2025年11月24日月曜日

古文化研究所いいところ😎

古文化研究所の2階のスペースは広く、椅子も充実してて、文献がたくさんあり観覧自由。おまけに自分で作る粉コーヒー1杯無料。古文化研究所はかなりの高台にあり、ベランダからは大阪平野と六甲アイランドまでの大阪湾岸が一望できる。秋に来るのはサイコーの気分です。人も少ないし。室内の壁や手すりの装飾デザインは鏡や中華の古い通貨(円形ではない)を模しているんだとか。

絵はがき1枚サービス。高台から気持ち良い散歩をして帰宅。

倭国の遺宝

【倭国の遺宝】

天気の良い3連休。今回は位置付け休養期間で、午後は基本おうち時間。家の近くにかつて地域の豪商が設立した古文化研究所があり、重要文化財、国宝もいくつか所有している。春秋に展示会があり、今回はいわゆる神獣鏡や刀剣、ベルトなどの装飾品。鉄製の鎧兜や鏃やじりもあった。

大陸が隋唐時代になるとその文化を積極的に吸収し、逆に大規模古墳などは衰退する。今回の焦点はその前の、日本の独自の鏡や装身具など。もちろん大陸と交流がなかったわけではなく、渡来したもの、渡来人が日本で造ったものなどもある。

単眼鏡の貸し出しがあり、手のひらサイズの鏡を拡大して見ると、精緻な細工がよく見える。四神の玄武→怪物化した亀ですね。がクッキリ見えた時はおお!と感慨が、展示室はひと部屋で、展示の数は多いとは言えないけども、なんか顕微鏡を覗いてた小学生のころに戻ったような😎


フィギュア⛸️グランプリシリーズ最終戦のフィンランド🇫🇮大会、男子フリーは鍵山優真が優勝、名の通った出場者、アダム・シャオイムファ、ジェイソン・ブラウンにはミスが目立った。

女子フリーは日本の松生(まついけ)理乃がノーミスで、かつ滑らかさ、音楽のつかまえ方、笑顔の映えが出色の出来。見事に3位に入る。去年のグランプリファイナル優勝のアンバー・グレンは高く安定感のあるトリプルアクセルを決め、かたや2位だった千葉百音はスピード豊か、ノーミスの演技で対抗、千葉が逆転優勝となった。グレンのコレオシークエンス中には手拍子も湧くなど、盛り上がった大会となった。

グランプリファイナルはもうすぐ。男子は鍵山と佐藤駿、女子は最後のグランプリファイナルとなる坂本花織、千葉に新星中井亜美、日本伝統の3Aで勝負する渡辺倫果。女子はグレン、余裕ある表現力を有するアリサ・リウの日米対抗戦。楽しみだ。

男子は世界で唯一、全ての種類の4回転ジャンプを跳ぶイリア・マリニンには敵わないという風潮もかつてあったが、自分の全てを尽くして相手のミスを待つ、あきらめないチャレンジ精神でやってほしい。

ブックカバー in KYOTO

平安神宮近く、お気に入りのお店、よ志川さんで友禅小紋のブックカバー。西陣織や友禅で雑貨もたくさん。すごく気に入ってます。これでよ志川さんの4つめ笑。またゼッタイ行くし増えるな😅キンビや京セラ美術館行く時のプラスワンの楽しみ😊

京都は特別1度住みたい

岡崎公園、琵琶湖疏水、東山。南禅寺も近く。

京都の秋です。

堂本印象inKINBI

京都へご用事のついでに平安神宮近くの文化ゾーン・岡崎公園へ。京都国立近代美術館、通称キンビで堂本印象展。他の展覧会で1、2の作品を観て気になっていた。より北の方、立命館大学の近くには堂本印象美術館があるが行こうと思いつつまだ😅初めて多くの作品を観た。

明治24年に生まれた画家、若い頃は仏教に題材を取り、インド🇮🇳の風習で人の手形をつけた牛と赤い衣装を纏った女性、また日本神話で天孫降臨したニニギノミコトの子を燃え盛る木華開耶媛コノハナサクヤヒメ、このパネルの絵や聖徳太子を出産した直後、赤子と寄り添う間人皇后の絵が目を惹く。細い線で綺麗な絵。人の表情には動きがないが、色使いも美しく衣装の細かいデザインがめっちゃ小粋。

水墨画に傾き(これも端正で美しい)、外遊でヨーロッパの街角を描き、やがて日本に入ってきたキュビズムにも影響される。晩年は太い線を組み合わせ、アンフォルメル(不定形)と言われた作品を描いた。堂本印象美術館に近い笹屋守栄の紙袋のデザインにもなってたりして、ますます早く行かねばと😎

◼️ 西加奈子「くもをさがす」

乳がんとの闘病記。暮らしていたカナダでの治療。身体、心、家族とコミュニティ。

乳がんを患った当時、著者は夫と幼い子供とともにカナダのバンクーバーに住んでいた。折しもコロナ禍で、治療も帰国も困難な時期だった。8か月にわたる治療、手術を経て寛解への日々、その間に心を去来したこと、生の叫び、というのが軽い言葉に思えるほどの吐露。

時にいいかげんで、時間もかかる病院や薬局、時に説明が簡潔すぎる医療スタッフはしかし明るく、真摯に向き合ってくれる。

抗がん剤治療の生活、体調不良や気鬱、その中起きる幼い子ならではのトラブルなど身体と心を揺らす出来事も多い。

死への意識、手術による身体の変化、さまざまによぎる揺らぎの言語化はふだんの小説とは違う著者の姿を映し出す。

まさか私が、どうして私が。この部分では同じく病を患ったギタリストの村治佳織さんのエッセイを思い出す。村治さんは「どうしてこうなったのかは、わからなくていいや」とひとしきり考えた後割り切ったそうで、心に響いたが、気持ちの流れとして、どうして、と考えることは避けられないのだろう。

醸し出される1つは、著者を取り巻くコミュニティの、懐の深さ、暖かさ。たくさんの人が自ら手を差し伸べる、移民の国カナダでは助け合っていかないと暮らしていけないという風土があるとのこと。

それから・・サイドかも知れないが、著者のヴァイタリティには驚かされる。筋トレ、ジョギングに加え柔術を習い、バケーションでは思いっ切り遊ぶ。尋常ではない読書量とそこから汲み取られる文章、文意には驚かされる。

いくつかの作品では関西を舞台としている大阪育ちの西さん。遂に手術に臨むとき、飲んでおかなければいけない薬を飲んでない、ということが発覚した。タティアという女性看護師が、ボニータ、という患者と西さんをカン違いしていたのが原因だった。明るいタティアは直後、

