2024年2月27日火曜日
ロボット🤖
この作品はチェコの作家カレル・チャペックが1920年に発表した戯曲で、この物語からロボット、という言葉が生まれ、現代まで使用され続けています。労働力として、兵力としてロボットを製造し続けた結果、ついには反乱によりロボット産業会社の建築主任1人を残して人間が全て抹殺されてしまう話。やがてロボットのカップルに恋愛感情が宿ったのを救いとして終わります。
ロボットは確かに有用で疲れないし力は強いし賃金はいらないし取り替えがきくし・・最初からもっともらしい理屈と含まれる矛盾が並行して展開する感覚。ラストもよく考えたらこれってハッピーエンドなの?なんて思うし。戯曲の面白さ、啓発された感じですね。友人にもチャペック好きな人多いです。
まあ手塚治虫のマンガに出てきそうなお話だなあと思ってしまいます。手塚先生は当然読んでるでしょうし。
ストーリー進行、セリフは基本的に原作通りで舞台セットの床は2重の円形に大きな電球を円形2列、並行でなく吊って、背景はスクリーンで、場面により映像を変えて流したり、舞台の床に観音開きの穴があってカメラが内蔵されてて、覗き込んだ顔をスクリーンに出したりしてました。キャストの髪型や衣装、動きにも工夫が凝らされてました。次回公演のチラシもあってまた行きたい気分になってるワタクシ😊文芸作品にはやっぱり興味が湧くので今後もお願いしたいですね。
帰ってきて録画しておいた男子バスケ🏀アジアカップ予選日本🇯🇵vs中国🇨🇳。
デカくてゴツくて速い中国、トム・ホーバスがHCとなって最初の方に対戦し、その時はコテンパンにやられてしまった。東京オリンピックもなすすべなく全敗、ホントに日本男子は強くなれるのか・・と当時暗く重い気分になったもの。
しかし日本はワールドカップで3勝、アジア1位となりパリオリンピック出場権を勝ち取った。中国はどうやら最終予選にもエントリーもできないようでパリ、東京と2大会連続で出場を逃し、主力が入れ替わった。
今回は日本の実力が計られる。序盤うまくいかない時間帯があったものの、厳しいディフェンス、スリー、インサイドでのホーキンソンの活躍で競り勝った。主要大会で88年ぶりの勝利って長すぎるけど、いま男子バスケはブレイクスルー、脱皮の最中なんだろうと思う🔥嬉しい😊😆
日曜日はドラマが忙しい。帰ってきてバスケ🏀2時間観て、隙間なくBSで大河ドラマを観て、21時からは「さよならマエストロ」22時は「舟を編む」ふだんあんまりドラマ観ないんですけどクラシックや文芸ものには弱いのです。
やべえ、日曜日は忙しい😎
カレー🍛とケーキ🍰
地元話題のカレー店で揚げ野菜カレー、クラシック帰りにミルクレープのケーキセット。同級生たちとちょっと遅めの新年会と美味しく楽しく過ごしたのでした。
映画のハシゴ
それなりに動いた3連休前半でした。
2月書評の11
ラフマの2番はピアノコンチェルトの中でも人気トップを争うナンバーであり難曲。今回予習として音がきれいで強くゴージャスなツィマーマン、ルツェルン音楽祭でメロディアスな演奏だと感じた藤田真央で予習。一時リヒテルもその極強い音、引き込まれるような演奏が好きで何度も聴いたもの。
奥井さんは速くもなく遅くもなく確実。美しく走るところも決めて第1楽章クライマックス。大きくいかめしいオケの音と叩くピアノの音のMIX部分。よくオケの音にピアノがかき消されてしまう。今回は・・ピアノもよく聴こえる。第2楽章、麗しく、明るい中に人生の悲哀のようなメロディが入る。醸し出される緊張感。第3楽章は華麗で軽快な冒頭。途中で現れる美しい主題・・ラストはテンポを上げて弾ききり。いいノリ、ロシアン・ロマンチシズムを随所に体現した演奏だったかなと思います。また関西フィルもテンポ、強弱と自在で、気持ち良い演奏だなあと感じ入りました。
アンコールはラフマニノフ「リラの花」だったと思います。美しい曲。後で調べたらアンコールの定番のようでした。
◼️ 永井みみ「ミシンと金魚」
人生を振り返る認知症のカケイ。すばる文学賞受賞作。しかし、ごくつぶし、ばっかり登場するな笑
書評あったなとふと手に取ってすぐ読み終わった。もう少し前衛的な話?かと思ったら意表を突かれた。
認知症の老婆・カケイ。デイサービスの明るいみっちゃんや土地建物の遺産を狙う息子の嫁の世話になっている。兄にハメられ借金を背負った公務員と結婚したものの夫は失踪した。残された息子・健一郎も亡くなった。何度も健一郎は最近来ないね、と訊くカケイ。立つ、歩くこともおっくうで常におむつをし、字もなかなか書けない。
最近のことはすぐ忘れてしまうカケイ。しかし、ひたすらミシンを踏んで生計を立ててきたこと、そして歩んだ人生のことは、はっきりと覚えていたー。
作風が、最近の長野まゆみに似てるな、などと思ったりする。もう少し直接的か。認知症の老人を取り巻く環境と囲う悪意。一生の悔い。いつの時代の話かな、と思ったりする。
しかし、ごくつぶし、ばっかり出てきて、読了後に俯瞰した時笑えてしまう。カケイの夫はダメ男だし夫の連れ子は人非人だし、カケイが懐かしむ息子健一郎もロクな死に方してないし、その嫁の世代の大人たちは遺産しか眼中にないし。でも元祖ごくつぶしのカケイの「兄貴」と、いまはデイケアで仲間である、兄の内縁の妻のエピソードで救われた気はする。
ミシンは実家に年代ものの、足で踏む部分もかなり広くしっかりしていた。母がリズムよく踏みながら回していた。なんか、踏みっぱなしのリズム、疾走感、魔法のような出来映え、というものが活き活きと表現されている。
搾取、悪意の中、その人の持つ想いと人生の記憶。虚しく哀しいものもある。でもカケイ中心に考えた時、その人に染みついたもの、心に住んだお気に入りのもの、というのが見えて納得する。
昭和から令和、というのは科学技術的にも、風俗習慣においても大きく変化してきた。軽く見えながらそのへんも、ちょっと記憶のどこかに当たるような感じである。懐かしいような、痛いような。
人生は、流れていく、止まらない。ゆく川の流れはなんとやら。うたかたも消えたりできたり。そうして遠くまでくる。なんてことまで思い至らせるような話ではある。文芸は様々で、定型はなし。この話も、ちょっと作りすぎという気もするし、色々考えさせるということはそれなりの良さがあるということかも、とか。
ふむふむという話でした。
2024年2月20日火曜日
2月書評の10
コロナ禍中、新たに訳出された戯曲。パンデミックの中、医師が特効薬との交換条件として出したものは?
