2019年8月31日土曜日

8月書評の8




いつものようにあまおうチロリアン買ってきてお茶うけ。暑さも落ち着いてきたかな。

◼️白川紺子「後宮の烏」


架空の中華の国が舞台。宮廷妖しラノベ。


帝の妃ではあるが共寝はせず、不思議な術を使うという烏妃を訪ね、時の帝・夏高峻は夜明宮へ向かった。初めて会った烏妃は156歳の少女で、帝である高峻にも物怖じせずズケズケとものを言い、牡丹の花で妖術を現出した。高峻は翡翠の耳飾りの持ち主を知りたいと頼む。


皇太后と高峻の権力争い、前政権から今も続く残党狩りー。その狭間で犠牲になった者たちの霊を楽土に送るべく奮闘する主人公の烏妃・寿雪の姿が描かれている。


寿雪は身の回りのことをする老婢女1人だけを置いて孤独に暮らしていた。高峻は折に触れ寿雪を尋ね、あれこれと頼みごとをするようになる。寿雪は高峻に厳しい口をきくが、やがて孤独と不幸に塗り固められた心が少しずつほぐれてくる、という成り行き。実は高峻も深い悲しみを背負っていた。


抜群の妖力をもつ少女の妃さまは籠って暮らしていたから世間知らず。そして前政権に関係があり細心の注意を払って日々過ごしている。


飄々とした高峻が寿雪を美味しい食べ物で釣ったりするのが微笑ましい。頑な寿雪が少しずつ少女らしくなっていくのが読みどころ。


続きを読もう。


◼️白川紺子「後宮の烏  2


いい感じの波が・・ゾッとする怖さと獣臭さ、強さ。こうでなくちゃね。


帝の妃ながら共寝はせず、人ならぬ力を使って幽鬼を救う烏妃、16歳の寿雪。依頼に来た少年、衣斯哈(イシハ)を折檻しようとした宦官を止めた寿雪。その宦官は寿雪の瞳の中に化け物がいる、と寝付いてしまう。やがて獣に喉を喰い千切られた宮女の死体が見つかり、寿雪を抹殺しに来たという宵月が姿を現わす!


衣斯哈(イシハ)もやがて烏妃付きの宦官となり、孤独だった寿雪の周囲は賑やかになっていく。ライトノベルのパターンですね。人が増えるということは、危険も増すということ。


その一方で少しずつ自らの秘密が明らかとなり、寿雪は衝撃を受ける。しかしそれを和らげるのもまた帝・高峻をはじめとしたまわりの愛情。


だいたい1巻にいくつかはヤマ場が欲しいところ、今回は妖しくおどろに、そして生臭くクライマックスが設定されている。面白かった。やっぱりこうでなくてはね。


また別の感想。中華の着衣、習慣その他に細かいところまで通じているのはすごいと思う。加えて、この方は言葉の使い方が巧みで語彙も豊富、文章に惹かれるものがある。


ストーリーに没頭して次は次はと読む中、さらさらと読み流してしまうさりげない文章にレベルの高さがほの見える。日本のラノベ、下支えも工夫度が高い。


なんかちょっと上橋菜穂子氏を思い出してしまうかな。次が楽しみだ。


◼️ボニー・マクバード

「シャーロック・ホームズの事件録

                                            眠らぬ亡霊」


エネルギッシュで新しい、読みごたえのある長編パスティーシュ。ホームズが感情的に過ぎる気もするが、まあこの類は気にしちゃいけない^_^


1889年、バスカヴィル家の犬事件の後ー。ホームズとワトスンのもとをアイラ・マクラーレンという聡明で美しい女性が訪れる。スコットランド有数のウイスキー醸造一族、その次男の妻で、部屋付きメイドが行方不明になり、髪を剃られた状態で見つかったと訴える。ホームズは内輪の恋愛沙汰と取り合わなかった。


兄のマイクロフトに呼び出されたホームズ。ブドウの寄生虫のためフランスのワインは大打撃を受けており、フランスでは英国のウイスキー業者が仕組んだという見方があると聞かされる。マクラーレン家も容疑リストに入っているらしい。国際紛争になりかねず、マイクロフトは、モンペリエで害虫駆除の研究をしている博士を脅迫者から守って欲しいと弟に依頼する。折しもマクラーレン一族は近くの冬の保養地に移動中だという。


