2016年6月27日月曜日

才能





ある晩寝る時、息子に、パパの昔の思い出を聞かせてよ、と言われた。その日は時間も遅かったし話さなかったが、先日、こんな話をした。

私が小学校4年生の頃、元プロ野球選手の息子だという子が転校して来た。親たちは彼の父親に頼み込み、監督になってもらって、我が町にも少年野球クラブが出来たのだった。私も、当然のように入部した。時あたかも長嶋茂雄が引退し即監督になってV2を成し遂げんとする年だった。

軟式の野球がメインだったが、大会がある時にはソフトボールもしていた。ソフトボールでは我がチームは県大会に出たこともある。優勝したとこに1回戦負けしたが(笑)。

確か5年生の時分、市内でソフトボールのリーグ戦をしていた。ある時隣の小学校に出掛けて行って試合をした。私はレフトを守っていた。

通常ソフトボールの外野は、ボールも重いし、そこまで深くは守らない。上を越されてランニングホームラン、ということもあったが、小学生の飛距離など高が知れていて予想がつく。

しかしその日、相手チームには、見たことのない、ヒョロッと背の高い選手がいた。彼が力むでもなく一振りすると、打球は信じられないほどの飛距離で、長方形をしている、小学校の運動場の、一番遠いフェンスを越えて行った。それがレフト後方のフェンスに当たるのだが、言ってみればちょっとしたスラッガーの2倍くらい飛ばしていたのだ。

レフトの私は、彼の1打席めは深く守ったが遥か上を越された。2打席めはもっと深く守った。内野手との距離が、軟式でも経験したことがないくらい遠い。カーン!やはり大飛球。しかしこれは越えない、と直感した。

私は走って下がり、落下点付近でややスピードを緩めた、が、こんなに高く上がった打球は初めてで、正確な落下点が掴めない。落ちてきたボールは後方に少し伸び、私は思わず右斜め後ろ上方へ身を投げ出して、飛びついたー。

ガターン!打球はグラブに入りアウト、転倒したショックでも落とさなかった。しかし上手く転べず、上半身と腕を伸ばした無防備な格好でしたたか地面に叩きつけられた形になった私は、しばらく立ち上がれず、ベンチに戻るまでに時間がかかった。

ここまで話して、それが多分、パパが見た最初の、野球の才能だ、と言った。

息子はふーん、と聞いていたが、当然の質問をした。

その人そのあとどうなったの?

分かんない。もう1回くらいは見かけたけど、すぐにいなくなって噂も聞かなかった。

元プロ野球選手の監督の息子はすごかったの?

小学校の時は、短距離も長距離も学年でトップクラスだった。たしかピッチャーとしてノーヒットノーランもしたことがあった。
でも中学では野球部に入らず、高校で名門校の野球部に入ったけど、練習で気を失って3日で退部した、と本人が言ってた。後日たまたま飛行機で元監督と隣に乗り合わせた。元監督は「ウチの息子は小学校までの才能、というのは最初から分かっていた。」と言ってた。

翌日は、高校時代の、バスケットの話をした。

我々の高校が属していた福岡県中部地区は、詳しく調べたことはないが、全国で優勝しようか、という私立校が2つもあり、非常にレベルの高い地区だった。県1位の学校は背の高い選手を集めていて、190センチオーバーが2、3人、180センチ台後半は当たり前、という巨人の密林のチームだった。1つ上の先輩方が強くて、1部4チームと2部を勝ち抜いた2チームがリーグ戦をして順位を決める、というステージに進むことが出来た。

巨人の密林チーム、ハイキュー!で言えば白鳥沢学園、は、我々との対戦に無理はしない。前に出てディフェンスしてくれるから、意外にドライブのスキが空く。得点も出来る。しかしその分、2倍ぐらい取られる。120対70くらいの試合だった。2位で背はそこまで高くない(といっても普通のチームよりはかなり高い)高校、ハイキュー!でも言えば青葉城西のようなチーム、は、1位のチームへの対抗上スピードを磨いていた。だから、ディフェンスも張り付かれてスキが無く、10分くらい無得点、という時間帯が普通にある。こちらのスコアは70対35くらいだ。

3位を争う県立進学校に、怪物がいた。身長は191センチ、手足が長く大きくバネがあり、身体も筋骨隆々。動きが高校生離れというか、日本人離れしていた。インサイドは強いし、ボールを自分で持って行ってハーフライン越えてすぐ3点シュートを打つという、ディフェンスする方法は果たしてあるのか?みたいなプレーもする。彼は後に大学から社会人チームに行き、日本代表にも入った。

マンガでは、意外に短期間で名門チームに勝つ、という展開がよくあるけど、パパはそういう世界を知ってるから、とてもとても、という感じだよ、と言うと、息子はどう反応したか?