先日「ロボット」を読んで、チャペックで図書館検索したところ2020年発行の今作があり借りてきた。当時はコロナ禍中で時宜を見たのだろう。過ぎ去ったとはいえ世界で多くの人があっという間に死んだ記憶の残滓がうずく気はする。しかしこの劇の大きな1つのコアは戦争と民衆でもある。
世界に<白い病>が蔓延していた。罹患者は50歳以上ばかりで、皮膚に白い斑点が浮かび、かつその部分は大理石のようになにも感じなくなる。次に身体のあちこちが裂けるように傷口が開き、ひどい悪臭がして、やがて腐敗しながら死んでいくという恐ろしい疫病。
ヨーロッパのとある国、政府の枢密顧問官にして大学病院の院長、ジーゲリウス教授のもとに、かつて教授の義父助手だったという、万事控えめなガレーン医師が訪ねてくる。
「私は<白い病>」を治療できます」
大学病院で自分の治療法の臨床試験を行いたいというガレーンに、ジーゲリウスは貧しい者たちの病室担当にする。しかしガレーンは6割は成功しているという薬の調合法を決して誰にも教えようとはしなかった。
裕福な者や権力者を治療しようとしないガレーン。そして詰めかけた記者の前で、世界中の王や統治者に向け、戦争から手を引けば<白い病>の薬を渡すと伝えてほしい、と述べるー。
裕福な社長や独裁者の元帥にも屈しないガレーン。とつとつとした口調で自説を述べる。従軍医師の経験から、銃や毒ガスから人々を守るべき、貧者の方が多く命を落としていると。
戦争が始まり、物語はカタストロフィへ向かう。
歴史的背景には様々考えることがある。この時点で近代にも世界はスペイン風邪というパンデミックを経験していた。1918年から1920年に大流行し、何千万人、1億人以上の死者を出したとも言われる。日本でも39万人が亡くなったとか。ペストの「黒死病」に対し<白い病>というのも興味深い。ちなみにこの翻訳でも<>で囲われているのでそのまま使っている。
人類は「科学の世紀」を経ていた。劇中にも今日の学問や文明はどうなっとるんだ、という台詞がある。
そして〜だから、とも言える〜第一次世界大戦は殺傷能力の高い兵器が登場した初の大規模戦争となり死者が激増した。各国は戦力を増強し、一触即発の時期を迎える。
チャペックは否定しているようだが、この国がナチスドイツを指しているのは明白だろうと思われる。戦争の演説をぶつ元帥に、民衆は熱狂する。
50歳代以上が罹患する病ということで、若者が仕事に就ける機会が増えるという見方、そして死の病に冒されている患者に貧富の差はないのではないか、という問いに背を向け頑として治療しないことは医師ガレーンの原罪、という捉え方も戯曲の要素として面白いと思う。
そもそも戦争とパンデミックという時代を象徴するものであり異質であり似ているようにも見える現象を共存させるところが、只者ではないなと思う。
映画のような結末を迎える物語。話の構成はストレートで、もう少し広がりと展開があっても良かったかもとは思う。コンパクトでブラック、そして考えることの多い作品だ。
チャペックはもう少し読んでみようかな。
2月書評の9
「生きているシーラカンスに会いたい!」
児童向けの本にワクワク。いつか水族館で飼育されないかな〜。
これを借りよう、と思って図書館に行っても発見した本を手に取るのはいつものこと。児童書コーナーで目に入った瞬間これ読みたい!と予定外に借りてきた。小説の合間に理系本や絵本を読むのは心地いい刺激なのです。
福島県に新設された水族館に勤める学芸員さんが、館長が主導のもと、シーラカンスの標本の展示企画に携わったところから旅が始まる。展示をめぐって各地とパイプができ、幻のシーラカンスを追ってインドネシアやアフリカに捜索へ向かう。カメラつきのリモコン調査機を沈めて調査。シーラカンスは150m以上の深海を好み、夜行性。失敗もあったもののついにその姿を捉える。
最初日中に始めて、成果が無く夜間に移行してみると、レンズの向こうでサメなど夜行性の生物の目が光る。そのくだりだけでもゾクゾクした。
シーラカンスは4億年ほど前から生存し、現在でもその姿をとどめている。ヒレの根元は太く筋肉や骨もあり、ヒレを動かして移動する。魚のようなしなやかな泳ぎはできないため動きは鈍く、昼間は岩場でじっとしている。この太い腕のような部分がやがて両生類の、果ては人類の手足へと進化した。
近現代で生存が確認されたのは1938年。そのご潜水艇で研究者自らが潜り生きている姿も確認されていた。たまに釣り上げられたり、網にかかったりするが深海から上がってくることもあり自然のまま生きて泳いでいる姿は貴重で、確認例も少なかった。
生息確認地はインドネシアのフィリピン側やニューギニアの近く、さらにアフリカの東岸、タンザニアの沖。
調査機は有線のケーブルがついていて、深海の岩場で操作すること自体苦戦が想像される。空振りが続いても、現地に行くたび、調査をするたび知見が深まっていくのがよく分かる。また冷凍のシーラカンスをインドネシアから輸入する時の苦労談も生物ものならでは。
以前NHKが世界で初めてダイオウイカの生きている姿を撮影したドキュメンタリーにも興奮したものだ。今回は世界で初めてシーラカンスの生きている幼魚の撮影に成功している。
はるか古代の雰囲気をまとうごつい風貌のシーラカンス。ロマン心がくすぐられる。その後世界で調査が進み、次々と個体や群れが見つかっているようだ。
こうなると、次は飼育してその生態を研究、というのが学術界の熱い目標。ぜひ水族館の水槽で泳いでいるのを見たい。
文調が活き活きとしていて、筆者の喜びがよく伝わる。恐竜、マンモスへの憧れ、現代の希少生物の研究、そして、生きている幻の古代魚。苦労もなまなかではないとは思うが、このような現場の方の楽しさに触れてワクワクするのも読書の効用。おもしろかった。
2024年2月19日月曜日
梅見
梅園は、強くはないけれど、梅の香りがほのかに漂って早春の気分。梅ノ香。
今週🏀はアジアカップ予選を控えた日本代表活動のため B1リーグはお休みのバイウィーク。たまたま2日連続で🏐Vリーグの注目カード、19連勝中の首位パナソニックパンサーズvs3位名古屋ウルフドッグス、通称ウルドの試合が生中継されてたのでじっくり鑑賞。
先週生で観てきたパナは外国人選手1名を除くスタメンにオポジット西田らズラリと日本代表主力を揃えたスター軍団。対してウルドはパワフルアタッカー高梨、大型セッター永露、リベロ小川らが代表。そして世界1位のポーランド代表オポジット、205cmのクレクがいる。さらに先日獲得した早稲田大学のエース、水町がスタメン。
きのうもきょうもがっつりフルセット。特にきょうは前半2セットをウルドに取られたパナの監督が業を煮やしたか、自慢のスタメンを途中からほとんど若手中心に代えて対抗、1年めの選手ばかりのまるで大学選手権😆。
白熱した試合、パナの実力ある若手がギリギリの試合をする場面はなかなか観られないので貴重。高卒2年めの西山大翔の威力がホントすごかった。
金曜日の晩はXで若手ヴァイオリニスト🎻さんがインスタライブをするというので初めて参加、多少のコメント。リクエスト曲も弾いてもらい、また実際の奏者さんはどんなヴァイオリニストが好きなのか、という話も聞けて興味深かった。これやっぱ時代が出ますね。私はハイフェッツ、コーガン、チョンキョンファ、現代ならヒラリー・ハーン、日本人は諏訪内晶子、神尾真由子といったところ。比較的若手の奏者を教えてもらい、いま聴いてます。おもしろい体験でした。