「カナコカナコ〜、もう間違えへんで、カナコ〜」

と言いながら寄ってきて、めちゃくちゃ大きな錠剤を3つ患者の口に放り込む。水はほんのちょっと。西さんは大声の日本語関西弁でツッコむ。

このシーンは、別の意味で象徴的な場面でもある、のだが、ここまで山あり谷ありで痛々しい様子もかなりあった西さんが元気に突っ込みかましているのにホッとして嬉しくなる。カナダ在住人のセリフを関西弁にしてるのもGOOD。タティアの言い方ってホンマ関西人みたい。おもしろい。

人は瞬間瞬間に想いが湧く。がんに罹患したときはそれこそ、少し尋常を外れた、感性が研ぎ澄まされたような状態の物思い、その量も種類もかなり多いだろう。心を言葉に、可視化したものは生々しく、人間的だった。

帰る場所

杏仁豆腐は大阪駅から歩いてしばらくの中華人気店、OILさんの。昔の先輩後輩が集まったご飯会で、軽く四半世紀以上前のエピソードやかつての関係者の話などで盛り上がり、もうホントに楽しく過ごしました。今では難しいかもですが、入社した部署は人のつながりが強くて濃かった。記憶、雰囲気を共有する人たちがいる、帰るところがあるということは幸せだなあと感じたひとときでした。

炬燵は眠り箱

我が家は炬燵出動。「炬燵は人間の眠り箱」と作中に書いたのは太宰治、週末の午後大いに眠気を誘う🥱

空気が澄んできて、帰途のいつもの夜景も冴え冴えと。南の空にはオリオンをはじめとして冬のさんざめく星座たち。いまはふたご座カストルとポルックスの並びに木星があってきれいです😎

映画20本め

11/16生活が落ち着いてきたこともあり、早く起きて朝映画🎦。ロカルノ映画祭グランプリ「旅と日々」。冗長といえばその系ですが、嵐の海、雪深い宿での思わぬ展開、など映画の面白さをキュッと詰めたプチな作品。今年劇場で観た20本めの映画🎬でした

街ははやクリスマス🎄

2025年11月15日土曜日

11月書評の1

順番取り違え😵‍💫

11月書評の2 ドリトル先生
11月書評の3 マルタ・アルゲリッチ
11月書評の4 シャーロック・ホームズ
11月書評の5 カンガルー・ノート

が正です。失礼しました。


パンダ🐼が好きな人のためにきょう神戸の中華街・南京町で撮ったパンダシュークリームを・・(意味不明)まあ中国ものですからということで・・パンダって中国の四川にしかいないんだとか。へえ〜〜😲

◼️ 「一冊でわかる中国史」

断片的に知っていたものが繋がる感覚。ざっと中華の歴史を眺める。

その名の通り、はるか古代から現代までの中華の歴史を年代順にまとめてある本。私は中華ものに弱く、三国志はどの時代、項羽と劉邦は・・?と認識がはっきりしない。孔子と諸葛亮孔明とか。子が図書館から借りてきた児童用三国志と、白居易、李白、杜甫など唐代の漢詩の本を読んで少しだけ進んだ程度。

やはり興味は古い方とか、既存の知識に向く。殷墟って壮大そうだし、玄奘三蔵が現れるとふむふむ、となる。それにしてもはるか古代から群雄割拠、そして範囲が広くて民族があまりに多いと改めて実感する。元をもととするハン国がヨーロッパに迫った、というのは歴史上なかなか刺激的なトピックだ。

大陸は深そう。電力会社に勤めていた私の祖父は戦時、内陸部にいて、戦後1年ほど軍閥の支配地で過ごしたようだ。冬はかなり寒くなる、父や叔父叔母は幼少の頃を当地で過ごした。叔母によると大きな道がどこまでも続いている光景が印象的だったという。父は万里の長城が遊び場だったと言っていた。これは真偽がよく分からない笑。

天安門事件は学生の頃の大きなニュースで、国際政治を専攻していたこともあり、強く意識に残っている。天安門後の学生たちがモチーフの映画を観たり、本を読んだこともある。また中国のチャン・イーモウ監督の、中国の現代社会の実像や近代史に翻弄される市井の人々を描いた作品群も興味深く観た。

やはり時代と人名が多いとなかなかすっきりと自分の頭の中が整理できない。が、今後もきっとさまざまなシーンで接触するであろう中華というもの、その補完は多少できたかなという気持ちだ。

11月書評の6

◼️ 多和田葉子「穴あきエフの初恋祭り」

うーーむ。分からない・・笑。分かんないとこが特徴か?という短編集。

多和田葉子は何作か読んでいる。「地球に散りばめられて」「百年の散歩」「エクソフォニー 母語の外へ出る旅」「容疑者の夜行列車」「献灯使」「雪の練習生」全部を面白く受け止めたわけではないが、好感を抱いてる感じかなと。さて、長年数を読んでいるとヘンな作品も慣れてしまうもの。こちらの短編集、読み進む、後の作品ほどわけ分かんなかった笑。

「胡蝶、カリフォルニアに舞う」
「文通」「鼻の虫」「ミス転換の不思議な赤」
「穴あきエフの初恋祭り」
「てんてんはんそく」「おと・どけ・もの」

が収録されている。冒頭作は長くアメリカ留学していたちょっとイケてる男が、日本での就職面接に向かう話。英語力と久しぶりの日本の事情と、長年惚れられている相手とのすれ違いを絡ませる。

「文通」は同窓会でのちぐはぐさ、やはり恋模様に軽いミステリを含ませる。包装紙工場の課長に昇進した女が孤独の中で労働と社会と鼻の穴の虫を考える「鼻の虫」。

高校生の友情と心象を少しくショッキングに描く「ミス転換の不思議な赤」ここまで全部十分不思議だ。でもさらに奥に分け入っていく。

表題作は・・たぶん外国のお話。著者はドイツ在住で在外者ならではの心情や言語感覚が随所に現れている気もする。

シンガーの那谷紗(ナターシャ)が帰国した。彼女は古い建物に住んでいて、電気や水道を止められているが、他の住民と共に家主の居住者追い出し策に対抗している。女性主人公は翌日、那谷紗と連れ立って街歩きをする。女性同士の恋情と街の風情。赤い髪を腰まで伸ばした魔女を上回る女、が印象的。

ここまでは受け止め切れる、ふんふん、と読んでたが、表題作を乗り切ったからかのこる2つはもう何か抑制していたものが決壊した感じで奔放だなと。ちょっとついていくのがムツカシイ。

