2018年8月11日土曜日

7月書評の2




最近は、日暮れに最寄りのバス停に着いて、薄暮の空、北に向かえば宵の明星・金星が、西に曲がれば正面に木星が、南を向けば火星が見える。バスを降りた時はまだ明るいのに、10分登ったところで暮れてしまい、黒い空に木星や火星が浮かんでいる。星見の人にはいい感じ。

芥川龍之介「蜘蛛の糸・杜子春」


「蜜柑」「トロッコ」いいねえ。児童向けも多い短編集。色とキレ。


お釈迦様が極楽から下を見渡すと、血の池地獄にカンダタという者の姿が見えた。生きていた頃は悪事ばかり働いた大泥坊。しかしカンダタは一度、小さな蜘蛛の命を救ってやったことがあった。お釈迦様は傍にいた蜘蛛の糸をカンダタのほうへ垂らしたー。

(蜘蛛の糸)


川端康成、シェイクスピア、太宰治、宮沢賢治、室生犀星と親しんできた。次は芥川龍之介を読もうかなと。先日の「地獄変・偸盗」に続き有名な作品から押さえてみた。


「蜘蛛の糸」はさすがに読んだ事があったけど、他は初読み。「杜子春」ってこんな物語だったのか、と思った。ほか「犬と笛」「魔術」「アグニの神」「仙人」「猿蟹合戦」「白」が収録されている。


「蜘蛛の糸」犬と笛」「魔術」「白」は人の心根を中心に置いている。「白」は誰でも経験したことがあるような、臆病な行動を扱っている。いずれも分かりやすく教訓的。


「杜子春」も似ているが、心根、というよりは人の情の話で寓話的である。


さて「蜜柑」は本読み仲間の2人がとてもいい!と推奨した短編。奉公に行く少女に不快さを感じた同乗者の気持ちが一瞬にして朗らかな心持ちとなる。きっかけとなった蜜柑、さらには少女の火照った赤い頰までもが想像できる。いかにも大人らしい倦怠感とイライラの背景に鮮やかな色を映し出したテクニカルな作品で、結末の明るさと少しの哀しさで心が潤されるようなインパクトを受けた。


「トロッコ」も状況の波をトロッコの進む道になぞらえている気にもさせ、少年らしい行動と心の動きを書き出している。


無駄のない文章で、やはりキレがある。芥川龍之介を読み進めるのが楽しみになった。


中野孝次「ブリューゲルへの旅」


有名な「バベルの塔」「雪中の狩人」の他、ブリューゲルの世界が広がる。が、読み進めやすいとは言えなかった。


16世紀フランドルの画家ブリューゲルはたしか大橋巨泉の絵画解説本で「雪中の狩人」を見て、その冷徹なイメージ、また広くかつ細かい情景描写が強く印象に残った。また昨年展覧会で「バベルの塔」を観てその精密さにうなった。


著者は1966年にウィーンでブリューゲルの絵に感銘を受けてほとんどの作品を観たそうだ。作中では上記2作品のほか、「狂女フリート」「雪中の東方三賢王の礼拝」「二匹の猿」「謝肉祭と四旬節の戦い」「農民の結婚式」「干草づくり」「イカルスの墜落」「嵐の海」「絞首台にかささぎのいる風景」などがその背景とともに紹介してある。本は1976年の出版。


ブリューゲルは村の結婚式などにも親戚と言って入り込むなど農民の暮らしを観察し彼らの目線から描いたという。また「東方三賢王」や「イカロス」では、広い風景に混み合う人々を描き、その中に歴史的、神話的出来事をにほんの小さく表現するスタイルをとっている。人の動きなど本当に細かい精緻な描写が特徴の一つで、細密画か、なんて思わせる。


「二匹の猿」はまた別で、繋がれた猿とその狭い空間をクールで直接的な仕上がりとしている。


フランドルはベルギー、オランダ、フランスにまたがるエリア。ボスやルーベンスを輩出した。英語発音ではフランダースとなるらしい。「フランダースの犬」の舞台でありブリューゲルが活躍したアントウェルペンは商業貿易都市としてたいそう賑わったそうだ。


ブリューゲルの晩年、宗教改革の余波と民衆の生活苦から教会が襲われる事件が頻発し、激しい弾圧が敷かれた。民衆目線で意味を込めた作品を描いてきたブリューゲルは死の床で危険な絵は焼きすてるよう妻に言ったという。


それぞれの絵に込められた物語が堪能できる作品。しかし基本的に著者の思い入れや戦中戦後の心持ち、主張のようなものが強く出ていて読み進めにくかった。また「バベルの塔」について塔がなければいい風景画なのに、という見方にも違和感。もう少し読み手にやわらかくてもいいのに、と思った。


太宰治「ろまん灯篭」


太宰治はタイトルが上手すぎる。今回は太宰の「遊び」の部分。どこか恩田陸に似てるな。


いきなり女と死出の旅。「秋風記」から入る。山の温泉を訪い、シリアスなような気楽なような会話を交わす。どこかで似たような作品書いてたよな、と思うくらいいつもの太宰。


続く「新樹の言葉」は主人公が昔の乳母の息子娘と出会うストーリー。兄妹が爽やかで、しかしどこか暗示的な流れになっている。


「愛と美について」はそれぞれ個性的で連作遊びをする5人兄妹の短い話。続く表題作「ろまん灯篭」では同じ兄妹が全員で連作物語を書いていく。魔女とその美しい娘と王子さまが絡む寓話で紅玉いづき「ミミズクと夜の王」を思い出した。