不幸に取り憑かれた一族の闇、そこにホームズの過去が絡むー。


エミー賞を受賞した映画脚本家・プロデューサーでもある才女ボニー・マクマードのホームズ・パスティーシュ2作め。前回2016年出版の「芸術家の血」も結構な勢いで読み進んだが今回も530ページくらいの本を会社行きながら2日で読み切ってしまった。


格闘あり、残虐性多少あり、魅惑の女性そしてもちろんシャーロッキアン性大いにありの、まるでジブリの映画ような、機械性のある壮大な舞台空間で繰り広げられるエンタテインメント。


とにかくエネルギッシュ。アメリカものの冒険活劇を観ているよう。まさに著者にとっては自分のフィールドだろう。創造力の大きさに感心してしまった。


今回のポイントはやはりホームズの過去の創作だろう。ハイスクール、カレッジ時のホームズの恋と宿敵の物語。最後に大きなネタばらしがある。ホームズの学生時代におけるモリアーティの存在を示唆するくだりもある。


時代考証もよくなされているようで、劇中にはメアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」やヴェルヌの小説への言及が見られる。著者は自分のウェブサイトにこれらの注釈を書いているらしい。また著者の謝辞がユーモラスでキュート。


まあまあ、あらすじを見ると英仏間のいさかいの元は荒唐無稽に感じるし、ホームズはどうも感情的で頑なだ。ライバル?のフランス人探偵必要か?とも思うし。


女性の視点ならではのロマンティックさ、勝ち気さも感じる作品。保守的なシャーロッキアンの私にとっては物足りなさも感じる反面、新しい創造性となによりその熱量に押されたってとこかな。

8月書評の7






福岡から帰る当日は午前中福岡城址の鴻臚館跡、私にとっては平和台球場跡へ。

子供の頃から大学生まで、よく野球観に行った。西鉄福岡駅から新天町、西鉄グランドホテル前を通って、裁判所が見えるお堀端を歩くのが好きだった。


◼️「アニメーション文化55のキーワード」


アニメーションには、新しいパワーを感じている。


アニメーションは、命のないものに命を与えて動かす(animateする)、という意味をもつ。


まえがきにあった言葉で、意外に浸みた。読み終えて、基本だったな、と改めて思った。


さて、「文化」としてのアニメーションの成り立ちや移り変わりを、キーワードごとに解説した本である。文調、事象の紹介の仕方も学術的。最初はやや戸惑った。


1  アニメーションの源泉と文化

2  アニメーションと文化現象

3  アニメーションとイデオロギー

4  海外文化とアニメーション

5  アニメーションと消費文化

6  ファンの受容とファンダム


で、構成されている。章の中のキーワードごとに歴史的事実や事象を羅列、分析してまとめてあり、強い主張が入っているわけではない。私が感じた部分を少しずつ。


◇文芸アニメ


児童文学はアニメーションの制作者に大きな影響を与えている。こないだも「千と千尋の神隠し」をテレビで観てて、「ああ、これ、銀河鉄道だな」と思ったシーンがあったが、そのことも書いてあった。ジブリを例に取り、宮沢賢治をはじめヴェルヌなど国内外の児童文学とアニメーションとの関係が、章最初の方に説明されている。


1章、私的には、児童文学の次のキーワード、日本文学の文芸アニメーションが気になった。樋口一葉、森鴎外、夏目漱石、川端康成、泉鏡花らの作品をアニメ化したアニメシリーズ「アニメ文学館」というのが1986年にあったらしい。やば、観たくなってきた。


文学とアニメーションでは表すものが違う。文章を読んで想像しているだけでは見えないもの、やっぱり主要キャラの顔も気になるし^_^当時の常識的な衣装とかふるまいを見てつかめるものは意外に大きいかもしれない。


ここでは「伊豆の踊り子」を例に挙げて教育的配慮や原作との相違について分析している。


◇ミラジェンヌ


ライトノベルはもちろんアニメーションの源泉であるが、桑原水菜の歴史サイキックアクション、しかもBL要素もある「炎の蜃気楼(ミラージュ)」シリーズは今でいう歴女のはしり"ミラジェンヌ"を生み出したらしい。そこで心がひっかかった。大人気で舞台化もされ、昨年まで続いてたらしいから読んでみようかな。


