少し幻想味を交えた、ヨーロッパ留学の自伝と、ユルスナールの軌跡との交錯。この書き方こそが真骨頂なのかなと。
須賀敦子さんの文章はヨーロッパでの生活や感じたこともさることながら、別の視点を混ぜたり、小説風に描いたりする。当地や文学的な知識も多く盛り込む。前作「コルシア書店の仲間たち」ではもう少し具体的だったような気もするが2作挟んで1996年に出版されたこの作品は、えらく行きつ戻りつしている感じもある。
ユルスナールは「ハドリアヌス帝の回想」という歴史小説をものし、著者は後に軍事要塞として利用されたその墓所を観に行ったりする。
ユルスナールの著作、生涯を取り上げながらも、多くはイタリアを中心とする自分の長い留学生活の体験、幼児のころの記憶という印象だ。
「ハドリアヌス帝」、また16世紀のヨーロッパを舞台に異端審問に追われる男たちを描く「黒の過程」への理解を深める中で身近にあるものとの連関を描き出していく。
ユルスナールが同性のパートナーと晩年を過ごした、アメリカ大西洋岸のマウント・デザート島へ行き、生活した家、墓所を訪った著者は、最晩年のマルグリットの写真を見て、靴に注意を惹きつけられる。そしてなにを想うのかー。
ベルギーに生まれ、父に連れられてフランスで育ち、一次大戦でパリに戻れなくなり、長じて二次大戦前夜にアメリカ人の友人の誘いでアメリカに渡ってまたヨーロッパに戻れなくなり、旅から旅への生活を送ったユルスナール。著者は彼女に、逃げるように日本を離れ、長く留学した自分を重ねていたのかも、と思わせる内容でもある。
画家、絵本作家の伊勢英子さんも、著作を読んでいると、ほとんど衝動的にスペインへ旅立つというイメージがある。なにか呼ぶものがあるのか、自己確立、維持のために必要なものを求めるのは人の性なのか、興味深い。
須賀さんが兵庫県で育ったということを知って少し親近感。ユルスナールは寡聞にして知らなかった。図書館で探してみようかという気になっている。