「女の決闘」はこれまたドイツ?の名もない作家が書いた小説に太宰が肉付けをしていく。妻と若い愛人と、だらしのない芸術家、っていつものパターンだよね。自分を投影するのが芸風の太宰。女の2人はピストルで撃ち合うという過激な内容。


「古典風」はやはり愛人のいる美濃十郎という作家が、友人の詩人にローマを舞台にした物語をそらで話して聞かせるという作り。

最後の「清貧譚」は菊好きで融通のきかない主人公が不思議な兄妹と同じ敷地に暮らす、武士の時代の昔話。


同様の話を集めたのだろうと思うが、太宰治の「遊び」の部分がよく出ている。同時に、死生を見つめ、自尊心と劣等感を演出する自分の色をつけている。それなりに楽しかったが一番惹きつけられたのは「秋風記」だったりして。いつものキラッ、キラッとする表現が伺えたから。


本読み仲間の友人との会話2つ。以前「恩田陸って、自分の好きなことを、本当に好きなように書いてますよねー。」と話したことがある。今回は同じような感想を抱いたな。


また先日「太宰治って、だいたい『人間失格』から入るけどあの憂鬱な文章を読むと、これが太宰なんだと思いこんで、続けて読まなくなるよね」と言ったら「そうですか?『人間失格』を読んで太宰の凄さを知ると思いますけど」と切り返された。まあ楽しい文芸会話だったのだが、岩井俊二氏がこの本の解説で直接的に言及している。十五の秋に「人間失格」を読んだ岩井氏は「恥の多い生涯を送って来ました。」という一行に身震いしたという。


「(これは俺だ。俺の話だ。)そう思ったのを憶えている。そう思って太宰にハマる。典型的なパターンである。典型的ではあるが、極論すればそれ以外の太宰ファンというのは存在しないような気もする。」


確かに「人間失格」の最初の方でそう思った。でも私は魔術にハマらず、ダークでだらしのない話、と思ってしまった(笑)。そりゃまあ太宰最近読みだしたクチだけど。でも世間一般的にはそうなのかー。文芸仲間さん正しいわけだ。


皆さまはどうでした?


竹田青嗣「哲学ってなんだ」


哲学は・・優しく書いててもやっぱムズいかな。


哲学のルール、パラドックスから近代の哲学者たちの紹介と位置付け、近代哲学がめざしたもの、そして自己とは何か、を掘り下げている。現象学の紹介もある。


ヘーゲルが近代哲学のチャンピオンということも初めて知ったし、カント、ルソー、キルケゴールなど聞いた名前が続々出てくる。


近代哲学は宗教と王の支配から脱し、「自由」の追求がひとつの軸らしい。もちろんたったこれだけではないが。


紹介された哲人の中では、ルソーの社会契約論が一番ストンと落ちた。「自由を一つの政治権限に委託し、この権限によって権力を設定し、全員が対等の「自由」を確保できるようなルールを作ることである。」仕組みの底に横たわるものとしてなるほど、という感じだった。


哲学はつねに一からやりなおす。だから次から次から新しい考え方が出る。カントからヘーゲルに至る道には頷けるものもある。


「われわれの欲望と、われわれの能力との不均衡にこそ、われわれの不幸は存する。」

ルソーの言葉。これもその通りだなと思う。


断片的にふむふむ、というのはあるが、やっぱり言葉数が多過ぎるかな。ハマれる気がしない。でもニーチェあたりは読んでみようかな。。


望月麻衣「わが家は祇園の拝み屋さん」


やっぱ京都といえば妖しよねえ。

「京都寺町三条のホームズ」の望月麻衣氏、京都もの第2弾。


16歳の小春は関東の両親の元を出て京都・祇園にある祖母・吉乃宅でしばらく過ごす事に。吉乃は和雑貨店を営んでおり、和菓子職人で男前の叔父・宗次朗と暮らしていた。小春には、誰にも言えない秘密があったー。


実は祖母や叔父は血筋的に不思議な能力があり、依頼を受け「拝み屋」としての顔もあった、という設定。


望月氏は「ホームズ」でも関東からの転校生JKを主演としていわゆる「よそ者」目線からの京都を描いて成功している。初心者向けの京都案内であり、行ったことのある人でも思い出しながら楽しめるというのは意外な、新しい境地だったと思う。またラノベの読みやすさ、という要因もあっただろう。


「拝み屋さん」も主人公は関東から移り住んだ少女。叔父は一時東京で暮らし京都に戻ってきた和菓子職人、祖母は根っからの京都人と上手に配役を散らしているイメージがある。より陰陽師っぽいイケメン大学生も登場する。 


ブランドとも言える祇園をベースとした京都巡りはこの巻は観光案内的なものではなくどちらかというと、小春を安心させるアットホームな雰囲気や妖しの色を出すことを優先させている感じ。


知的な印象が強く恋愛ドラマとしてはビブリアのような恥ずかし系に入る前作だが、こちらは妖しの要素が入ることでよりラノベっぽくなったかな。折にふれ気にしていこうと思う。


電車を使って1時間もあれば行けてしまう京都。望月氏の著作でいくつか行きたいとこをピックアップしてはあるのだが、今はなぜか市内よりも宇治の平等院鳳凰堂に行ってみたかったりする。でも京都も奈良も夏は暑いよなあ。


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