2章はやはり気になるものが多かった。


◇スーパーロボット、SF


永井豪が創作したマジンガーZは人間がロボットの頭部に搭乗し操縦する初のロボットで、スーパーロボット史の中では、そのアイデアが革新的として評価されるということだ。ちなみにスーパーロボットという言葉もマジンガーZの主題歌から来ている。機動戦士ガンダムも含めて観てたし、スーパーロボットアニメ好きだった。


これらの作品にはまたSF的世界観の設定が欠かせない。スターウォーズ、宇宙戦艦ヤマトの全盛期を体感してきた世代には実にノスタルジーを感じる内容になっている。


◇魔女、魔法使い


現在に至るまで魔女、魔法使いを主人公にしたアニメーションは枚挙にいとまがない。魔女、魔法使いのイメージ、歴史的変遷を述べ、「奥様は魔女」などのコメディでは親近感の湧くキャラ設定となってきたとか。

んー、姉がいたからよく観た気が。「魔法使いサリー」が白眉かなやっぱり。


◇スポーツ


「アタックNo.1」から「ユーリ‼︎!on  ICE」まで。マンガから実際の選手のキャラとなったものに「ドカベン」「YAWARA!」を挙げている。「キャプテン翼」の大空翼は劇中バルサに入団するが、実際のバルサでも翼が入団したことになっていて、劇中の背番号が永久欠番になっているとか。知らなかった。アニメーションのパワー恐るべし。


◇ゾンビランドサガ


アニメーションで描かれるホラー文化、特にゾンビを取り上げているが、代表的な事例として昨年10月から12月に放映されたアニメーションで、一度死にゾンビとして蘇った少女たちがご当地アイドルグループを結成し佐賀県を盛り上げるという内容でネットユーザーの賞を獲得した、というのが出てくる。タイトルのコミカルさとともに福岡出身としてはよく知る佐賀県をどうやって盛り上げているのか気になった。


4章では各国のアニメーション歴史、進化が集められている。気になったのはドイツ。


世界初の長編アニメーション作品「アクメッド王子の冒険」の制作者はロッテ・ライニガーという女性。切り絵の人形と影絵劇を融合させたアニメーションで「アクメッド王子」は無声映画だったが、以後音楽、台詞、また彩りを加えたりした作品を制作したようだ。


影絵は表情もつけられない。多くは色もない。ライニガーは人形の造形や動きを工夫し想像力を刺激した。掲載されているDVDや展示の写真が印象的で、観てみたいと思った。「命のないものに命を与えて動かす」のが実感できそうな気がする。


それから「カリメロ」。てっきり日本アニメと思っていたら、元はイタリアの作品とのこと。アニメーションで日本とイタリアの結びつきは強く共同製作も多くなされ、「紅の豚」をはじめイタリアにインスピレーションを得た日本作品は非常に多いそうだ。目から鱗だった。


終盤の二つの章ではキャラクタービジネス、テーマパークから、コスプレイベント、聖地巡礼などを取り上げている。


商品の許認可制度は手塚治虫が始祖だった、とか、コスプレイヤーが現れてきたのはスタートレックやスターウォーズのファンイベントだったとか興味深い知識がたくさんで楽しく読んだ。


アニメーションというとあまりにもたくさんのジャンルがあり膨大な作品量だ。ディズニーだけでもどんだけ?という感じ。視野を世界中に広げ、歴史という俯瞰で見ると気の遠くなるような数である。


その本では、雑多な状況、現象を整理し、これまで体験してきた日本や海外のアニメの位置付けと最新の動向を知ることができた。


アニメというと想い出もあり感傷的にもなる。ジブリ他のヒット作品にいかにも日本らしいリアリティや気の利いたユーモア、好ましいバイプレイヤー、選び抜かれた言葉なんかが詰まっているのを心に浮かべたりする。


そういう下地があって、アニメーションと、アニメーションに動かされる人々の関係性はさらに新しい時代に向かいつつあるのかも知れない。「君の名は」以降、これまでになかったパワーを感じてしまう。



ただドイツのライニガーや、子どもが小さい頃よく観ていたクレイ(粘土)アニメーションの「ひつじのショーン」のことを考えるとき、「命のないものに命を与えて動かす」というアニメーションの本来の意味が輝きを帯びてくる気がする。それはとてもポジティブでサステナブルな感覚。得たものは多い。


啓発されました。はい。

2019年8月24日土曜日

8月書評の5

お盆の週、後の土日に帰省。初盆。法事の後糸島周遊ドライブ。芥屋の大門から海沿い、塩プリンを売ってるとこへ。学生以来か、覚えてないが、久しぶりに夏らしい風情を海で感じた。