「でも勝とうと思わなきゃ勝てないやん。」
 
この辺はだいぶスポーツマンガライズされている。そして続けて

 「子供の夢を壊したらいかんよ。」   

その通りかもなっ。反省してしまった。

土曜はスポーツショップに行ってバレーボールを買って来た。青と黄色。当たり前だが、我々の頃の白いボールとは全く違う。高くないのを買ったのだが、なんか重くて、縫い合わせた形も違うような気がしたが、軽くトスをしているとああ、こんなだったかなあ、と思った。

日曜はキャッチボール。公園は、ちょうどいい具合に下草が刈り込まれていた。もう肩が痛くて投げられない。久しぶりだから、股関節に違和感まで覚え(笑)、早々に帰った。ゴロ補の時、息子は苦しい体勢からノーバウンド送球が出来るようになった。成長して、上体の力がついたのだろう。ほお、ときょうも思う。

すぐシャワーで身体頭洗ってごはん食べてゲームして本読んで寝た。さあ、半期末だ。

2016年6月20日月曜日

読書家ハイ







三宮のブックオフに行ったら、欲しいな、とリストアップしてたものがたくさんあった。

坂東眞砂子「鬼に喰われた女」
つかこうへい「リング・リング・リング」
佐藤さとる「だれも知らない小さな国」
熊谷達也「漂泊の牙」

これ欲しいな、と思っても、ブックオフには必ずしも出ているわけではない。人気を博した、古くない作品ならまだしも、そんなにたくさん売れてるわけでもない本は、やはり見つけるのが難しかったりする。上の4作品はいずれも、それなりに長い間見つけられなかった。

なので、ほくほくと帰った。ちょっと女子系が足りないかな?という感じだった。

西宮北口のブックオフに行った。

長野まゆみ「天然理科少年」
舞城王太郎「阿修羅ガール」
関口尚「空をつかむまで」
恩田陸「木漏れ日に泳ぐ魚」
さらに
白石一文「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」
坂東眞砂子「山妣」

の上下巻を2つ。

「天然理科少年」は大きな書店に行っても無かったので狂気した。舞城、関口、恩田は、珍しいわけではないが、いつか読みたいな、というのがきれいな状態で見つかり、勢いもあって購入。

上下巻、「矢を抜け」は先日友人に薦められた作品、「山妣」は直木賞だが、いつもいい状態でなかったり、とちらか欠けていたりしたからこの機を捉えて買った。

さらにさらに、北村薫「八月の六日間」が文庫で出るというので書店に行ったら、綾辻行人「Another エピソードS」の文庫が出ているのを発見!カオリスタでありアヤツジストの私はもはやこの幸せな興奮状態に酔いながら貰った図書カードで買ったのでした。まさにランナーズハイならぬ読書家ハイ。ここまで一気に買ったことはかつてないぞ。

都合12作品14冊。ジャンルもまあまあ。女子系もたくさん入っている。時代もの、また名作系、外書が入ってないが次のテーマということで。

さて、週末はママが留守だった。息子とワンコ2匹との生活。土曜は真夏並みに暑いとのことで外出せず。午後は冷房かけて過ごした。晩ご飯は用意された餃子を温めて食べた。

問題は寝る時で、今回息子の部屋にトイレシートを貼って、初めて息子のベッドでワンコ2匹と一緒に寝る。これまでは息子もいないことが多かったから、こういう時、私は部屋でなくリビングのソファに寝ていたのだ。解放感があるし、トイレもサッシを開ければすぐのベランダだ。

うちのワンコはそれぞれ特徴があって、オス13歳のレオンは、ママがいないと全くダメなヘタレである。きょうは帰ってこないよ、と言ってもしょっちゅう階段の下を見たりする。一方、メス6歳のクッキーは、その点どーんとしている。

しかし、息子の部屋のベッドに行って、ママの部屋に行く、ドアをガリガリやったのはクッキーだった。なんでかというと、育ちに関係がある。

レオンを飼い始めたのはまだ息子がいない頃だったから、我々夫婦はよくレオンを連れて、ドッグカフェや宿泊施設に行った。息子が赤ん坊の時にママが入院したが、その期間も一緒に過ごした。イレギュラーには慣れているのである。クッキーは息子に手がかかる頃に我が家に来たから、かわいそうなことにあまり遊びに連れてってない。この秋琵琶湖のドッグリゾートに泊まった時も、レストランや部屋で、クッキーはびっくりするくらい動揺していた。