これもらしさといえばそうなのだろう。でもまた読む気になるからそれもまたsingularな感じ。この単語、ホームズの原文でよく出てくるから覚えました。

「雲をつかむ話」「尼僧とキューピッドの弓」「星に仄めかされて」あたりが次かな。

11月書評の4

◼️ 安部公房「カンガルー・ノート」

500円札は母の遺品の整理中に見つけたもの。渋い色だなあと。

さて安部公房最後の小説。結局わけ分かんないけど、ニヤリクスリと笑えるんだよね。「箱男」もそうだけど。

安部公房で有名なのは「砂の女」か。シニカルに、絶望的に、自由へ、脱出への渇望を描いた、でいいかな笑作品。さほど読んでないが「笑う月」「飛ぶ男」そして「箱男」に出逢った。

まずダンボール箱をかぶったままでのー中には鍋とか着替えとか吊ってあるー活動は、不思議な憧憬、なんか自分も少しやってみたいな、というような、気分へといざなう気がする。話の成り行きは、まあ分からないが、つけ狙われたり、箱男に惹かれて監視する医師がいたり、ほどよくエロチシズムも絡ませて、ばかばかしさも漂う面白さを醸し出している。最近の映画化作品も永瀬正敏や浅野忠信が真面目に演技していて笑えた。

「箱男」が長くなったが、今作「カンガルー・ノート」も似たような風情がある。成り行きが不思議なものの、1つ1つの場面の語りはよく分かる。

文房具会社に勤める男が新商品開発で「カンガルー・ノート」という案を出す。するとその夜から脚のすねにかいわれ大根が生えてきて茂る。病院へと行ったところ眠らされ、ベッドに固定される。なんとベッドが自走を始め、やがて坑道に入り、線路に乗り、さらに烏賊釣り漁船に乗り・・着いたところはー。

最初の病院から印象的な、下がり目でトンボ眼鏡の看護婦は全編に出てくるし、たどる行き先のエピソードも、なにかのメタファー?なんて思うほどナンセンスでどこか笑える。イカ爆弾、デパートの大黒屋、賽の河原、硫黄泉、キャベツ畑、やけにやさぐれた病院、日本安楽死協会、などなど全体はわけ分かんないながらも部分は軽いタッチでひょうきん。けっこう楽しい。シュールレアリスムっぽい面白さ、それって安部公房の特質の1つ?なんて思った。

1991年、安部公房最後の長編の今作は死の予感に満ちているという。私小説と見る向きもある。そう聞くと、妙な迫力を有している芥川龍之介「歯車」を思い出す。安部公房もまた独自の色を十分に出した特徴的な遺作、ということになるのだろうか。次も読みたいなっと。もしオススメあればお教えください。

11月書評の3

◼️Authur Conan Doyle
"The Adventure of the Retired Colourman"
「隠退した画材屋」

ホームズ短編原文読み52作め。あと4つです。残るは「ぶな屋敷」「最後の事件」「第二のしみ」「最後の挨拶」ですね。

さて、今回は最終第5短編集"The Case-Book of Sherlock Holmes"「シャーロック・ホームズの事件簿」の最後に収録されている作品。1927年1月号のストランド・マガジンに掲載されました。短編集への収録順と発表順は異なっていて、ホントにドイル最後のホームズものはこの短編集の1つ前、すでに読了済みの「ショスコム荘」でした。

私が好きなホームズの名言もありますが、全体としてはスケールが小さく、なんだかなあ、という気もする作品です。さっそく行きましょう。

"We reach. We grasp. And what is left in our hands at the end? A shadow. Or worse than a shadow –misery."

「ぼくらは手を伸ばし、つかむ。手に残るのは何か?幻さ。でなければもっと悪いもの、悲惨だ」

このセリフ、あまり取り上げられないのですが、少年の私の心に刻まれたことばです。人生の虚しさをよく表していると思います。

この言葉は打ちひしがれた依頼人、画材屋のジョサイア・アンバリーに対しての、ホームズの口から出たものでした。

1898年、モリアーティ教授とともにスイスで滝壺に落ち、亡くなったと思われていたホームズがベイカー街に帰還してから4年後、さらにホームズが探偵業を隠退してサセックスの海辺へ居を移す5〜6年前の話ということになります。

依頼人は画材業の共同経営者で蓄えが出来たために61歳で引退、20歳も年下、美人の妻を迎え、ルイシャムに家を買った。

しかし2年も経たないうちに、アンバリーのチェス仲間、アーネスト医師と妻が駆け落ち、しかも財産の大半が入った証書箱を持って行ったとかで、ホームズに2人を探し出して財産を取り戻して欲しいと依頼があったとのこと。

ん?スコットランド・ヤードから回されたにしてはなんかホームズが出るにはふつうの事件すぎますね。??です。まあ先を続けます。

ホームズは「二人のコプト長老事件」〜これもいわゆる「語られざる事件」ですね〜にかかりきりだからと、ワトスンをルイシャムに派遣します。ワトスンは晩に、アンバリーの持ち家安息荘(ザ・ヘイヴン)での調査結果をホームズに報告します。ホームズは椅子に身体を沈めて、まるで眠っているかのようにリラックスして聞いていました。時折

"Cut out the poetry,Watson,"
「詩的な風情は省略してくれ」

などと鋭いツッコミをかましたりします。

ザ・ヘイヴンは郊外の幹線道路近く、単調なレンガ造りの家が続く通りにポツンとある感じの屋敷だった。ワトスンは通りで煙草をふかしていた暇そうな男、背が高くて浅黒い肌のたっぷりとした口ひげの、いかにも軍人らしい者、に尋ねてやっとアンバリーの家が分かった。

アンバリーは苦労で背中が曲がったような老人で変わり者。肩と胸はがっちりしていたが下半身は貧弱だった。左足がどうやら義足。シワが深い顔とうねる白髪、憤りをとうとうと述べ、ホームズが来ないことにも嘆息、妻や息子と言ってもおかしくない歳の医師のことでグチを言い続ける。

屋敷の庭は荒れ放題で、アンバリーは分厚い刷毛を手に、家の木の部分、廊下にずっとペンキを塗っていた。金庫室の木造部分は塗り終わっていた。

問題の夜、アンバリーは、妻を喜ばせたいとヘイマーケット劇場の席を予約していた。しかし妻は頭痛がすると言って来なかったから1人で観た。チケットをワトスンに見せた。ワトスンは席の番号を覚えていた。30か32の列はB。

「申し分なしだ」ホームズはワトスンを褒めます。

アンバリーはそれからあたかも銀行のようなstrong-room、金庫室を見せた。鉄の扉とシャッターつき。盗難防止だということだったが、妻は合鍵を持っていたらしく、約7000ポンド(ざっと1億4000万円相当?)の価値ある現金と有価証券を持ち出したようだ。

有価証券は警察に一覧表を出してあるからおそらく売れば分かる。夜中に劇場から戻ったアンバリーは荒らされたのを知り、警察に通報した。窓もドアも開け放し、書置きなどなし、以降、連絡なし。

それにしても、こんな時にペンキ塗り?との疑問には憂さ晴らし、辛い気持ちを慰めるための作業だと言ってた、と。

ところで、帰りのブラックヒース駅では、道を訊いた口ひげの男が列車に飛び乗ってきた。その後ロンドンブリッジ駅でもう一度見かけた。ありゃぼくを尾行してきたに違いない。

ホームズはおもしろがりながら、そうだな間違いないよ、と。

"with gray-tinted sun-glasses?"
「灰色のサングラスをかけてただろ?」

フリーメーソンのネクタイピンもしてただろ、ということもさらに挙げて、ホームズはワトスンを煙にまきます。まさかホームズの変装disguiseなのか?