塩プリン美味かった。すごい人気らしい。


◼️ハーバート・ジョージ・ウェルズ

「タイムマシン」


明るい話ではないが、やっぱり胸踊る。


HG・ウェルズは若い頃に「透明人間」を、最近になって「宇宙戦争」を読んだ。透明人間はちょっと児童向けっぽい色合いが強かった憶えがあるが、どちらもなかなかよく出来ていて、愉悦に浸りながら読んだ。今作は1895年に書かれたSFエンタメの嚆矢的作品。シャーロック・ホームズが後の探偵像を決定づけたように、現在に至るまでのモデルとなった意味合いがある。まあいずれ出てたかもとは考えちゃったけど。


「私」を含めた文化人数人を招き食事会を催した「タイムトラヴェラー」は皆の前に傷つき薄汚れた格好で現れる。自ら考案開発したタイムマシンで802701年の未来に行って来たと言い、その体験談を語りだす。未来に着いた早々何者かにタイムマシンを盗まれた彼は途方にくれる。出逢った未来人「イーロイ人」は極端に小柄で童顔、無邪気で男女の性差が少なく、廃墟のような建物に集団で住み、闇を恐れていた。やがて彼はウィーナという女性と仲良くなり、イーロイ人が恐れている獣のような存在、モーロックに気付くー。


ヒント出すから息子に何読んでるか当ててみ、と持ちかけた。ちょっと昔の外国の有名な作家、ジャンルはSF・・と少しずつ言うが当然まったくわからない。「タイトルの最初は『タ』で6文字、じゃあ大ヒント、ドラえもん、5秒以内!」


「タ、タ、タケコプター!」


まあそうなるよね^_^


この小説に出てくるタイムマシンは座席があって、レバーと計器があって、とドラえもんのタイムマシンを逆に想像させるものだった。


未来の現実はなかなか明るくない。


光の未来人、闇の未来人と書き分けるし、ワクワクする要素は充分すぎるほどあるのだが、「透明人間」「宇宙戦争」と違って明確なオチ、回答はない。続きをたくさん書けるよね、というところで終わっている。まあ長きにわたってあまりにもたくさんの物語のベースになる話は想像力を掻き立てるくらいのほうがいいのかも知れない。


ウィーナの行方の謎なんかまさにto  be

continuedものなんだけど、ちょっと情が薄いというか。


さて、「タイムマシン」自体はそんなに長くない小説なのだが、この本には補説とかウェルズとは、この小説の位置付けとは、ウェルズ年表と盛りだくさんで全体的には小難しい説明が多かった。知識もたくさん。


亜光速で宇宙を飛んだとして中に乗っている人の時間の流れは地上よりも遅くなるから、元の地点に戻った搭乗者は時間が早く進んだ未来の姿を見ることになる。これを浦島効果もしくはリップ・ヴァン・ウィンクル効果という。近年ニュートリノが光よりわずかに速く進むという実験結果がニュースになった際、アインシュタインを父とする現代物理学は根底から揺らぎ、空想世界の時間旅行の手段であるタイムマシンもほんの少し現実味を帯びてくる、ということでこの小説が注目されたらしい。未来へ向かう時間旅行は理論的には可能とされているらしい。


「リップ・ヴァン・ウィンクルの花嫁」ってここから来てたんだ。それに、もちろんアインシュタインの理論は知っていたが、未来への時間旅行が理論的に可能とは知らなかった。。いろいろエウレカである。


ディストピアっぽい色合いのある話。何事も原点を知ると気持ちがいい。興味深い一篇だった。


◼️椹野道流

「最後の晩ごはん  かけだし俳優と

                                     ピザトースト」


毎度うまくペースに乗せられる。うーん、ハマってるわ。


元イケメンタレントの五十嵐海里は女優とのスキャンダルから芸能界を追放同然の身となり、いまは兵庫・芦屋市の「ばんめし屋」で住み込みの料理修行をしている。眼鏡の付喪神で英国紳士の姿に化けられるロイドと店長で師匠の夏神とともに充実した日々を送っていた。ある日、後輩の里中李英から、著名な大御所的俳優、ササクラサケルの神戸公演に急遽出ることが決まったから読み合わせを手伝って欲しいと頼まれた海里はカラオケボックスで練習に付き合うが、そこへ芝居が好きらしい幽霊が現れるー。