まあまあともかく、クッキーをなだめるのもうまくいき、無事2人と2匹は同じベッドで朝まで寝た。ワンコたちは思ったよりかなりいい子だった。おいたもせず、鳴くこともなく、ゆっくり出来た。

午前息子を塾まで送り、帰ってしばらく犬とくつろぎ、迎えに出て、ショッピングセンターでおにぎりと鶏もも肉ゴマだれ炒めとポテトサラダを買って帰った。ママもあまり遅くなく帰宅してめでたしめでたし。息子はもう一晩ワンコと寝たかったみたいだけどまあパパの手間が増えるしもういい(笑)。

空いた時間は本を読んでの週末。いやー快適だったほうかな?

2016年6月14日火曜日

楽な梅雨





身体が楽な、という意味だが、毎年この時期は外仕事で飛び回っていたので、デスクワークとなった今年は、とても楽。前のオフィスは、午後はとても暑かったが、今はそんな事はなく、二重に楽である。

息子が修学旅行のおみやげに、もみじまんじゅうを買ってきた。めったに食べないが、やっぱりうまい。息子自身も食べるが初めてで、食べたらすっかり気に入って、あとは全部ボクが食べると、その後両親は食べたらダメ条例が施行されたのでした。

私も断片的に覚えているが、修学旅行の思い出は、一生もの。いい旅だっただろうか。

ハイキュー!はついに最新巻に追いついて、ダイヤのAと同じく3ヶ月に1度の最新刊を待つ生活になった。手持ちのマンガも増えてきたのである程度処分するつもりで整理した。

新たに買ったスーツもローテーションが出来てきて、だんだん慣れている。

いろいろと変化を実感する梅雨なのでした。

2016年6月6日月曜日

5月書評の2





すっかり紫陽花の季節。だが、まだ朝晩ひんやりとして、5月の続きみたいだ。まあだいぶ暑くはなってきた。

毎年6月でいったん半期のランキングを発表しているが、今年はここまで心を掴まれたものがまるでない。なんか出てこないかのう。うーむ。

息子は修学旅行。オバマが先日訪れた広島に行くそうだ。

辻村深月「朝が来る」

子供が欲しい夫婦の一部の現実。それはよく分かった。

夫と6歳になる息子、朝斗と3人で暮らしている佐都子の家に、朝斗の母親を名乗る女から電話がかかってくる。女・片倉ひかりは「子どもを、返してほしいんです。」と告げる。

私はこの本を読む前に、出来るだけ予備知識を入れなかったので、実際はこの先のストーリーは、ちょっと考えていたのとは違って、いい意味で裏切られた。

子供が欲しい夫婦に、どのような葛藤があるのか、さらにはどんな手段があるのか、その現実の取り挙げ方は斬新で、非常に興味深かった。以前に読んだ角田光代の「ひそやかな花園」という小説をも思い出した。

後段は視点が変わって、うまくいかない女の子の話。うーむ。こちらは、正直新鮮味が無くて、トータルとしては、ふれこみのように「号泣必至」とはならなかった。最後の奇跡は、意表を衝いていて、明るさを感じさせて終わる。釈然とはしないが、単館系、一部のヨーロッパ芸術系映画にあるような、映像系のラストだな、と思った。

辻村深月は、デビュー作「冷たい校舎の時は止まる」が良かった。「凍りのくじら」は、中心のストーリーはもひとつだったが、仕掛けがとても面白かった。直木賞作品の「鍵のない夢を見る」「太陽の坐る場所」「島はぼくらと」はそこそこ、という感じだった。

あくまで個人的な感想ではある。でももう一度、ほう、という作品が読みたい気がする。「メグル」「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」あたりもいずれ読んでみよう。

塩野七生「コンスタンティノープルの陥落」

いわゆる東ローマ帝国滅亡の日。確かに、なかなか落ちない。

ビザンチン帝国(東ローマ帝国)は、トルコ軍の脅威にさらされていた。すでに、かつてのほとんどの領土はなく、首都コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)などわずかな勢力圏が残されたのみの状態だった。そして1453年、トルコの弱冠22歳のスルタン、マホメッド2世は、堅固な要塞都市、コンスタンティノープル攻略を決断する。