まあしかし定番というか、ホームズはワトスンの調査の不足を厳しく指摘します。アンバリーやその妻、ドクターアーネストについて近所の評判はどうなんだ、なぜ調べてないんだ、と。この点、やはりしばらく単独でダートムアに逗留した「バスカヴィル家の犬」でもあったような・・違ったかな・・。酒場はその地域のゴシップの宝庫だ、というわけですね。

で、ホームズは自分で調べて、ウラは取れてる、とのこと。異様な点はない。しかしそれでも、と言い募ります。何か問題があるのか、というワトスンに、いや、たぶん想像の中だ、と返し、

"Let us escape from this weary workaday world by the side door of music. Carina sings to-night at the Albert Hall, and we still have time to dress, dine, and enjoy."

「鬱陶しい仕事の話は終わりにしよう。裏口の音楽って扉を開けて出掛けようよ。アルバートホールで今夜、カリーナが歌うんだ。着替えてうまい晩ごはんを食べて、夜を楽しもう」

劇中もしくは終わりで、ホームズはよくワトスンを誘います。「赤毛組合」ではサラサーテ本人の演奏を聴いていたはず。ともかくホームズもののこのようなシーンは大好きですね。

翌朝ワトスンが目を覚ますとホームズは書き置きを残してすでに外出していました。午後3時に居てくれ、とのこと。その時刻に、深刻そうな顔をして帰ってきました。やがてアンバリーも登場します。

ホームズさん、電報が来ました!

"Come at once without fail. Can give you information as to your recent loss.
"ELMAN.
"The Vicarage.

<遅滞なくすぐに来られたし。最近のあなたの損失に関する情報あり。 エルマン 牧師館>

エセックス州 リトルパーリントンからの電報でした。ホームズはこの夕方の列車ですぐ行ってくださいと勧めますが、アンバリーはまるで乗り気ではありません。時間とお金の無駄とまで言います。

ホームズはあんた警察にも訴えてて、現れた手がかりを追わないというのは悪い印象しか与えへんでーと強く説得、しぶしぶアンバリーはワトスンとともに出掛けることにします。ホームズはこそっと親友に、逃げるか戻るかしたらすぐに知らせろ、とささやきます。

かくして不快な2人旅。リトルパーリントンはドイルがよく使う架空の地名ではないかと思われます。多分州の東の端くらいかなと。パッと調べたところではロンドンからはそんなに遠くなく、ベッドタウンですが、広い州みたいです。

やっと着いた駅から馬車に揺られて牧師館に行ってみると、エルマンなる教区牧師は

"My wire! I sent no wire."

全く知らないと剣もほろろな対応で、かえって怪しがられる始末。電話で報告するとホームズも驚いていましたがもう帰りの列車はないのでやむなく泊まりとなり、守銭奴のアンバリーは帰りは三等車に決め、宿の支払いにも文句をつけていました。

私的には実は「またか」で、ドイルはよくこの手を使います。後で述べることにします。

ベイカー街に帰ってきた2人を待っていたのは伝言で、ホームズはルイシャムのアンバリーの家にいるということでした。行ってみると、なんとホームズは灰色のサングラス、フリーメーソンのネクタイピンを付けたあの男と一緒に居間にいました。ホームズはバーカー氏だと紹介し、実は同じ事件を調べていたのだが、2人から同じ質問がある、と切り出します。アンバリーは緊張して椅子に掛けました。

"What did you do with the bodies?"

「あなたは、死体をどうされたんですか?」

その瞬間、アンバリーはしわがれた叫び声とともに立ち上がりました。骨ばった手で宙をかきむしり、口を開けた様子は、ワトスンの目に、一瞬猛禽類のようにも見えました。アンバリーに巣食う悪魔のように歪んだ形のものが垣間見えた、と。

椅子に倒れ込んだ時、アンバリーがパッと手を口に当てるのを見てホームズは飛びつきます。アンバリーの顔を床に向けてねじると、白い丸薬が口からこぼれ落ちました。全てが露見し、自殺を図った、のでした。

アンバリーは馬車で当地の警察署に連れて行かれます。ホームズも同行しましたが、すぐに戻ってきます。そして警察のマキノン警部とワトスンに種明かしを始めました。

バーカーは主にサリー州で活動する優秀な探偵だとのこと。今回はアーネスト医師の家族の依頼で調査していた、ワトスンから話を聞いてホームズにはすぐに分かった、とのことでした。マキノンと多少のやり取りがありますが割愛します。ホームズは死体は遠くまで運べないから、地下室と庭、古い井戸を調べなさい、とアドバイスします。

アンバリーはひどい守銭奴で若い妻は辛い目に遭っていた、チェス愛好家の医師が家に来るようになったことで、実際2人は仲良くしていたようだ。アンバリーは密通があると疑い、復讐しようと考えた。

そこでホームズ、マキノン、ワトスンの3人は金庫室へ。ひどいペンキの臭いがしていました。ホームズは、ペンキの臭いは、別の臭いを隠すためだと断じます。事件の予感がしたホームズはヘイマーケット劇場に問い合わせ、ワトスンが見た切符の座席には誰も座っていなかったことを確認していました。

ではどうするか、ルイシャムのこの家を詳しく調査する必要がある、そのためにはどうするか。当日中には帰って来れない土地を選び、人名録で教区牧師の名を調べて、ニセの電報を作り、アンバリーと監視役のワトスンをそこへ行かせ、その間に押し入った、と。

所有者の家で何かをするために外へ連れ出すというのは、「赤毛組合」「株式仲買店員」「三人ガリデブ」でおなじみの手段で、シャーロッキアンなら誰しもそうだろうな、と思う展開でした。

この場合は違法捜査をマキノンが咎め立てしないことが不自然ではあります。アンバリーはホームズに捜査してほしいと思っていたらしいのですが、ホームズとしては、どこに目をつけているか知られたくなかったということでしょうか。

ともかく忍び込んで、ガス管が廊下を通って金庫室の中まで続いていて、巧妙に隠してあるのを見て取りました。分厚い扉とシャッターで閉ざされた部屋にガスが充満すれば、ホームズの見立てでは2分と意識が持たないとのこと。妻とドクターアーネストを何らかの口実でおびき出し、閉じ込めて、ガスで殺した、ということですね。捜査を終えて食料貯蔵庫の壁を降りてきた時、ホームズはバーカーに捕らえられました。バーカーはザ・ヘイヴンを見張っていてワトスンが怪しいと見て尾行、この日も家の近くにいたら不埒な輩、つまりホームズのことですね、を見かけたから入ってきた、ということでした。お互い見知っている2人は同じ目的で動いて、同じ結論に達したことが分かり、この家で待っていたというわけです。警察ではこんな調査は出来ないでしょう、というホームズにマキノンはそうかも知れませんな、と認めます。

調査は以後すべて警察の任せて、ホームズは手を引くということを確認した警部は安堵、

"Well, in the name of the force I thank you."

