本読みは、自分の好みの作家ばかりぐるぐる読むから、幅が広がらないのが悩みだったりする。だからって死にゃしないのだが。(笑)
私も一時そうだったが、いまはけっこうお初の作家さんも普通に読むのでさして気にしていない。本を借りる先が出来ると、打破できるものだ。やはり本読み友達は必要だ。
中島要「しのぶ梅 着物始末暦」
最近の流行を感じる時代もの。こなれてない感じも受ける。
日本橋通町にある呉服問屋、大隅屋の若旦那綾太郎は正月に浅草寺前でスリに遭い、高価な着物を汚される。嘆く綾太郎に、居合わせた余一という男は、自分に預けてくれれば、きれいに汚れを落としてみせる、と言うのだった。(めぐり咲き)
着物始末、いわば着物のなんでも屋、余一を中心とした連作短編集である。流行と言ったのは、例えば高田郁「みおつくし料理帖」の料理であったり、朝井まかて「すかたん」の青物であったり、なにか専門分野に焦点を当てた連作もの、という意味である。
江戸市井の人々の、着物が絡んだ悩みを余一が次々に解決していく。主人公は、苦み走ったいい男だが、どこか暗い影をまとっている。余一に惚れてしまった娘あり、綾太郎や露天商の六助などおなじみも出て、また余一の生い立ちも語られているが、正直この巻だけでは、まだこなれていないし、つかみに来る部分もまだちょっとという気がする。続編も出ているようだが、余一と、取り巻く人々を作者がどう育てていくのか楽しみだ。これから、というシリーズだろう。
着物の基本的な柄の解説もついていて、ふむふむ、と思う。高田郁も賞賛した作品の中らしいし、もうちょっと読んでみよう。
早見和真「ひゃくはち」
名門野球部のリアル、なのか?(笑)面白く、若いパワーを感じる作品。
恋人の佐知子と行ったホテルで着けたテレビ。雅人は映し出された高校野球夏の神奈川大会を見て、高校球児だった当時の事を思い出す。卒業してから8年、当時の仲間には会っていなかった。そして翌日、雅人は佐知子とともに横浜スタジアムへ向かった。
作者は神奈川の名門、桐蔭学園高の野球部だった人。ストーリーは「京浜高校」という野球名門校が舞台で、野球の専門的な部分も絡めつつ、脱線もする元気な野球部員たちの姿を描いている。
登録枠当落線上のの気持ちや、厳しさについていけない部分もじっくりと書き込んでいて、ホロリとする場面もある。ラストのクライマックスはいわばタブーに直球で切り込んでいて、ちょっと、その詰めに違和感も感じるが、全体のパワーでカバーしきれていると思う。
作者のデビュー作で、映画化、マンガ化もされたヒット作。愛読中の「ダイヤのA」もそうだが、名門校を舞台とした高校野球作品の、一連の流れの中にあるものだろう。
ドカベンもまあ、もともと強かった高校だけど、昔は弱小校を長いスパンでなんとかして強くしていく物語が多かったけどな・・なんて思ったりもする。
でも、この作品の力は、素直に認めるものはあるだろう。
ジョージ・マン編
「シャーロック・ホームズとヴィクトリア朝の怪人たち」
最新の、パスティーシュ集となっているが、まあこれはパロディですな。
原題は「ENCOUNTER OF SHERLOCK HOLMES」でシャーロック・ホームズとの出遭いとか、邂逅とかいう感じで、平凡なのでこのタイトルにしたのだろうが、あんまりイケてない。
シャーロッキアンの大きな愉しみである、ホームズの贋作は、実に多岐に渡り数え切れないくらい生産されていて、海外、国内を問わず年に数冊くらいこうした作品が出るので退屈しない。
生産されすぎたからなのか、もういわゆる普通の設定はほとんどなく、いかにも人目を引きそうなネタと展開が目立つため、純粋なパスティーシュを望む人には歓迎されない向きもある。私がこれの前に読んだもののタイトルなんて「恐怖!獣人モロー軍団」だし(笑)。
しかし、私は決して嫌いではない。突飛な発想でも、他には無いシャーロッキアン的な味付けがあったり、意外な発見があったり、知識が深まったりする場合があるからだ。「シャーロック・ホームズ対ドラキュラ」「シャーロック・ホームズの宇宙戦争」はひそかに名作だと思っているし。(笑)もちろん駄作もあるけれど。