はい、次週は予定が混むこともあり、今週は意識的にのんびりめ。陽が出たら暖かいけれども、週末はまた冷え込むとか。夜の寒さは5月くらいまでは残るし、体調に気をつける時期ですね😊
2024年2月18日日曜日
モネ展
ほぼ風景画で、モネの足跡が追えるようになっています。各地を旅して多く作品を残したモネ。写真OKなものがなかったのですが、英仏海峡あたりを描いた断崖と海、空の絵も多く目を惹きました。
多作の画家さんで、展覧会で何作か出品されている、もしくは常設というケースが多くモネ単独の展覧会は初めてじゃないかなと。
モネといえばみどり色のイメージ。相変わらずすばらしい植物のグリーン。そして崖と海の絵では青と白とピンク、茶色の組み合わせで、写真以上のものを醸し出している感覚でした。風景の果て、向こうに消える空の微妙な色合い、ビリジアンというかエメラルドグリーンの海、夕景のピンク。人が眼で見る、心惹かれる色彩を印象以上に、最適に描いています。
モネの色遣いはあまり変化していなくて、ある程度のパターンがあるようにも感じ取れます。見るとホッとする。
モネといえば睡蓮、で、ガッツリ取り組んだのはかなり晩年、旅が困難になってから。視力も落ち、光を感じるままに描いていたかのような記載もありました。でも半分抽象画のような睡蓮の風景もいいんだなこれが。
私的MVPは花でなく、背景を紫にした「藤の習作」赤いシャクヤクの作品は若い女性連れが「なんて可愛い絵なんやろ・・」と見惚れていました。実物の方が何倍も訴求が強い。上方遠方の花群はピンクで、手前の濃い赤とのコラボがとてもキュートなのです。
長年絵画を観ていると、なんか、印象派やモネはもうベースと言うかすっかり一般に敷衍しているジャンルと受け止めちゃってるけど、今回の感想は
「やあっぱモネは偉大やわ〜」
でした。なんつってもきれい、色が。
グッズショップは激混みで瞬間的に敬遠決断。なんか欲しかったな。人出も多かった。さすがはモネ。偉大です。
2月書評の8
◼️宇野亞喜良「2ひきのねこ」
話はプリミティブ。人間でも動物でも。絵のオシャレ度と個性が光るなと。
先日図書館で怪談えほんシリーズ「マイマイとナイナイ」を探した。どちらかというと皆川博子御大がどんな話を作ったのか興味があった、のだが、ここの図書館の絵本は絵を描いた人の名前あいうえお順に並んでいるので宇野亞喜良、という名前を当てに覚えた。
結果的になかったのだが、その日に友人が宇野亞喜良の大規模展が春に東京で、と教えてくれ、これも縁かとこの本を読んでみた。
子猫の時家に来た「ボン」はももちゃんが大好きでいつもいっしょ。2人で木に昇るのもお気に入り。でもちっちゃい猫、すなこがやって来て・・
話はまあ、2番目の子ができた時の長子の気持ちというか、永遠の定番の心持ち。
かつて我が家もミニチュアダックスのレオンという犬が王子で、レオンのためにドッグカフェを渡り歩き、物や食べ物を買い、可愛がった。しかし息子が生まれてから、レオンは王子の座を奪われてしまった・・というストーリーがあった。アニメ映画「未来とミライ」でも人化した犬が似たシチュエーションのグチを言ってて妻と笑ったものだ。
でも大人の気持ちでも、やっぱり人間関係のジェラシーはあるんだよね。できるだけ縋らないようにはしてるんだけど、どこかすねたがる自分もいる。
そして絵、なのです。宇野亞喜良の女性の顔は遠くを眺めているようで、うつろで、深みがあり、なんというか色気はないがセクシーで、とても女性的だと思う。
また、デザインもさりげないようでいてとても洒脱でカッコいい。ももちゃんの着衣に注目してしまう。いわゆる決めのカットの服装はもう、SF的、伸びやかな想像、創造、やるな、と思わせる。
おそらく各所で目にはしていたのだろうけど、はっきり認識したのは今回が初めて。どこかで、なんだったっけとwikiを見て、千早茜の傑作「魚神(いおがみ)の表紙だったと思い知る。うーんベストマッチ。
安野光雅さんの時もそうだったけど、読書に結びつくと親近感を覚えて、忘れない。こういうの好きな瞬間やね。できることなら東京の展覧会も行ってみたいな。
2月書評の7
◼️ 渡辺裕之「砂塵の掟 オッドアイ」
元自衛隊特殊部隊、特別強行捜査班リーダー、オッドアイの朝倉。血湧き肉躍るハードボイルド。
オッドアイシリーズはしばらく前、出張の時に東京駅で買って新幹線で一気に読み切った。けっこうおもしろいなと思ってそれきり。最近目にして入手。今回のは6作め、1年に1冊の割合でもう10作出てるらしい。
自衛隊最強の特殊部隊出身で警視庁の捜査一課にも所属していた朝倉俊暉(しゅんき)は現在防衛省と警視庁の合同チーム、特別強行捜査班のリーダーを務めている。朝倉自身はアメリカ軍のNCIS海軍犯罪捜査局と協力して犯人を逮捕した実績もあった。自衛官時代の事故で、片眼がシルバーグレー、左右の眼の色が違う「オッドアイ」。戦闘力が高くかつ敏腕な捜査員である。
沖縄・宜野湾市のアメリカ軍高級将校の住宅街で切断された人頭が見つかり、沖縄県警が捜査に乗り出すが、ことは軍の住宅のことだからとNCISが乗り出し、県警の捜査介入を拒否する。派遣された朝倉はNCISと交渉、単独という条件付きで捜査への参加を認められる。しかし捜査を始めてすぐに銃撃され、さらに車に跳ね飛ばされるー。
いやーマッチョなストーリーだ。朝倉がいかに戦闘能力があるか、タフなのかがふんだんに誇示される。沖縄から向ったのは紛争中のアフガニスタンで日本人傭兵と合流、拉致されて脱出、砂漠のサバイバル、沖縄へ帰ってきて銃撃戦と血湧き肉躍る展開の連続。ふだんこの系統は読まないけどたまに目を通すとそれなりに楽しい。
著者さんはもともと傭兵もののシリーズを書いていたようで、軍事行動や武器の情報も詳細だ。朝倉とバディとなる傭兵で、ちょっとマヌケだがやる時はやる京介のキャラに好感。はっきり言って主要な展開部分がゴツかったりお堅かったり、ばかりの登場人物たち、その中にマッチするようなユーモラス加減だ。シリーズにもう出ないのかな。
ハードボイルドものの名作といえばロバート・B・パーカーの「初秋」「晩秋」くらいしか知らないかな。こちらは私立探偵ものであるからか、ハードボイルドでありながら硬軟自在、という感じだった。オッドアイ今作は不器用なくらい、いやそれも計算の上で、ずっとラグビーの試合中のようなぶつかり合いが続くイメージ。
たまにはいいなと。またオッドアイシリーズ読もう。
2月書評の6
◼️ カレル・チャペック「ロボット(R.U.R)」
現在に至る「ロボット」の語源となった戯曲。人間とロボットの境界線。
再読。もうすぐこの戯曲の舞台を観に行くので予習。その時々で感想は違うものだし、思い出しがてら、いまの目で読んでみた。
時代の順番が逆なのを承知で言うと、手塚治虫っぽい台本だな〜と。でもメカの特徴を浮き立たせ、人としての忌避感や理屈づけが行われている気がする。でもこれが、初期SFの面白さで興味は尽きない。戯曲だけに壮大で極端な劇となっている。
労働用ロボットを生産する孤島、そこへ富豪の娘であるヘレナが単身やって来る。ヘレナは人道連盟を代表して来訪したと明かし、ロボットたちを保護し、解放すべきだと訴える。しかし社長のドミンを始め重役たちにロボットの現実を見せられ、説かれて、取り込まれてしまうー。
第一幕は主にロボットたちの性能、使役の状況と有用性、廃棄などを説明する場面で、第二幕以降、意思を持ったロボットのため事態は大きく動く。まさに根源的ともいえる流れでコミカルな場面も多く見られ、上手に結末がつけてある。まだロボットに人間そっくりの身体、機能と生命を与える部分は体系化されていない。