「警察を代表してお礼を言いますよ」

これにてエンドです。老いた実業家の狂気じみた犯罪、ということが強調されてはいますが、決定的な場面ははぐらかされた感じで、実地捜査の醍醐味もない。ネタバラシも迫力がなく、なんか遠回りだよな、という感もある物語ではありました。

一昔前のヨーロッパでは若い頃は実業に邁進し、財産ができてから若い妻を迎える、というのはよくあることだったらしく、ただ遺産相続含め、そのひずみもまたあったというところでしょうか。

イヤな事件、ただ冒頭の言葉は非常に印象的なのは変わらず、でした。

残る4つはいずれも力作。頑張って注力したく思います。

りんごとズレた日

故あって最近の週末、午後はおうち時間。リンゴの食べくらべ。赤はシナノスイート🍎青はぐんま名月🍏。リンゴ剥くのは私の役目。慣れたものです。

名月といえば11/5は今年のスーパームーン。当日は雨でしたが夜更けに雲間から見え、翌日はよく晴れました。

バスケ🏀高校トップリーグをwebで、フィギュアスケート⛸️グランプリシリーズをテレビで。バレーボール🏐春高福岡県大会は福大大濠が絶対王者、インターハイベスト4の東福岡を遂に下し15年ぶりの春高出場だとか。

雨降りでも午前は外出する。この日はなにかズレてて、忘れものをして予定は変わるし、帰ってきてやれやれと雨養生を解いたら定期が見当たらない。また濡れたのを着て傘持ってバス停方向、幸い家のすぐ近くで見つかった。ポケットからスルっと落ちたようだ。こんな日もある。休日でよかった。
名月

11月書評の2

◼️ オリヴィエ・ベラミー
「マルタ・アルゲリッチ 子供と魔法」

ピアノ界の風雲児にしてアイコン、そしていまやレジェンドのマルタ。華やかで波風激しい航跡をここに。

先日、念願叶ってマルタ・アルゲリッチのコンサートに行ってきた。コンサート2週間前に【重要】と銘打って送信されてきたメールには演奏曲が私の好きなベートーヴェンピアノ協奏曲1番に決まったと記されていた。

真打ち登場という形でなく、巨匠はオーケストラとともにゾロゾロといきなり出てきて彼女を聴くために集まった観客をびっくりさせた。強い打鍵と噴出するようなテンポ、そして美しいひだと言いようのない艶。長い白髪をなびかせて堂々としているその存在感。やはり、レジェンドだった。

本書は、多くの友人たち、目も眩むような演奏家たち、そして断片的なマルタの言葉を挟みながらその半生を赤裸々に描いた作品だ。

幼い頃からはっきりと才能を示したマルタは気性が激しく積極的な母の売り込みも手伝って早くから多くの音楽家と知り合い、アルゼンチンでアイドル的な存在となる。

弟子を取らないフリードリヒ・グルダがウィーンに来いと言ってくれた。しかしアルゲリッチ家にはお金がなかった。13歳の少女の熱烈なファンだったブエノスアイレス知事がフアン・ペロン大統領に話を通し、左翼の独裁者と言われた大統領は、両親のウィーンの大使館勤務を手配、マルタのサイン帳にこう書いた。

"アデランテ、マルティータ!"
「進め、小さなマルタ!」

めでたくグルダの弟子となって2年間習い、その後16歳でブゾーニ・コンクール、その10日後に始まったジュネーヴ・コンクールに立て続けに優勝する。ジュネーヴ・コンクールは男性部門、女性部門に分けられており、この時の男性部門の2位はマウリツィオ・ポリーニだった。この3年後、ポリーニはショパン・コンクールで優勝する。そして、ブランク、紆余曲折を経て、アルゲリッチは1965年のショパン・コンクールで優勝を果たす。

知己友人となった音楽家はキラ星のごとく・・アルトゥール・ルービンシュタイン、ニキタ・マガロフ、ジャクリーヌ・デュ・プレに同郷のダニエル・バレンボイム、ミッシャ・マイスキー、もちろんイーヴォ・ポゴリレチにエフゲニー・キーシンほかほかたくさん。

「世界一遅い」指揮者チェリビダッケと基本高速、加速演奏のアルゲリッチとの絡みもおもしろかった。

いずれも音楽家の3人の男性との間に3人の娘、このピアニストの男性遍歴は有名で、余す所なく綴られている。指揮者シャルル・デュトワはヴァイオリニストのチョン・キョンファとの浮気が日本でバレてしまい、離婚。しかしマルタは離婚が成立したその日裁判所から出てきた時に

「ねえ!シャルリー、よければこれから映画を観に行かない?」と数分前までの夫を誘い、周囲の弁護士たちを仰天させたとか。別れても、親友でいられるし、寄りを戻したこともある。

私生活は・・昼夜逆転の生活、ベビースモーカー、整理片付けができない、ファッションにも頓着がない。ギャラは各国紙幣の札束のまま鞄に入れっぱなし、大勢の中にいることを好み、いつもアルゲリッチ宅には多くの若手演奏家、その恋人、友人らが同居していた。有名なキャンセル魔でもある。

「わたしは論理的になんかなりたくないのよ」

ただ、誰とでも友人となり、また困った境遇の才能あるピアニストはほっておけず、また頼まれるといやとは言えず、人の境遇に本気でのめり込む。すぐにくよくよし、自分の鬱とした気分に振り回される。散財したこともたびたび。アルゼンチンの若手音楽家のためのコンクールも主催した。結果は失敗に終わったが。度重なる悪性腫瘍との闘いにも負けなかった。

ドフトエフスキー、アンドレ・ジイドなど名作小説を読み、ジャズやポップスを聴く。暗譜は信じられないような速さで正確、練習は最低限のように見えて、かなり研究している。