この作品は、史料を詳細に検討し、大きな動きのほか、皇帝とその側近、市井の商人、宗教関係者、軍医、トルコのスルタンの小姓などの目線を交えて、コンスタンティノープル陥落前夜、そして陥落の日を描いた壮大な物語である。陥落を体験した帝国側の何人かは生き残って現在も残る史料を書き残している。

330年から続く東ローマ帝国というものとその重さ、ヴェネツィア商人、ジェノヴァ商人、そして現地のギリシア人の葛藤、西欧カトリックとの関係性等が述べられている。また地理的なものも、コンスタンティノープルの要塞都市ぶり、戦いの流れも非常に詳しく語られ、想像力がかき立てられる。

かつてこの本を紹介した方が、「なかなか陥落しません」と言っていた。その意味かどうかは分からないが、出てくる人と背景をはじめの方に紹介してあるのだが、後にポンと名前が出てきても、「この人誰だったっけ」となり途中でこんがらがる。また、言葉は尽くされていると思うが、もう少し地図や挿絵での説明があれば地理も分かりやすいのに、と思った。これらの理由で中盤までは読むのにけっこう時間がかかった。

確かに数が非常に少ない帝国側は、トルコ軍の進撃に対しよく防衛するが、だからなかなか陥落しない、というわけではないかと思う。(笑)

しかし中盤を過ぎて慣れてくると、話がダイナミックになることもあって一気に読める。教科書には年号と事実しか書いてなかったが、こんな意味があったんだな、と興味深いものはあった。

「ローマ人の物語」などで著名な塩野氏はこれが初読み。すでに買ってある「ロードス島攻防記」も楽しみだ。

似鳥鶏「シャーロック・ホームズの不均衡」

ラノベ系ミステリー。ホームズ、の文字が入ってなければ買わなかっただろう。結局内容には関係なかったが、まあそんなもんだ。

かつて両親を殺された、高校3年の直人と小学校3年の七海の兄妹。七海を引き取りたい、という人の誘いで、施設からあるペンションに出掛けるが約束の人は来ず、翌朝に突然、殺人事件を目の当たりにする。

舞台設定や物語の進め方はさすがラノベというか、大富豪とメイド姿で美女のボディーガード、悪辣なの国際陰謀期間、アクションなどなど楽しめるように作ってある。親しみまで出てくるから不思議で、続編読みたいなあ、などと思ったりする。実際その可能性をも念頭に置いているのだろう。

セリフの中に必要度不明の文言も出てくるが、それもお茶目というもの。

謎の方は、けっこう本格的な密室・不可能ものミステリーが3つも楽しめる。

物語の芯はあまり濃いとは思わないが、まあこれはこれで、と思うものだった。

三浦しをん「神去(かむさり)なあなあ日常」 

林業の村と日常を三浦しをん流に。ちょっとのペーソスも込めて、ってとこかな。

卒業したらフリーターになるつもりでいた横浜の高校3年生、平野勇気。しかし担任と母親の策謀で、三重県の携帯電話も通じない山村、神去村に送り込まれる。勇気は、30歳くらいの金髪の所帯持ち、ヨキの家で寝起きしながら、林業の修行をすることになったのだった。

ちょっと前映画にもなった作品。林業の今と村人たちの暮らし、山への畏れ、恋模様などを、三浦しをんらしく、軽妙で、マンガチックに描いてある。決して暗くはならないが、どこか言いたいことをにじませている、といった抑えた感じが今回はあったかな。

三浦しをんは「まほろ駅前多田便利軒」で、20代で直木賞を取り、2012年には辞書編纂の物「舟を編む」で本屋大賞を受賞した。他私が読んだのは、人形劇の文楽を舞台とした「仏果を得ず」、そのエッセイ「あやつられ文楽鑑賞」、大学生駅伝ものの「風が強く吹いている」といった作品たち。

「まほろ」を除けば、斬新で確固としたネタに沿い、決して難しくならず基本はコメディタッチで、その世界を描いてみせる、というものだ。「風が強く吹いている」はちょっと熱血でほお、と思ったりした。

さて今回も、あっという間に楽しく読めた。ベースの世界も親しみが湧き、番外編もあるそうなので読みたくなった。これがトップの大衆作家の力だろう。しかし、私は、三浦しをんがどこかに隠している、もっと熱く文学芸術的な心の叫びを読みたいな、なんて思っている。

5月書評の1




5月はなかなか濃い読書だったと思う。ちょっと自身に動きがあったので、腰が浮き気味ではあったが、それでもそれぞれ面白く読んだ。では今月も行ってみましょう!