先に述べたように、まるで手塚治虫のマンガの世界。成り行きも分かるような気がするものの、これが次は次はと読み進んでしまう面白さ。にぎやかしい登場人物をもっと活かせそうな気もする。でもそこが第三幕の孤独へと結びつく。
当時機械に向き合った人々には、内在している大きな畏怖が内在していたのかもしれないと思う。この劇にあるようにロボットは計算能力、多言語能力に秀でていて、力も強く、疲れない。造ったその日から働けるし、いくらでも取り替えがきく。想像、懸念が果てしなく転がり膨れ上がる要素がそこにある。
40年に渡って書かれたシャーロック・ホームズ物語の中でも電報、馬車から電話、自動車へと時代は動き、巷ではガス燈も電灯に変わっていきました。科学の世紀を経て、進化が止まらない現実に当時の人々が未来への、ある意味豊かな想像力を刺激した側面もあるかなと。
先日発表された芥川賞作家が受賞作の創作にChatGTPを利用したことが世界的な話題になっているとか。私の友人にもやがてAIが作った小説がおもしろいと売れる日が来るかもよ、と言う者がいる。
人間と機械との境い目、に人は敏感で、その点現代もこの戯曲に似通っているのかもなどと考える。
現実にはロボットが活躍する、という場面は実生活においてはまだまだ無い。というか機能的にアンドロイド型が必要なのか、という感じだ。進歩?進化?には停滞と試行錯誤がつきものではある。でも10年20年のスパンでは、確かに大きく変わっていくのは実感としてある。そこに人間との境い目、を感じていくことはやむなき人の性さがなんだろうか。
この戯曲は極端なストーリーで決して楽観的な進行ではない。ただどこかにのどかさというか、ひょうきんさがベースとしてある。ドラえもんで、四次元ポケットから出て来る未来の便利な道具に振り回される展開にも通じるような。さてさて、舞台化されたものはどんなんだろうと、楽しみになってくるのでした。
2024年2月12日月曜日
2月3連休は・・
「ミツバチのささやき」「エル・スール」が有名なスペインの寡作の監督、ビクトル・エリセ31年ぶりの新作長編「瞳をとじて」観に行きました。3時間近い大作。陰影の仕掛けや顔のアップを多用する「らしさ」は健在。終わり方も、先に「エル・スール」観ておいて良かったかも、でした。これもいかにもって感じ。今回の作品には「ミツバチ」の子役で強い印象を残したアナ・トレントさんも出演してます。ミツバチも新作記念で劇場リバイバルされてるので観に行く予定です。当時のアナさんの演技には唸らされたことを思い出します。
バスケ🏀女子日本代表のパリオリンピック世界最終予選があったために夜更かし週。眠い🥱。解説者が"死のグループ"なんてもんじゃなくもっと厳しい、と言った世界ランク4位スペイン🇪🇸、5位カナダ🇨🇦、19位だが先のヨーロッパ選手権で躍進を見せ、しかもホームのハンガリー🇭🇺。見事勝ち切って見せたことが素晴らしい。
世界大会のWCは惨敗し、新HCにとっても捲土重来の機会。負けられない戦いで結果を出してみせた。前回オリンピックが銀メダルだし、当然金メダル🥇をも視野に入れたいところではある。楽しみだ😊
2月書評の5
◼️藤谷治「あの日、マーラーが」
2011年3月11日、東日本大震災の日、コンサートは開催された。実話に基づくフィクション。
東日本大震災はあの日午後2時46分に発生した。交通網が遮断される中、東京・錦糸町のすみだトリフォニーホールでマーラーの交響曲第5番が予定通り演奏された。新日本フィルハーモニー交響楽団、指揮者は高名なダニエル・ハーディングだった。
楽団のエキストラ演奏者、いわゆるトラの1人と事務局長の女性、そして集まった少数の観客のうち数人にスポットを当て、それぞれの3月11日をオムニバスにした小説。
ヨリを戻そうとすり寄る夫を振り切り聴きにきた女、クラシック音楽のライター・講師、定期会員の年配の女性、楽団のある奏者をアイドル視しているオタクの若者、それぞれの人生が語られて、やがてみな同じホールに集まる。中止にしないことに楽団員もくすぶった想いを抱え、指揮者は自分の仕事を全うする。
私も大好きなマーラーの5番は人気曲。冒頭、トランペットで運命の動機のようなフレーズが印象的に鳴らされる。とかく第1楽章はなにか人生の様々な事情まで含み込んでいるようで惹き込まれるものがある。
ひどい災害に襲われたまさにその日、有名指揮者がタクトを振り、惨状に心を震わされながら、割り切れない気持ちで演奏されたマーラーの5番。曲と2度とないかもしれない演奏、そこに居合わせた聴衆の、それぞれの事情にも踏み込んで、そこにできた、なにかしら不条理の塊のようなものを表現しようとしたのかな。
ちょっと違和感はある。正直、ちょっと思索的すぎてついていけない部分があるかな。どうも本筋に関係ない、やたら小難しい表現が並び、ペダンチックだ。
どちらかというと無理にフィクションにせず、
ドキュメント作品としても良かったかな〜なんて思ったりする。
なんか狙いはわかるような気がするんだけれどもね。それと、けっこうゆかしく読めはした。多くの人がそうであるように、私もあの日東京にいたから。阪神大震災も経験したから、興味はあった。新たな地震災害が起きたいま、色々と考えて感じることはできたかな。
2月書評の4
◼️ 誉田哲也「武士道ジェネレーション」
読みたかった続編。笑って泣いて惹きこまれ感動。剣道ものはいいな。名作エンタメです。
ここのところ、ショパンのピアノ協奏曲2番にハマっている。リストによれば作曲者がパリで好んで弾いていたという第2楽章はこよなく美しい。
この本の主人公の1人が、中学生剣士に熱くストレートに武士の道を説く場面を読んでる時、2番2楽章の最も好きなフレーズ、天使のはしご、雲のすきまから漏れ降りそそぐ薄明光線を身に浴びているかのような、さらに巨匠アルトゥール・ルービンシュタインの演奏だったもんだからジーンとするのが増幅した。
さて、「武士道ジェネレーション」は人気を博した「武士道シックスティーン」シリーズの、月日を置いた続編。力の猛進剣道で強さを誇っていた武人のような剣士・磯山香織が、ある大会で日本舞踊の素養がある乙女な剣道部員・西荻早苗に負けてしまう。以降、同じ高校の剣道部員となり、また早苗の転校で敵となり、切磋琢磨しながら過ごしていく2人の姿を「武士道セブンティーン」「武士道エイティーン」と3作品に描いている。
水と油のような、猛獣と水鳥のような香織と早苗。概ね交互のモノローグで話が進んでいく。特に単刀直入な香織パートがおもしろい。「ジウ」のようなハードなバイオレンスものを書く誉田哲也が「決まってるんだもん」とかいう言葉使いの早苗のセリフを書いているというのもなかなかオモロカシイ。
今回、2人は大学を卒業、香織は就職せず桐谷道場で剣道を教えて暮らし、早苗は母校の事務職を得て、さらに桐谷道場の師範格、全日本選手権3位の沢谷充也と結婚して道場近くに新居を構える。
道場主の桐谷玄明が高齢となり閉鎖を切り出す中、充也は香織に、桐谷の秘技を教えようと激しい特訓を始める。充也の友人で元アメリカ軍海兵隊員、剣道経験も長いジェフが入門してきたり、門下の中学生がいじめに遭ったり、香織のライバル黒岩伶那が押しかけたりと道場にはさまざまな出来事が訪れる。剣道家としての自分に向き合う香織は道場の後継者となれるのか・・?