豊かな黒髪、エキゾチックな美人、スタイルの良い、がっちりしたようにも見える体躯。わがまま、芸術家然としている、ボヘミアン、というイメージもあるが、稀代のピアニストはすべて含めて魅力的だ。チョン・キョンファと今年別府アルゲリッチ音楽祭で共演した時には大人だなあと思ったりした。いや、そこは本を読む限り、特質だろう。レジェンドの。

「マルタ・アルゲリッチにとって世界は『日本とそれ以外』となっているようだ」

特にこの本では「日本への想い」という章があって、日本に関わることになると、打って変わって従順になるそうだ。ホワイトハウス、クレムリン、エリゼ宮から受勲のための招待があっても応じたことはなかったのに、高松宮殿下記念世界文化賞や旭日小綬章の授与は当人が受けたと著者は驚いている。今年も、何度もコンサートに出演した。おかげで聴くことができた。

「ここでは、放っておいてもらえるの」

どうやら、日本人の遠慮、距離感の文化がフィットしているようだ。

アルゲリッチは強い打鍵の時の「キン」という残響が実に印象的だ。音が割れることなどなく、ほどよく気持ち良い「キン」。きのうバッハのパルティータを聴いた。マルタにかかるとバッハもショパンのコンチェルト2番も、活力にあふれたような、まるで違う曲に聴こえる。でもその艶、色彩といったらない。

グルダはじめ多くの高名な音楽家、そして行く先々での多くの聴衆にそのピアニズムを愛されてきたマルタ・アルゲリッチは当年とって84歳。もう1回聴きに行きたいなと思う。

最後に、2000年、腫瘍を治してくれたドクターを援助するため、カーネギー・ホールで、19年ぶりにソロで演奏した際の、ニューヨークタイムズの記事の言葉を。マルタ・アルゲリッチには

「限界はなく、ライヴァルもいない」

11月書評の1

◼️ ヒュー・ロフティング
「ドリトル先生アフリカへ行く」

かつて井伏鱒二氏が紹介した人気児童書シリーズ新訳版。動物に大人気のドリトル先生の痛快冒険記。

1951年に井伏鱒二氏が翻訳したシリーズが児童文庫として2011年より新訳出版され、さらにそれを一般向けにした初巻とのこと。こちらは2020年に発売されている。シートン動物記は断片的読書、ドリトル先生は初めて。さてさて。

たくさんの動物とともに暮らすドリトル先生の病院には町の患者たちが寄り付かなくなり先生の妹は出て行ってしまう。オウムのポリネシアに動物のことばを教えてもらった先生は獣医に転身。動物たちに大評判となりその名は知れ渡る。疫病が蔓延しているアフリカの猿たちが先生に来訪を求め、先生はポリネシアや猿のチーチー、犬のジップ、子豚のガブガブらとともにアフリカへと船で出発するー。

アフリカに着いたら着いたで白人ぎらいの王様に捕らえられ、脱走してもしつこく追いかけられ、ジャングルを掻き分けやっとのことで猿の群生地へと来たらプライドの高いライオンに協力を拒まれる。次から次へと困難が降りかかる先生は無事にアメリカへ戻れるのかー。

仲間の動物たちや渡りの鳥たち、果ては人喰いザメからも尊敬を集める先生はところどころで動物たちに助けられる。一般向けにするにあたり改訂されているらしいが中身はやはり児童文学。すらすらとファンタジックな世界を楽しめる。

白人の少女が黒人の少年に驚いたりするくだりがあったりして、一時差別的だと言う声が海外でも上がったらしいが、この本は著者の表現そのままに載せてある。時代の潮流があることと、程度を勘案すれば興味深くもある。

幼少の頃買い与えられた本で強く思い出に残っているのは「無人島の三少年」という本。3人の少年が漂着した島で自活をする境遇となる。やがてうち1人は逃げ遅れて通りかかった海賊船に捕らえられ、引き離されてしまう。2人のところに戻ったのは確かだが、どうやってなのかなど記憶にない。海辺の洞窟の暮らしをなんとなく覚えている。やはり海と島、冒険、児童がが惹きつけられる1つの要因かなと懐かしい気持ちで考える。もう1回読んでみたいものだ。

ってちょっと調べたら1万5000円近い値が付いてる。びっくりだ。へえ。

2025年11月3日月曜日

古本市inNishinomiya

スカッと晴れたけどもやたら寒い文化の日。全国の戎神社の総本山、新年には福男を目指して多くの俊足自慢が走る西宮神社で古本市開催中というのでのぞいてきました。たくさんのテントなかなか回り甲斐がある規模。でも最後には本に酔う感じ😅

古本市めぐりは楽しい&余計なことを考える。図書館で借りられるものはパス、あまりに年季が入ってるのも、ブックオフにふつうにありそうな本も、ページ数が多いのも遠慮。

坪内逍遥訳のシェイクスピアは希少めで値段も手ごろだけどうーんスルー、多和田葉子の初期作品の文庫は値段が納得できず見送り。とみこうみ、矯めつ眇めつ見た割には、結局「くるみ割り人形とねずみの王様」「砂男」の著者ホフマンの知らないやつ1冊、あと見てるうちに欲しくなった昔の映画のパンフを買って帰ってきました。読書欲があるんだかないんだか。人にジャンルこだわらずなんでも読んでますねーと言われる割にはかなり選ってるのです😅

七五三が多い。親御さんもお子様も着飾って、池があり美しい境内で写真。菊花の展示もありました。折しも明治祭という催しの日だそうで定時に神官がぞろぞろと本殿へ。

3連休で5回本屋・ブックオフ・図書館・古本市・本屋。実は無印の古書コーナーも回ってたりして。8冊+パンフ2冊仕入れ読書の秋を愉しむのでした。

元町からフラワーロード

朝は少し寒いけど、日中気候が良くて歩きやすい。きのうはこないだ綱引きで決めたらしい、神戸の三宮と元町の境界を見に。個人的には京町筋というのは東に寄りすぎで、元町はトアロードくらいから西かなという感覚。まあローカルだし遊びだし数百メートルだし😎

三宮センター街の本屋とブックオフ。その後指令により笑南京町の名店エストローヤルで一番人気のシュークリーム、とって返してフラワーロード近くのパン屋で食パン🍞2斤買って帰る。食欲の秋。

秋は歩けるから好きやね

春は花 夏ほととぎす 秋は月
11月2日は十三夜。中秋の名月に次ぐ見ごろの月。決して満月ではないとこがいい感じ。月見だんご買ってみました。夕刻にはレモン彗星もまだ見えた。

本屋と図書館と買い物。帰ってワールドシリーズ⚾️と全日本大学駅伝、高校バスケ🏀ウィンターカップ兵庫県大会決勝、🏐SVリーグなど。⚾️ヨシノブよくやった👏スポーツの秋。