伊東潤「王になろうとした男」

ノッてる時代劇作家が放つ、織田信長の家臣の姿を描く短編集。なんか、意表を突かれたところも。直木賞候補作。

桶狭間の戦いで、今川義元を討ち取った毛利新助は、信長の親衛隊である黒母衣衆に抜擢される。戦場で功を挙げることしか考えない新助に対し、同郷の塙直政は知恵を使ってなんとか出世の糸口を掴もうと、ツテがあると嘘をついて松平元康(徳川家康)への使者役を買って出る。(果報者の槍)

織田信長という、合理的、開明的で残虐なカリスマは、多くの時代劇の中心となり、たくさんの付随した物語が生まれている。今回は、才のある者をよく登用した信長を取り巻く激しい出世競争がひとつのテーマ。また、本能寺の変を軸に生臭い陰謀が展開されている。長篠の戦い、賎ヶ岳の戦いなどなども出てくる。タイトル作品の「王になろうとした男」はちょっと異質っぽい。

ひとつは、信長の代表的な戦である桶狭間で、服部小平太と毛利紳助は華々しく活躍するが、その後は聞かないなあ、と思っていたところにスコンとはまった気がした。なるほど、という感じである。

もう一つは、いわば戦国時代のクライマックスにカリスマヒーローを取りまく、有力な面々を取り上げて、屈折した心理と策謀を、面白くスリリングに描ききっている、ということ。歴史好きの本道を行っていて、飽きさせない、斬れるような感じだ。なおかつ、最後の「王になろうとした男」で信長の世界観まで言及されている。

伊東潤は「義烈千秋 天狗党西へ」、「巨鯨の海」に続き3作め。ベースとなる時代も主題も別だった。今回は信長と戦国の中心。いずれも力作で、面白い。ただ今回、何かと表現するのは難しいのだが、少し違和感もあった気がした。

西加奈子「地下の鳩」

ホステスと呼び込みとおカマ。男女と人生が織りまざる。西加奈子ならでは、か。

 大阪・ミナミでキャバレーの呼び込みをやっている40年配の吉田は、お遣いに出た際に左右の目の形が違うホステス、みさをに出会う。惹かれるもの感じた吉田は、お遣い先の店に毎日通い、みさをを探すようになる。
 
吉田とみさをの表題作、それと表題作に出てくるおカマバーのママを主人公とした別作品「タイムカプセル」が収録されている。個人的には後者の方が好きだったかな。

吉田とみさをの関係は、おかしな執着心や内面の自信をも覗かせながら、妙な形をとって進んでいく。その進み方は「ふくわらい」や「ふる」で見せたような、独特の中間的なものだ。これが大阪的なものの一部だ、という主張が入ってる気がしないでもない。

人間観察は素晴らしいと思うが、表題作は正直あいまいで終わっているような、実感を持てない感じである。「タイムカプセル」は、主人公キャラの愛嬌と軽妙な会話、そして人の、罪にならない罪にならない罪を憎んでいる方向に好感が持てる。

ほっこりとした「円卓」、暗さからいきなり大転換する「通天閣」などというテイストと、今回のようにちょっと変わった、曖昧めの味が西加奈子なのだろう、とも思う。さてさて、直木賞はどっちの書き方か、それともミックスだったのか。あまり予備知識を入れないようにして「サラバ!」の文庫化を待とうかな、と。

東野圭吾「夢幻花」

いやこれは、ヤバい。夜中まで読み込んでしまい寝不足。東野テイスト全開だ。

水泳の元オリンピック候補選手の秋山梨乃は、大学の帰りに祖父の自宅を訪れ、祖父の死体を見つける。殺人事件として調べが進むさなか、梨乃は祖父が見せてくれた黄色い花の鉢植えが無くなっていることに気付く。

謎の花というのも魅力的だし、昔の出会いと別れの謎、謎めいた兄。難航する事件捜査。よく練られたサスペンスエンタメ小説だと思う。謎がいくつもあって、次は次はと読み進み、気がつけば深夜、というパターンだった。

全体としては、最初は怖いが、若い人が主人公で、軽く入れるような導入があり、すぐに事件が起きて、謎がいくつもあり、その出し入れでなかなか進展しない部分も倦怠感がない、といつも通り、計算された設定とテンポがある。また、東野作品に共通な、知的で悲愴感を帯びたボトムの雰囲気〜湖に漂う朝もやのような〜も相変わらずだ。書いてて恥ずかしいな(笑)。