私の読書師匠は大学の体育会系剣道部出身。自分が知っている剣道の世界に最も近いと薦められた藤沢周「武曲」も抜群に良かった。剣道は荒々しく、まっすぐで、礼儀正しく、技も心得も深い。そこに快い、えもいわれぬ魅力を感じてしまう。
武士道シックスティーンシリーズは2人の少女と取り巻く人々をすがすがしくテンポ良く描く佳作、剣の道が大きな魅力を添えている。
今作は高校生当時の2人の関係性そのままが小気味よく、またそれぞれの成長が感じ取れて、シリーズを読んだものには嬉しくなるような作品。特に香織の、武道家として、人間としての進歩。なんというか、生来持っている強さへの向き合い方が道場でさらに育まれたような潔さを醸し出す。
もちろん充也から香織への門外不出、秘密の技を始め、多くの表現で描写する剣の道は磨き抜かれた鏡に映るような少しレトロで、深く清新な感慨を催させる。
いじめられている中学生・悠太を強くしようと特訓を施す香織、緊張と暴力的な匂いさえ漂う試合、クライマックスで悠太を抱きしめながら伝える言葉、エピソードの作り方、場面の噛み合いもすばらしく、冒頭述べたように感動した。
高校の、香織と早苗の軌跡が甦る。楽しかった読書を思い出す流れ、そして完結。ああ終わってしまった。もっと読みたいけど、もうないだろうな。
「武士道シックスティーン」は香織を成海璃子、早苗を北乃きいで映画化されたものをテレビで観た。完結したいま、いや2015年に出たこの本をようやく読了したいま、シックスティーンからこのジェネレーションまで、全部映画化してくんないかな、なんて思ってしまう。全部キャストを変えたりしたらおもしろそうだ。
ショパンのピアノ曲はアンビバレント、美しさや明るさと憂い、当惑いが同居している。いまの気分は楽しかった、早くも懐かしいって気持ちと、ちょっと祝祭が終わった寂しさを両方感じてるってとこかな。
2024年2月7日水曜日
2月書評の3
◼️ 芝木好子「幻華」
いけばなの道。家元と孤高の天才、女。想像力を刺激する作品の描写。
芝木好子は伝統工芸に生きる人を題材としていくつもの作品を書いている。女流文学賞の「青磁砧」には唸らされた。今回は華道。
「花と芸術」という華道専門誌に自作を投稿したことがきっかけとなって前衛的ないけばなのグループに属していた青江勝麻は青々園流の家元の息子で兄が病に倒れたためここ10年ほど代理を務めていた。同じグループにいた高原響は流派に属さず、ずっと独自の表現を追い求めていた。
響の突き詰めた、閃きのあるいけばなに魅せられた伊万流の師範・小暮澪子は妻となり、また「花と芸術」を創刊した美術評論家・瀬川の姪、で青々園流の師範である晶子も響の弟子になりたいと押しかける。
人間関係の構図・設定がよく出来ているなとまず思った。革新的な華道を目指していた仲間の勝麻は家元として多くの会員の羨望の的であり日本華道界の大物と言っても差し支えない立場であり、響はバツグンの才を持つ孤高の芸術家で生活は苦しい。響の前に自分の力量を思い知る澪子は生計のため、その意に反して流派で教えながら響を支え、怖いもの知らずの娘・晶子は勝麻と響の間を天真爛漫に行き来する。
いけばなは花の種類のチョイス、生け方はもちろん、花器、水、砂、そして彫刻や金属、照明などと組み合わせることで見え方、感じさせ方の幅が広がる、のだろう。想像力に大いに訴えかける。頭の中で考えるだに華やかだ。
響の創る作品には言葉が尽くされた表現がなされている。クライマックスの個展ではなくて、響の一瞬の創作に晶子が魅入られる場面、
「彼はしおれたグラジオラスを捨てて、水を替えさせると、そばの壺に投げ入れてあった二本の紫陽花を引抜いて、花瓶に挿そうとした。一輪の花毱が重たさに首をぐらぐらさせると、彼は無造作にくるりとまわして、他の一本に付けて低く挿した。葉は一枚もつけない。こちら向きの一輪とうしろ向きの紫陽花が重なって、茎がすんなり伸びている。晶子は声もなく見入った。『鬼がついた』と思った。花は趣を変えて、輿に乗った女人のように優雅に見えた」
ゴージャスな場面ではないのだが、しかし「鬼がついた」というフレーズが気に入った。心にゾッとするような衝撃を伝えている。
物語はそれぞれのしがらみと抱えているものの中で花の道と人生を通って行く者たちの姿を描いている。中心はやはり孤高の天才、響だ。言葉遣いからしても芝木好子は正統派で、昭和文学の香りも強く、芸術を題材にした情念のようなものを、時にたんたんと、時に強く書き綴る。主人公の大ピンチや関係者の死など、よくあるような大きな波が起きるわけでもない。梅や仏手柑ぶっしゅかん、果実の先が指のように十数本に分かれるミカンの一種、といった題材も鮮やかで、心のどこか、感じるところにストンと落ちる気がする。
金も地位もある権力者と自分の道を押し通し貧乏な芸術家、なんか古典的ではある。それでもギフトを持つ者はやはり誰もを、読み手を惹きつけると強く思う。永遠の定番。過ぎてない響のキャラもなんか昭和的無骨で気持ちがいい。
「青磁砧」に比べると意外性と、創作者や鑑賞者の入れ込み具合が深くなく、シャレではないが総花的で行儀が良い感じもする。ただそれなりに入り込めた。それこそ、響が創る作品を読みたくて。
響の作品に惹きつけられつつ、同じ華道の者として自分の才能の限界に苛まれ、それでも眩さのそばにいようとする女たち。高村光太郎と智恵子をも思い出す。
男性の創作者に女性が深入りしていくのがこの二作のパターン。次は女性創作者の話も読んでみたいかな。
2024年2月3日土曜日
2月書評の2
◼️泉鏡花「朱日記」
魔と色のミクスチャー。とかく色彩が浮かび上がる。さすがだ。
久々に泉鏡花が読みたくなって青空文庫の泉鏡花の多くの作品タイトルを眺めつつどれにしようかなと、とつおいつ、楽しいチョイス。
やっぱり怪しそうな力のあるタイトルがいいよね。やたら海の字あるな、なんて。色の文字が入るとそれだけで期待度が上がる。
ひどい風が吹き荒れる日、年配で小学校の教頭心得、雑所先生が小使いの源助を呼び、小使いの部屋に行かせた少年、宮浜浪吉の様子を尋ねます。色が白くて髪が黒い美少年、源助たちに坊ちゃん嬢ちゃん、と呼ばれている子、は可愛げにかき合わせた襟の中、懐に
「艶々露も垂れるげな、紅を溶いて玉にしたような」
茱萸(ぐみ)をたくさん持っていました。おそらく鏡花の故郷・金沢が舞台と思われるこの雪国では
「蒼空の下に、白い日で暖く蒸す茱萸の実の、枝も撓々(たわわ)処など、大人さえ、火の燃ゆるがごとく目に着く」
という文章。白皙の少年に赤いぐみ。雪国の茱萸。蒼、白、赤と、はや鮮やかで何かを予感させます。ちなみにこの話の季節は5月の半ばです。