小説家、淡海から「役者の道には戻りたくないかい?」と訊かれた海里は、自分の心に問いかけることになる。


そこを起点として、微妙に揺れる海里の心、直球を突っ込むロイド、思いやる夏神、芝居好きの幽霊の背景をゆっくり描いていき、全てを昇華させる。


クライマックスを生むアクシデントは出来過ぎで、まあそこは物語ということでってなもんだが作品全体の持って行き方は上手だな、と感心してしまった。日本のラノベのレベルは実はかなり高いんじゃないかと勝手に思っている。文化である。


芦屋の竹園の肉、新神戸オリエンタル劇場、さんちか、など親しんでいるところもたくさん。ビフテキをはじめカルボナーラもどき、デザートのセミフレッドなど美味しい彩りも散らしてあって、満足なのでありました。








8月書評の6







法事翌日は阿蘇へ。本当に久しぶり。草千里は人も牛も少なかった。目当てのひとつ焼きとうもろこし食べて満足。大観峰は素晴らしい。私1人何十年来なくても変わらない。

黒川温泉って阿蘇に近いのね。

楽しい帰省でした。

◼️関口尚「ソフトボーイ」


あっと言う間に読める高校ソフトボールもの。んなあほな、という展開だが、巻き込まれてしまう。


佐賀県の高校調理科3年生の鬼塚は幼なじみの野口にソフトボール部設立を持ちかけられる。佐賀には男子ソフトボール部のある学校がなく、自動的に全国大会に出場できるからだ。佐賀の高校野球部の甲子園優勝に感化されたのだった。野口は教頭に許可を取り、少ない男子に声をかけたり取引きしたり脅迫したりしてあっという間に部員を集める。鬼塚もいつも人を巻き込む天才の野口にあきれつつもついていく。そんな折、鬼塚の憧れで高名なフランス料理シェフのジャン・ピエールが来日してワークショップを開催することになり、鬼塚はジャン・ピエールに手紙を出すー。


映画公開に合わせた文庫書き下ろしのようだ。まあその、何も考えてないが人を巻き込む才に長けた野口と内気ながらついていっている鬼塚や他の部員たちの姿が微笑ましい。有明海に面した土地柄、田舎の高校が舞台で、母子家庭の鬼塚の環境や夢、そのぎこちなさが響く。


人を巻き込む者にはなぜか天才感、大物感が漂う。こういう巻きまれ方ってあるよね、と思い、巻き込まれてみたい、という読者の願望をも感じる。


ヤンキーもガリ勉も留学生もモテ男も出て来て、マドンナも当然ながら女子マネで、ストーリーもまあコミカルなくらい都合がいい。ひっじょうにありがちなドラマ立てではある。しかしこのキャラと筋だから夢と懊悩をいだくふつうの高校生・鬼塚が余計浮き立つ。笑えるし収まりが良くて清々しささえ醸し出す。


関口尚は「プリズムの夏」、アイアンマンレースが題材の「空をつかむまで」と高校生ものを読み、好感を持っていた。帰省から帰りの新幹線で何読もうかとブックオフに行ったら引っかかった本。


2作は、痛々しいことも描き込んでいた。今作は単純っぽいけど、やっぱり何かを感じる。面白かった。


◼️伊東潤「幕末雄藩列伝」


昔同僚でたまたま幕末の話をしていた時、女性の後輩が、

「もう、どうして男の人って幕末がそんなに好きなんですか?ウチの旦那も大好きで本は山ほど買うわ、しょっちゅう京都行ってるわ・・」と、突然機嫌を悪くして攻撃的なグチをこぼしていた。


男の人だけが好きなんじゃないだろうけど、おっさんのうちけっこうな確率の者が大なり小なり好きなんちゃうやろか。私も、そんなに行動派でも知識があるわけでもないが、やっぱり好きである。


そんな幕末好きには読みごたえのある一冊。活躍した藩ばかりではないのが特徴である。さすがに諸藩をここまで知らなかった。


「王になろうとした男」「義烈千秋 天狗党西へ」などをものした歴史小説家の著者が各藩の幕末を物語風にそれぞれ書き下した本。


薩長土肥という倒幕の主軸を担った藩だけでなく、最初だけだった水戸藩、井伊直弼の彦根藩、さらに佐幕方の中心とも言える、会津藩の事情も描いている。


もちろん幕末は、思想が様々に別れ、局面が次々と変わり、諸藩にとっても難局であって、みな右往左往している。その様子が上手に取り上げられている。面白いのは、長きにわたり大大名だった加賀藩など、徳川幕府で重職をしていたり石高の高い大名は得てして身動きがとれなくなっていたこと。