解決編の一気さは少々びっくりしたが、謎の長さとのバランスが面白い。ラストも前向きに創られていて読後感も悪くなかった。いやーこの道トップを走る作家の最新文庫を堪能した気分だ。
 
もうひとくさり。ミステリーというと、私はどうしても本格ものを思い浮かべてしまう。材料は揃っていて、読者諸兄は犯人が分かるかな、というやつだ。また、しっかりとした動機や手段も無ければならない。今回の作品は、知識が無いと分からないものだし、俯瞰してみると設定も都合の良さがあり、部分もヤワい。

でも、手段とかテクニックではなくて、これが東野圭吾なんだなーと相変わらず実感できる。不思議なものだ。だから読書は面白いのかも。

金本知憲「覚悟のすすめ」

「超変革」でいまをときめく、金本知憲阪神タイガース監督が、現役の時に出した本。なかなか興味深い。

連続フルイニング出場を続けていた金本選手(当時)がこだわるもの、左手を骨折しても出場し、右手1本でヒットを放った、その覚悟と準備とは。もちろん、高校から大学、プロ入り当初、広島でのレギュラー奪取とトリプルスリー、そして阪神へのFA移籍に優勝、チームに感じたこと、などなども書かれている。

やはり、なんというか、気持ちの強い持ち方は当然ながら半端ではない。それと、プロに入った頃から、自分に何が足りないか、どうすればいいのか、計画的にトレーニングし、いまも継続しているのは印象的だ。

阪神に来てからも、こんなことがあった、あんなことがあった、と実際の試合の事を多く取り挙げていて分かりやすい。

私はこの類の本はまずまず読んでいるが、特に野手は、プロに行く、という明確な目標を早くから持っているんだな、と思う。

それにしても、志は立てたものの、野球名門校に行きながら浪人してしまったり、その結果進学した先の、当時まだ無名だった東北福祉大に佐々木主浩、矢野燿大をはじめとする後々大成する選手がたまたまいたりと、金本氏の野球人生は流転している。フリーエージェントの際に、阪神の星野監督に2回も断ったのに、あきらめない熱烈なアプローチに、入団することになった、というのも、いかにもで面白い。星野さんならやりそうだなあと感心してしまった。

恩田陸「不連続の世界」

シュールで、柔らかく、不思議なホラー。これもまた恩田陸テイストか。

レコード会社に勤める塚崎多聞は、自宅近くの川沿いを散歩中に会った、放送作家の田代に、奇妙な夢の話を聞く。田代が口にした「こもりおとこ」という言葉が気になった多聞は、ケヤキの木のてっぺんに痩せこけた男がしがみついているのを見てしまう。(「木守り男」)

塚崎多聞を主人公にした、連作短編である。いずれの作品も軽いホラーのような感じだ、多聞は様々な怪奇現象に遭う。最初の「木守り男」はもひとつだったが、次の「悪魔を憐れむ歌」から引き込まれて読みきってしまった。

多聞を囲む、イギリス人貴公子ロバート、フランス人女性のジャンヌ、"最強の大和撫子"美加らキャストも魅力的で、さらに多聞はすべてを受け入れる、飄々として付き合いやすい性格だが、どこか醒めた部分もある、という設定も、ホラーを際立たせる設定の一部である。さらには短編中に時間が進み、最終的には15年くらい経ってしまう。

ホラーそのものは、あまり深刻すぎる訳ではないが、スマートさの中に怖さも感じさせる。

私は恩田陸制覇計画を立てていて、頻度は高くないが、著作の半分くらいすでに読んでいる。デビュー作「六番目の小夜子」のきらめきが素晴らしく、また「麦の海に沈む果実」という少女マンガファンタジー、少年ものの佳作「ネバーランド」ら様々なテーマで印象的な作品を残し、「夜のピクニック」で一つの結実を得た。中には面白くないものもあるが、フェミニンでどこか伸び伸びとしたものを感じさせる感性、その筆致はやはり年間何作かは読みたくなるものである。

塚崎多聞は、最初のほうの作品、私の母の故郷、福岡県柳川市を舞台にしたファンタジーホラー「月の裏側」に出演してたらしい。もうさすがに思い出せない。

うーん、恩田陸らしく作品のテーマに沿ってスリムに面白く展開しようとしていて、これはこれでありかな、というところだった。