前日、雑書先生は山に登っていました。迷ってしまい、夕方の薄闇の中で見たのは赤、無数の猿の赤い顔。そして赤い雨合羽を着て、赤い旗を持った大坊主に会います。闇の中の赤、赤。坊主は物騒な言葉を発します。
一方、浪吉に真っ赤な茱萸をくれたのは、浪吉の死んだ母親の友人という女だった。風に揺れる黒く長い髪には赤い木の実のかんざし、白い頬に水晶のような目をしている不思議な女は
「沢山(たんと)お食(あ)がんなさいよ。皆
貴下(あなた)の阿母(おっか)さんのような美しい血になるから」と言ったというー。
赤合羽の坊主とこの女は同じ災厄の襲来を口にする。もう予想できますよね。
最初は設定的にも色的にも地味だな、と思う。でもどんどん色彩と怪しさが増幅し共鳴していく。いやーさすがですね。ラストも絵画的な感覚があります。
いつもながら細部まですべて分かるわけではなく、特に最初のほう、先生と小使い源助の会話はちと意味が取りにくい。でも独特の泉鏡花風味の土台となっている気がします。独自の感性の発露ですよね。最高傑作とも言われる「春昼」「春昼後刻」も変幻自在の中で印象深い場面、色を、読み手が自然と想像するように持っていってるのではないかと思いました。
魔術のよう。余人を持って変えがたい筆致という気がします。ちなみに絵の入った目で楽しめる本も出てるようですね。探してみようかな。
いつもながら、いいな。読むのが楽しい泉鏡花。また気が向いたら青空文庫しよう。
2月書評の1
節分には鬼もの^_^宮仕えの貴族と陰陽師、2人の美少年が都の御所で怪異に挑む、幻の?ライトノベル復刻版。
闇、というのは京都に似合う。時は平安京遷都から150年ばかり経った貴族文化全盛の頃。1000年以上前の夜の闇はさぞかし深かっただろう。
「いま身を浸している夜は平安時代と地続きなのだ」
ある現代小説で夜の京都御所を突っ切る場面、そんな文章が綴られているのを読んで、ホントにそうかも、と思ってしまった。
梨壺の更衣の女房が宮中で惨殺された。近衛府の武官、15歳の夏樹は同年輩の陰陽生・一条と知り合い、2人で馬の頭部に人間の身体を持つ馬頭鬼をおびき出すー。
「ばけもの好む中将」の著者、90年代に人気だったシリーズの復刻版だという。亡者を責め苛む地獄の獄卒であり筋骨逞しい馬頭鬼、さらに弘徽殿の女房で夏樹のいとこ・深雪など1巻にしてシリーズで活躍しそうなキャラを置いている。明らかに夏樹を狙っている男色の上司、一条の若き師匠など、新たな展開、深掘りもありそうだ。
鬼好きで、京都はお出かけコース。歴史としては京都の前の奈良・飛鳥の方が好みではあるけれど、やはり平安の雅やか、華やかさがあってこそ怪異がよくマッチする。この類のライトノベルは多いが、たまに読みたくなって、いまのところ食傷気味になることはない。京都といえば百鬼夜行。晴明神社や一条戻橋にも行かねば。冥府とつながる井戸のある六道珍皇寺にも行って小野篁にも挨拶を。
会話や行動に好ましい若さが見られる。愛読していた現代ものの作品に似ている気がして、もう少し読んでもいいかなと思う。ぜひ牛頭鬼も出してほしい、というか、出るんだろうな。シリーズ復刊してるみたいだし、次に手に取る機会を楽しみにしよう。
1月書評の12
◼️ Authur Conan Doyle
"The Adventure of the Lion's Mane"
「ライオンのたてがみ」
シャーロック・ホームズシリーズ、最後の短編集"The Case-Book of Sherlock Holmes"「シャーロック・ホームズの事件簿」の終わりから4つめの事件、1926年の発表。短編原文読み、56のうち42篇め。3/4行きました。まだ先はありますねー。マラソンでも30km過ぎたとこですね。私は各短編集から1つずつ読んでいるので「冒険」「思い出」「帰還」「事件簿」それぞれまだ残っている状態。ちなみに「最後の挨拶」は収録作品数が少なく残りはラストの「最後の挨拶」のみです。
さて、今回はホームズがロンドンから南、英仏海峡に面したサセックス丘陵で、1903年の隠退後、養蜂の研究をしながら暮らしていた頃のお話です。1907年7月末のことでした。ワトスンは週末に時々訪ねてくる程度の付き合いになっていて、「白面の兵士」と同じくホームズ自身が執筆しています。
当地でのホームズの住まいは南側の斜面にあり、白亜の絶壁の上にありました。なんか宮沢賢治のイギリス海岸を思い出しますね。崖から下る一本道があり、下には100ヤードほどの小石の海岸が広がっていました。満潮のたびに新鮮な水に入れ替わり、岩の間に遊泳ができるプールのようなものがありました。ホームズもよく泳ぎに行っていたようです。
うら寂しい住まいにホームズは老齢の家政婦〜多くのシャーロッキアンにはハドスン夫人と目されています〜と共に暮らしていました。半マイル、800mほどですね、離れたところにはスタックハースト校長の職業訓練施設「ザ・ゲイブルズ」があり多くの学生が教員とともに生活を送っていました。ホームズはスタックハーストと親しくしていて、互いの家を訪問し合う間柄でした。
さて、gale、ホームズ物語にたまに出てくる季節風、が吹き荒れ、嵐が様々なものを洗い流した気持ち良い朝、ホームズは散歩の途中でスタックハーストに会いました。理学修士を持つ青年教師、フィッツロイ・マクファーソンが例の崖下のプールに泳ぎに行っていて、自分も向かうところだとのこと。マクファーソンは心臓疾患などを患ったことがありましたが、運動好きで、ホームズとプールで会い、一緒に泳ぐこともありました。実直で素晴らしい人柄だったとのこと。
その時、マクファーソンの姿が崖の上に現れました。ふらふら歩いたかと思うと、次の瞬間両手を上げ、恐ろしい叫び声を発して、倒れました。ホームズたちが駆けつけて抱き起こした時、すでに彼には死が迫っていました。真っ白な頬にぼんやりして落ち窪んだ眼、必死で何か警告をするように言葉を口にしました、不明瞭で聞き取れなかった言葉の最後、ホームズの耳には
"the Lion's Mane"
ライオンズ・メイン、「ライオンのたてがみ」と聞こえました。一度身を起こしたスタックハーストはすぐ横ざまに倒れ、息を引き取りました。
ホームズは経験からすぐさま観察と捜査を始めます。マクファーソンはバーバリーのコート、ズボン、紐の解けたズック靴を身につけ、コートは掛けられていただけでした。ホームズたちは死体を見てぎょっとします。
His back was covered with dark red lines as though he had been terribly flogged by a thin wire scourge.