まあ、今回は小粒という印象か。ホームズとワトスンの下宿屋の女主人、ハドソンさんの冒険譚は設定として楽しいが、中身はもひとつ。こうやって、ひとつひとつ批評していくのも、愉しみだ。
もともと一冊の本を2巻に割って出版するらしく、第2集も読もうっと。
ひとつ、文章の乱れがちょっと多すぎる。明らかな単純ミスや、日本語になっていない部分があったり。今回は出版社の怠慢である、と言い切れるくらい多かった。
岩城けい「さようなら、オレンジ」
異色作であることは間違いない。迫るものがあることもまた間違いない。
160ページ程度だけど、表現の意味を捉えるのに少し時間がかかる一冊。太宰治賞受賞、本屋大賞4位にして芥川賞候補作。2013年の作品。
故郷の戦火を逃れて外国に来たサリマは、2人の子供を食べさせるため、スーパーで魚や肉を捌き商品の形にする仕事を始める。サリマはまた、英語クラスにも通い始めるが、そこで出会ったイタリア老婦人「オリーブ」、また赤ん坊を連れた若い日本人ママの「ハリネズミ」と交流するようになる。
なかなかびっくり。舞台は某南半球の国なののだが、作者が現地在住20年という紹介文を見て納得した。普通に考えたら、アフリカ系の若い母親が言葉も通じない白人の国で暮らすストレスなんて突飛すぎて推し量りようもないからだ。
表現は、なかなか文学的、それからなんというか、頭で考えたものを肌感覚日本人の書き直しているような感じである。安達千夏の「モルヒネ」を思い起こさせる。
内容は、純文学風でもありながら、難民の実情、言葉も通じない異国でのサリマの生活感覚的ストレスと、おそらく自分の経験であろう日本人女性の姿と現地での苦労を重ねている。なかなか複雑な感情を扱った物語である。
興味深いのは、日本人の妻が経済的に困窮したり、家を買った日本人に、サリマが私より早く買って、とライバル心を燃やしたりするところである。国内の作品では、こんな設定はまず無い。うーん、説明しにくいが。
サリマや「ハリネズミ」の言動には、女の本音も見えて旦那族としては、なるほどな、と思うところもある。孤独な中苦難に見舞われる女性たち。本屋大賞上位に入った時から気になっていたが、違う何か、が胸に迫ること請け合い。まずは読みましょう、の作品だ。
万城目学「プリンセス・トヨトミ」
人から聞いていた評は決して良くなかった。にしては、けっこう夢中で読めたが、読後感としては、うーん、ふふ、という感じである。
会計検査院の調査官、松平、鳥居、フランス人とのハーフの女性、ゲーンズブールの3人は、大阪へと実地調査へ向かう。リストに入っていた、大阪城近くの「社団法人OJO」という組織を調べようとするが、そこには大きな秘密が隠されていた。
万城目学は、京都を舞台にしたデビュー作「鴨川ホルモー」、奈良を舞台にした「鹿男あをによし」、琵琶湖を舞台にした「偉大なる、しゅららぼん」と、関西を舞台に不可思議なファンタジーを展開している。これらと比べると、やや異色である。
タイトル通り、秀吉亡き後の豊臣家の滅亡に連なる話で、信じられない設定なのだけれども、どこか現実感が支配し、これまでの不可思議な感じが、うーん、人世離れしたところがさほど無いのである。
また、それぞれの登場人物はこれまで通り愛せるのだが、訥々という文調にこだわっているせいか、ためてためて、ためすぎやろ、という感じである。核心も、なあんか、なあ?と思っちゃってしまう内容で、実は、に来た時、はあ、という感触しかない。
でもまあ、ふふ、と思うのは、私は大阪人ではないが、大阪に勤め、また主要な舞台である大阪府庁にも2年ほど出勤していたから、というのも大きいだろう。あの頃が懐かしいし、いま普通に生活していても大阪城近辺へは仕事私用で何かと行くものだから親近感がある。数多い大阪ならではの描写もクスリと笑ってしまう。
はあまた大きな、アホみたいな物語書きよってからに、てな感じです。