塚崎多聞を主人公にした、連作短編である。いずれの作品も軽いホラーのような感じだ、多聞は様々な怪奇現象に遭う。最初の「木守り男」はもひとつだったが、次の「悪魔を憐れむ歌」から引き込まれて読みきってしまった。
多聞を囲む、イギリス人貴公子ロバート、フランス人女性のジャンヌ、"最強の大和撫子"美加らキャストも魅力的で、さらに多聞はすべてを受け入れる、飄々として付き合いやすい性格だが、どこか醒めた部分もある、という設定も、ホラーを際立たせる設定の一部である。さらには短編中に時間が進み、最終的には15年くらい経ってしまう。
ホラーそのものは、あまり深刻すぎる訳ではないが、スマートさの中に怖さも感じさせる。
私は恩田陸制覇計画を立てていて、頻度は高くないが、著作の半分くらいすでに読んでいる。デビュー作「六番目の小夜子」のきらめきが素晴らしく、また「麦の海に沈む果実」という少女マンガファンタジー、少年ものの佳作「ネバーランド」ら様々なテーマで印象的な作品を残し、「夜のピクニック」で一つの結実を得た。中には面白くないものもあるが、フェミニンでどこか伸び伸びとしたものを感じさせる感性、その筆致はやはり年間何作かは読みたくなるものである。
塚崎多聞は、最初のほうの作品、私の母の故郷、福岡県柳川市を舞台にしたファンタジーホラー「月の裏側」に出演してたらしい。もうさすがに思い出せない。
うーん、恩田陸らしく作品のテーマに沿ってスリムに面白く展開しようとしていて、これはこれでありかな、というところだった。
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