明日もまた本関係かな。読書📚の秋も実践中です。

10月書評の10

パンダ🐼が好きな人のためにきょう神戸の中華街・南京町で撮ったパンダシュークリームを・・(意味不明)まあ中国ものですからということで・・パンダって中国の四川にしかいないんだとか。へえ〜〜😲

◼️ 「一冊でわかる中国史」

断片的に知っていたものが繋がる感覚。ざっと中華の歴史を眺める。

その名の通り、はるか古代から現代までの中華の歴史を年代順にまとめてある本。私は中華ものに弱く、三国志はどの時代、項羽と劉邦は・・?と認識がはっきりしない。孔子と諸葛亮孔明とか。子が図書館から借りてきた児童用三国志と、白居易、李白、杜甫など唐代の漢詩の本を読んで少しだけ進んだ程度。

やはり興味は古い方とか、既存の知識に向く。殷墟って壮大そうだし、玄奘三蔵が現れるとふむふむ、となる。それにしてもはるか古代から群雄割拠、そして範囲が広くて民族があまりに多いと改めて実感する。元をもととするハン国がヨーロッパに迫った、というのは歴史上なかなか刺激的なトピックだ。

大陸は深そう。電力会社に勤めていた私の祖父は戦時、内陸部にいて、戦後1年ほど軍閥の支配地で過ごしたようだ。冬はかなり寒くなる、父や叔父叔母は幼少の頃を当地で過ごした。叔母によると大きな道がどこまでも続いている光景が印象的だったという。父は万里の長城が遊び場だったと言っていた。これは真偽がよく分からない笑。

天安門事件は学生の頃の大きなニュースで、国際政治を専攻していたこともあり、強く意識に残っている。天安門後の学生たちがモチーフの映画を観たり、本を読んだこともある。また中国のチャン・イーモウ監督の、中国の現代社会の実像や近代史に翻弄される市井の人々を描いた作品群も興味深く観た。

やはり時代と人名が多いとなかなかすっきりと自分の頭の中が整理できない。が、今後もきっとさまざまなシーンで接触するであろう中華というもの、その補完は多少できたかなという気持ちだ。

レモン彗星!

1300年に1回しか現れないレモン彗星、今週月火水が晴れてくれたおかげでなんとかスマホで撮れました。

肉眼ではとても見えない。目印となる星座、周りの星もよほど明るくないと感知できず。スマホは感度が高いので、撮影した写真の星を見て星座を探して、と位置を特定するまで時間がかかった。かんむり座が、その名のごとく大きいビロード地の王冠のような曲線を描いているのには感銘を受けました。

だいたいの場所の当たりをつけてそこにピント枠を設定すべくタッチ、四角形の右に絞りマークが現れるので手動でめいっぱい開ける。撮っては確認の繰り返し。最後の方は空気も澄んできたのかテイルもうっすら見えました。去年の紫金山-アトラス彗星ほど大きく映らない。最大4等級というとよほど空気がきれいなところでないとなかなか見えず、となるとこんなものかと。

よく訊かれたりする。流星は宇宙空間のチリや小ぶりの隕石が地球の大気に突入して燃え尽きる時に光を出す、まさに一瞬のもの。

彗星は太陽を楕円軌道で周回しているので消えることなく、流れることもなく、じっと見えてます。やはり動いているので毎夜位置は違うし、太陽に近いところにあると日没後しばらくしか見えない。

ともかく、いいことありますように!

10月書評の10

◼️ 西加奈子「サムのこと 猿に会う」

初期の3作を収録、関西風味の、西加奈子の筆が冴えている。

「サムのこと」「猿に会う」「泣く女」の短編3つ。大阪、大阪、和歌山ですべて関西弁。うにゅっとした、形のはっきりしない成り行きと感情を描く。

関西出身の同僚の女性がかつて、いまなら西加奈子がええよ、大阪が舞台のが多いし、と言い、仕事で組んでいた後輩も好きで2つ3つ貸してもらった。こんなところに惹かれるんちゃうかな、という筆がこれらの作品にあるような。

サムが突然、死んだ。レコード屋アルバイトのスミ、洋食屋のアルバイトのハスと在日朝鮮人のキムのカップル、男を取っ替え引っ替えしているモモに僕、つるんでいた仲間はふつうの喪服もないまま通夜に行き、サムの兄の前で、とつとつとサムのことを思い出しては語るー。
(サムのこと)

物語の流れはあるが何かしら結論めいたことがあるわけではない。関西弁と独特のノリ。2話めの「猿に会う」は20代幼なじみ女3人組のいかにもリアルにありそうな会話やエピソードを描いている。そこへ脇のところで事件が挟まれる。これはこれでふむ、関西シスターフッド、なんて思う。

表題にない「泣く女」は高校野球で県の決勝まで行ったこれも幼なじみの2人が引退して旅行をする。片方が太宰にはまっていて、荒天の中青森の、何もないゆかりの地を訪ねるという話。突然来たオチにスカッとしたものが残った。なるほど。

「人間失格」には確かに、これって自分のことを言い当てている、と直覚するところがある。私はあまりに暗いからもう読みたくない、と思った、太宰はそれ以外の作品を読むうちに好感が醸成された感じだ。そう言ったら文芸の師匠に、ふつうは「人間失格」を読んですごい、とハマるもんですよ、と半ば呆れられた記憶がある。そうか、そうなんだなと笑

話を戻して、これを描きたい、というちょっと反射角の鋭い狙いと、ボケツッコミの会話を維持しつつ、おもろくて、どこかたゆたうような関西の人間関係、個人の雰囲気が活きている気がする。

最近は少し筆致の幅が広がったのかもしれないけれど、いままたこのテイストで書いた作品を読んでみたい気もする。

10月書評の9

◼️ NON STYLE 石田明「答え合わせ」

2008年M-1グランプリ王者の漫才論。分析が細かくお笑いのプロフェッショナリズムに触れる気がする。

M-1グランプリは大好きで、毎年楽しんでいる。始まってからいままで見逃した年は確かないんじゃないかな。いまは審査員をしているナイツの塙が書いた「言い訳」も読んだし、ふだんタレント本はまったく読まないけども、なんか漫才論には惹かれるものがある。

基本、M-1って披露される漫才について「ああだこうだ」と言って楽しむ側面があると近年思っている。お笑いを楽しむのももちろんだけども、結果に差がついたのは、あのコンビはこうだったから、タレントとして人気あるけど漫才はああやねんな、などと意見を言うのがとにかく楽しいというのも人気の1つかと思う。