彼の背中は、一面に赤黒い線で覆われていた。あたかもなにか細い針金かなにかでひどく鞭打たれたかのように。
このみみず腫れは脇腹や肩へも回り込んでいて、凶器は柔軟性のある武器と思われました。変形した表情が苦痛の凄まじさを物語っていました。
そこへ訓練施設の数学教師・イアン・マードックが来ました。背が高く、色黒、痩せ型、むっつりして打ち解けず、友人がいないタイプ、生徒たちにも変人と見られていました。癇癪持ちで、一度などスタックハーストの犬をガラス窓に投げつけたことがある男。同僚の死で動揺するマードックに、ホームズは警察を呼んでくるよう言います。
辺りには誰もおらず、遠くに2、3の人影が見えるだけ、ホームズは崖下への道を歩きました。足跡はマクファーソンのものだけでした。途中指が坂の方を向いた手の跡、丸い窪み、それは彼が登ってくる時に手をつき片膝をついたことを表していました。
引き潮が残した大きな水溜まりのところでマクファーソンは服を脱いでいた、畳んで置いてあった乾いたタオル、マクファーソンは準備をしながらも水に入らなかったかもとホームズは見ます。服はボタンをかけておらず、唐突に急いで身につけた様子でした。泳ぎに来て、服を脱いだ状態の時に残忍な方法で鞭打たれた、とホームズは考えます。辺りに人が隠れそうな場所はなし、近くに2、3隻の漁船の姿はあり。
遺体の所に戻るとconstable、巡査が来ていました。丁寧にメモを取り、ホームズを脇に呼んで
"I'd be glad of your advice, Mr. Holmes. This is a big thing for me to handle, "
「ホームズさんにアドバイスいただけるとありがたいです。私には荷が重すぎる事件です」
ホームズは医者と直属の上司を呼ぶ事、何も動かさない事、できる限り新しい足跡をつけない事を指示し、遺体のポケットを探ります。女性の筆跡で書かれた手紙がありました。
I will be there, you may be sure.
MAUDIE.
「あそこに行きます。きっとよ。モーディ」
ホームズは一旦朝食を摂りに家に戻ります。しばらくしてスタックハーストがやって来ました。遺体はザ・ゲイブルズに安置された、崖下には何も見つからなかった、スタックハーストがマクファーソンのデスクを調べたところ、抽斗からフルワースのミス・モード・ベラミーとの間に親しい手紙のやりとりがあったことが分かった。
マクファーソンが単独で、幾人かの生徒と一緒でなかったのはマードックが代数の証明をやると突然言い出してきかなかったからとのこと。また、犬のことで諍いはあったものの、マクファーソンとマードックは本当の友人だったとスタックハーストは断言します。
モード・ベラミーについては、漁師から身を起こし、今や一帯の舟と海辺の小屋全てを所有する財産家、ベラミー老人の娘でその美しさで評判でした。スタックハーストはマクファーソンがベラミーに好意を持っているのは知ってたが、ここまでの仲とは気づかなかったと言います。
モード・ベラミーに会う必要がありました。ホームズはこの地方の交友関係は限られていて、各方面に当たって絞り込んでいけば、やがてマクファーソンを襲い、殺害した犯人とその動機に行き当たるとスタックハーストに語ります。このへんワトスンの記述と違い、率直ですね。
ベラミーの屋敷へ向かうと、庭の門からマードックが出てくるのが見えました。何をしてたんだ、という校長スタックハーストの問いに対し、個人的な行動を説明する義務はありません、と不機嫌に突っぱねたマードック。激昂したスタックハーストは解雇を言い渡します。ホームズは心中、逃亡のチャンスを得たな、と感じます。
燃えるように真っ赤な頬ひげのベラミー氏はマクファーソンがモードに言い寄ったこと自体失礼なことだ、承服できかねる、と憤ります。そこへ、当人が現れました。
Women have seldom been an attraction to me, for my brain has always governed my heart, but I could not look upon her perfect clear-cut face, with all the soft freshness of the downlands in her delicate colouring, without realizing that no young man would cross her path unscathed.
私の心は常に脳が制御しているから、私が女性にうっとりすることはまずないが、それでも、彼女の完璧で際立った、その微妙な肌の色に丘陵地帯のすべてのすがすがしさが詰まったような顔立ちに、道ですれ違う若者はみな心を撃ち抜かれるだろうと思わざるを得なかった。
通常女性の担当はワトスンで、いつも事件に関係する女性に関して様々な表現を繰り出すところが今回はホームズの語り。それでも前段はホームズらしいお堅い考えを述べつつ、ちゃんとモードの美麗さを長々と書いていますね。ドイルはたぶん、ともすれば陰湿なだけの事件捜査に華をもたらす効果を計算していると思われます。女性関係はいかにも犯罪の動機であり得るというイメージも考えてるのではと思います。ホームズ物語は騎士道精神の発露、という側面もあったりするので余計そうなるのかもですね。
フィッツロイが亡くなったことは知っていますので心配しないでください、とモードは自ら話します。
あんたんとこの別の先生が知らせたわけだ、と父ベラミー、息子で兄のウィリアム・ベラミーは妹が関わる筋合いはねえ、と唸ります。これは私の問題よ、と釘を刺し、殺人犯人の捜査に協力の意向を示します。モードはマクファーソンとは結婚の約束をしていた、でも彼の叔父の意に反した結婚をすれば遺産が彼にわたらないかもしれなかったために秘密にしていたと告白します。財産家の父親が一介の教師との、身分違いの結婚に偏見を抱いたし、と。
ホームズがマクファーソンの手紙に関する話をすると、あれは返事だったと、マクファーソンからの手紙を取り出します。今夜の逢引きの約束でした。誰がこの手紙を届けたか、その点だけにはモードは口をつぐみます。しかし自分を想う男性が何人かいたことを認め、マードックもかつてその1人だったが、マクファーソンとモードの仲を知ると彼は変わった、と話しました。
その後1週間は何の進展もなく過ぎました。ホームズもまた解決の糸口を見出せていませんでした。
きっかけは地方の話題を取り上げるラジオの番組でした。ハドソンさんであろう、そうあってほしい家政婦が情報を聴き、マクファーソンの飼い犬が死んだことが近所で話題になってるとホームズに話しかけたのです。主人の死を悲しんで1週間何も食べず、ついにはマクファーソンが災難に遭ったのと同じ海岸で死んでいた、と。
"down on the beach, sir, at the very place where its master met his end."
「浜辺で倒れてたって。主人がこと切れたまさにその場所で」
まさにその場所で、という言葉にホームズは強い違和感を覚えました。犬が悲しんで死んだのはその忠誠心で、聞かない話ではありません。しかしあんな侘しい場所に行く?ホームズはすぐに発見者の学生に話を訊き、死骸を調べました。あの潮溜りの端に倒れていたという犬の顔、身体には苦痛の跡がありました。
ホームズは海岸前まで歩いて行き、小さな犬の足跡を見つけました。日没直後、暮れなずむ空に闇が降りて来る中、物思いに耽ります。
You have known what it was to be in a nightmare in which you feel that there is some all-important thing for which you search and which you know is there, though it remains forever just beyond your reach.
読者はご存知だろう。悪夢の中で、極めて重要なものがあると感じている、探し求めて、そこにあるとわかっている、しかしいつまでも手の届かないまま、という感覚を。
小道を登りきった時、何かが閃きました。頭の中の無数の知識のどこかにそれがある、帰宅して屋根裏部屋の書庫を探し回り、ホームズはチョコレート色に銀色の本をついに手にして、遅くまで読み耽り、翌朝の調査を心待ちにして寝に入りました。
ところが翌朝、サセックス警察のInspector
Bardle 、バードル警部がやってきて、マードックを逮捕するかどうかホームズに相談を持ち掛けます。マードックは癇癪持ちでかつてマクファーソンと諍いもありました。加えてモード・ベラミーをめぐる恋敵でもあった。警部はこれらを押さえた上で悩んでいました。ホームズは反論します。
マクファーソンが死んだ朝、マードックは学生たちに代数を教えていて、ホームズたちの後から来た、つまり完全なアリバイがあります。また、たった1人で頑健なマクファーソンにひどい傷を負わせることは難しい。マードックは痩せっぽちでした。また凶器も見つかっていません。
その後ホームズは傷の拡大写真を持って来て、みみず腫れにポツポツと出血の点があることを指摘しました。凶器についてバードルは焼けた金網かコブの付いた懲罰用の九尾の猫むちではと考えているようでした。ホームズはさらに、いまわのきわにマクファーソンが発した
"the Lion's Mane"
という言葉のことがある、と主張します。
事件解決の確証はないのか、いつ手に入るのか、と訊くバードル。1時間か、それ以内に、と答えるホームズ。疑わしげに顎をさすりながら警部が犯人はあの漁船にいたのか、ベラミー父子か、と詰め寄っていた時でした。
扉がパッと開き、よろよろとマードックが入って来てソファに倒れ込んだのです。ブランデー!と叫びながら。後ろからスタックハーストも入って来ました。瀕死のマードックをここまでようやく連れて来た、と説明しました。
"For God's sake, oil,opium,morphia!"