NON STYLEが優勝した時の漫才も記憶している。ビジュアルを上手く使ったり、ボケの著者がよく動いた、という気がしている。石田氏は学校で目立つタイプではなかったが、心斎橋2丁目劇場に通いつめ、ネタを書き起こして考える、漫才について考えることが趣味の少年だったという。だからか、この本も、誤解を恐れず言えば、ひどく分析的だと思うし、かつ、結構知らなかった業界の法則が掲載されている。漫才で小道具、小さなモノを出すだけで意見が出るとは意外と漫才界って窮屈だな、なんて思う。

まあそういったエピソードはともかく、議論したがりのM-1ファンにとって、令和ロマンはじめ最近の大会で活躍したコンビが実名で分類、分析されているのはうれしく参考になる。プロはこう考えているのか、と部分的ではあれ分かる。最後の方はでは漫才界の現状について少し際どい?直言もしている。

脚本や絵本も書いているせいか、文章に抜けがなく説明上手、言葉を選び、読ませるのが基本的に上手だな、と感心。

読み込んでしまいました。今年のM-1も楽しみだ。ヤーレンズ応援してるぞー🔥

【ミツコ、ミツコ、ピアノ!Bravo!!】

好きなピアニストはたくさんいるけど、誰か1人と言われたら、内田光子さんを挙げることに迷いはありません。

今月どうしてもの予定その2、巨匠のリサイタル。運良く最前列をゲット。

ベートーヴェンの後期ソナタ、30番、31番、32番。31番、内田光子さんの嘆きの歌の繊細さ、知性と、形而上的なものさえ感じる音で奏でられる嘆きの歌は本当に魅力的、蠱惑的。それがあるからこその激しいクライマックスでは指や身体が動く。前半ラストにふさわしい演奏で涙が出ました。

なんつったって弾きながら何事か呟いたり、パ、パ、などとメロディに合わせて口が動いたり、ペダリングを間近に観るLIVE感。

一瞬外で京都国際会館の花火を見た後の後半は、長い第2楽章の32番。このゆるゆると行きつ戻りつする弱音の構成、そこにジャズっぽい要素も混ざり、長い長いトリルには聴き惚れるを通り越して浄化されるような気持ちを味わいました。

弾き終わった後、巨匠はピアノに伏せて長く起き上がらない。この静寂、ほかで体験できるだろうか。まさに水を打ったような静けさの中、現世にゆっくりと戻ってきたピアニストにスタンディングオベーションでBravoの嵐。

胸に手を当て感謝の言葉を口にしながら、謙虚でにこやかな世界のミツコ。道を極めたマエストロは小柄で細い。でもとんでもない魅力を秘めていますし、可愛らしい!

巨匠と何度も目が合った(気がした😎)ので大拍手とともに満面の笑顔で応える。毎度関西のノリなのか大盛り上がりに、4回目のカーテンコールでなんと投げキッス。そのあと「やっちゃった」という表情で私の方を見た(気がした😊)ので両手でサムズアップをお返し申し上げました。

友あり福岡より来たる、京都街行、出町柳いやいやえんでの晩ごはん、感動を分かち合って、極上の1日でした😆

2025年10月は、ショパンコンクール、マルタ・アルゲリッチ、そして内田光子とピアノ黄金月間となり、遂に終演。YouTubeで内田光子をおかわりしては、まだ興奮が続いてて、ホロリとしたり🥹してます。

10月書評の8

◼️ 梨木香歩 鹿児島睦「蛇の棲む水たまり」

しばしの寓話に、サークル状のアート。遊び心あふれる絵本。

先日、京都にて廃墟っぽいモダン建築での前衛アート展示という企画展に行ってきた。外壁を覆うツタ、元は学生寮という部屋に置かれたオブジェや絵画と大きめの窓から入る自然光、それを活かす照明に窓から見える緑。

秋の爽やかな気候を年月を経た味のある建屋に取り入れ、異空間を作り出す。今作はそのような作品かもしれないと感じる。

森に入った馬は、蛇のいる水たまりを見つける。そのうちに猫がぽんっと跳ねて水たまりに入ると、とたんに、変身する。やがて他の動物たちも次々と入っては姿を変えるー。

右ページは黒一色に水色の文字で物語、左ページは主に花で囲んだ円形や楕円形の、回っているようなアート。動物も盛り込んでストーリーの進行を補助する。

蛇も変身している。どうやって望むものになるのか、どういう空間なのか、蛇が説明する。

馬の水たまりの中の奮闘はそのまま人に通じそうな気もする。人は誰でもどこかに変身願望、現在がこうであれば、という想いを持っている。でも不可能なこともあるし、できるとしてもすぐには変われない。走り続けたその先に、何かがあっていつのまにか変わっている、のかも知れない、というのもただきれいなだけのまとめ、だけど笑

主人公の馬は、何になるのを望むのか、そしてその願いは聞き届けられるのか。

絵本としてもいろいろ活用できそうな。では、猫ほかの動物は、何になったのか、とか、馬がなりたかったアレはどういう生きものなのか、とか。

しばし梨木香歩の語りに浸りました。

ノンアル日和

人気というノンアルを試しに1本夫婦で。晩ごはんはマグロの漬け丼。私がサクと大葉を切りました。京都で買ってきた笹屋伊織季節限定のつるし柿。干し柿の中身はあんとお餅です。あと、やはり京都のスイーツたち。出町柳はいやいやえんのデザート・栗のケーキが鮮やか。四条河原町の名店・フランソアでは梨のタルトと季節尽くし😎😋

小さな幸せがなかなか充実してて嬉しい秋口なのでした😆

人気というノンアルを試しに1本夫婦で。晩ごはんはマグロの漬け丼。私がサクと大葉を切りました。京都で買ってきた笹屋伊織季節限定のつるし柿。干し柿の中身はあんとお餅です。あと、やはり京都のスイーツたち。出町柳はいやいやえんのデザート・栗のケーキが鮮やか。四条河原町の名店・フランソアでは梨のタルトと季節尽くし😎😋

小さな幸せがなかなか充実してて嬉しい秋口なのでした😆

モダン建築とアバンギャルド

名建築と前衛アートのコラボ展示。
全国の建築祭を繋ぐなど文化庁の取り組みの一環による企画展示に行ってきました。京都駅から程近い、もとは学生寮だったという1930年竣工の名建築。廃墟っぽさもちょっと😎

まさに狙いは当たりだと思う。そもそもモダン建築とアートとの相性はすばらしい。今回、廃れたような各部屋の雰囲気、でも窓が多くてきれいな採光と照明、緑。薄暗い地下室の展示と、心のシュールな部分をくすぐるような、ノスタルジーを覚えるような感覚。コンパクトで大きくない規模がちょうどよかった。もっとやってほしいなと。

良い時間をすごしました。