"Anything to ease this infernal agony!"
「お願いだから、油、アヘン、モルヒネ!なんでもいい、このひどい痛みをなんとかしてくれ!」
あらわになった背中を見て、ホームズと警部は声を上げました。マクファーソンと同じ、網目状の赤いみみず腫れが広がっていたのです。
死の激痛に苛まれたマードックの苦しみ方は凄まじく、呼吸は一度止まり、その後汗びっしょりでうめきながら心臓を強く叩きました。ブランデーがどんどん口から注ぎ込まれました。サラダオイルに浸した脱脂綿で手当てがなされ、なんとか生命を繋ぎ止めたマードックはぐったりとして気を失いました。
命に別状ないようだと見てとったスタックハーストは猛然と話し始めました。
"My God!"
"what is it, Holmes? What is it?"
「ああ!どういうことなんだいったい?ホームズさん、なんなんだ?」
スタックハーストはホームズの質問に答え、崖の上を歩いていたら悲鳴が聞こえた、マクファーソンが襲われたあの浜で水際をふらふらと歩いていた、服をかけて引っ張り上げなんとか近くのホームズ宅まで運んできた、とまくしたてます。
"For heaven's sake, Holmes, use all the powers you have and spare no pains to lift the curse from this place, for life is becoming unendurable. "
「お願いです、ホームズさん、あなたの力でこの地から呪いを取り去ってください。もう耐えられません」
"I think I can, Stackhurst. Come with me now!And you, Inspector, come along! We will see if we cannot deliver this murderer into your hands."
「できると思うよ、スタックハースト。さあ来てくれ!警部、あなたも一緒に!この殺人犯を警察に引き渡すことができるかどうか確かめにね」
度をなくした校長に、冷静でどこかすっとぼけたようにも聞こえるホームズのセリフ。このお話の結末を知らない方、なにか目星はつきましたか?
一行は死神のいる、呪われた浜辺に着きました。崖下のえぐれているところは水深が4〜5フィートあって、水晶のように美しい緑色をした透明なプールになっていますから、泳ぐ者は自然にそのエリアへと向かいます。
最も深い、静かな水をたたえているところを覗きこんだホームズは勝利の雄叫びを上げました。
"Cyanea!"
"Cyanea! Behold the Lion's Mane!"
「サイアネアだ!サイアネア!ほら見ろ!ライオンのたてがみだ!」
それは実際、ライオンのたてがみから引きちぎって来たような、もつれた毛の塊でした。黄色いふさふさした髪の間に銀色の模様が見える生物が、深い岩棚の上に、膨張と収縮を繰り返していました。
"It has done mischief enough. Its day is over!"
「さんざん悪行を重ねたな。これで終わりだ!」
ホームズたちは大きな岩をそれの上に落としました。海の殺人犯は潰れて体液が海に浮いていました。
小屋へ帰ると、マードックは身を起こすくらいに回復していました。ホームズはJ•G•ウッドの「野外生活」という本を取り出します。そこには、著者自身がサイアネアに襲われて急死に一生を得た体験が載っていました。
学名サイアネア・カピラータ、ライオンのたてがみのような容姿に銀紙のような模様、ほとんど目に見えない無数の触手は半径50フィート、約15mですね、にも及ぶ、stinger、毒針を持った生物。実在の、クラゲの一種らしいです。
多数の毒針に刺されると、肌に鮮紅色の線が浮かび、線には無数の膿疱ができる。その膿疱が灼熱の針が神経を突き刺すような痛みを引き起こす。例えとしてはコブラに噛まれるのと同じくらい生命の危険があり、痛みは遥かにひどいと。著者は心臓の鼓動が止まったり逆に激しくなったりという状態になり、ブランデーを1本がぶ飲みしてようやく生きのびたとのこと。
マードックは友人と同じ災難にさらされたことで身の潔白を証明できた、と苦笑いします。ホームズは、目星はついていて、早朝に確かめに行くつもりだった、今回のことは防げたかもしれないと釈明します。バードル警部の訪問が邪魔したわけですね。まあ物語の流れとしてはよく出来ていますよね。
マクファーソンは、モード・ベラミーのことについて話します。最初は好意を抱いていたが、マクファーソンとの仲を知ってからは協力者となったと。モードが話そうとしなかった、手紙を届けるメッセンジャー役はマードックのことで、疑いが向くといけない、とモードは口を閉ざしたのでした。マクファーソンの死を真っ先に知らせたのもマードックだったのですね。スタックハーストとマードックは和解、無事解雇は取り消されました。
2人は仲良く出て行きました。残ったバードル警部は
"Well, you've done it!"
"I had read of you, but I never believed it. It's wonderful!"
「やりましたね!本で読んだときは(ホームズの能力を)まったく信じていませんでした。でも本当に見事です!」
信じられなかった、と訳すこともできますが、こんなことあるわけないだろ、と思っていた方が面白いのでそう書きます^_^
To accept such praise was to lower one's own standards.
「こんな称賛を受け入れることは、自分の基準を下げることになる」
ホームズらしいな笑と。出だしでつまずいて対応が遅くなった、乾いたタオルを見てマクファーソンは水に入っていないと思い込んだ、と失敗の弁を口にした後、
"Well, well, Inspector, I often ventured to chaff you gentlemen of the police force, but Cyanea capillata very nearly avenged Scotland Yard."
「まあまあ、警部、僕はしばしば君たち警察のことをからかってきたけども、サイアネア・カピラータにあやうくスコットランド・ヤードの恨みを晴らされるとこだったね」
これで終了です。
いかがでしたでしょうか。コナン・ドイルのホームズ独白編の、ワトスン執筆編との書き分けもおもしろいですね。
ホームズ物語の中ではトップクラスの意外な犯人、犯クラゲ?ですね。科学全般に詳しいホームズの特徴を活かしてもいます。
あまり有名作とは言えないですし、本格的な捜査の結果、トリックを解き明かし犯人を逮捕する、というものではないですよね。しかし私はこの作品は最も印象に残る作品の1つだと思っています。
残虐な傷のインパクト、サイアネア・カピラータという異形の恐ろしい生物、ライオンのたてがみ、というキーワード。好きなエピソードです。
ホームズ物語は、長編「緋色の研究」が1887年発表、最後に執筆された短編「ショスコム荘」が1927年でその間40年。電報、ガス燈、馬車の時代から世の中は電話、電灯、自動車へと移り変わりつつあり、その流れが作品にも現れていることも特徴の1つです。
今回ラジオが出て来ますね。radioではなくラジオの受信機を指すwirelessと言う単語を使っています。電波を使った不思議な受信機からヒントが降ってくる、という時代感もいいですね。限定的なラジオ放送が始まったのはちょうどこの頃です。どれくらい普及していたんでしょうね。人々の受け止め方も興味深いです。
というわけでおしまいです。サイアネア・カピラータ!🪼🪼