また戊辰戦争が勃発し、諸藩が一斉に新政府軍へ靡く中、長岡藩や請西藩のような小藩のほうが自在に動き、新政府軍と縦横に戦ったイメージ、傑物もいたような印象を受けること。


特に長岡藩の河井継之助は、藩財政を改革して得た余剰金でアームストロング砲やガトリング銃なんかを購入して、新政府軍と果敢に抗戦しており面白い。


幕末の歴史を追っていると、やはり長州の動きはハデで、中心的存在だと思う。しかし諸外国に攘夷を決行して報復攻撃にさらされ、さらに国内的にも長州征伐でやられているから、藩の政治勢力や思想の動きは実際のところどうなんだろう?と思っていたら、ちょっとしたダブルスタンダードを持っていて、粘り腰っぽいところもあるらしく、納得感があった。それにしても禁門の変、四境戦争など長州藩の幕末はダイナミックだ。


帰省先の城の展示物を見て、時代ものもいいな、と読んでみた。だいたい幕末は坂本龍馬とか、薩長連合、新撰組、戊辰戦争あたりになるから、ここまで諸藩のことを詳しく知る機会はなかった。


ちょっと掘り下げる読書でした。

8月書評の5

2019年8月15日木曜日

8月書評の4




大型の台風10号はほぼ予報通りのコースを取って、近畿の私の居住地域は暴風域をかすめるくらいのはずだった、が、15日の当日朝になってみると、暴風域が大きくなり、かつ台風の中心から極端に東に寄っていた。なんちゅうアンバランス。これでほぼ近畿直撃やんか。上陸が近づいてきてデータが集まってきたってことなんだろうか。

(気象にはシロウトなので全部経験則です)
発達しながら北上する見込み、「強い」台風になるおそれがある、という予測は外れて、965hpはこの24時間で975まで落ちた。ただ最大風速は30m、瞬間最大風速は45mのまま。

通常日本付近に来ると海水温が低く陸地も通るから勢力はどんどん弱まる。軽くなるから速度も増す。動きがゆっくりだからそのペースは早いか?注目しとこう。

山陽新幹線は終日運休、東海道新幹線は間引き運転、JR神戸線は昼頃から計画運休。阪急、阪神は運休の発表はない。まあ「強い」にもなってない台風で、最接近は夕夜。実際いま時折パラパラと雨が降る程度。風もあまりない。私鉄としてはこの状況では運休しにくいだろう。

今回関西は台風の東側、危険半円と呼ばれる範囲にわが住まいは含まれる。ただ、暴風域が東に広がったことで、これまでは暴風域の端で夕方以降かなり風が強まる予想だったのが、内側に入ったから、これまでより少し弱まる予測も出ている。

いろいろ予測してプラス材料を探しても、台風は一つ一つ別もので、来てみないと影響は分からない。これもまた経験則。

◼️中西進「万葉を旅する」


三輪山は山そのものがご神体。登ってみましたよ。。


触発されて、図書館で取り寄せて読んでみました。


第一部は「万葉びとの宇宙観」「万葉の道を歩く」「大和しうるはしー三輪とその周辺」「近江から薩摩へ」で、万葉集のベースとなる奈良と当時の時代性、史実と歌と土地の関係などを述べている。


私は数年前、日本最古の神社、大神(おおみわ)神社を訪ねたことがある。御神体は三輪山そのもので、故に本殿はない。入山料を払って、御神体に登る。水分補給以外の飲食禁止、写真撮影禁止。杖貸してもらって、2時間ほどの往復行程。けっこうしんどい。山頂には何もなく、景色も開けなかった。


帰りに寄った三輪そうめんの店で、「食べたら扇風機独占して寝てってもいいですよ〜」と言われた覚えがある。疲労困ぱいが顔に出てたかもしれない。実際近くに纏向や箸墓へ行くエネルギーはとてもなかった。^_^


そもそも近鉄沿線のアクセスの良い奈良や飛鳥に行った時も大和独特の悠久さというものがたしかにあると感じる。しかし三輪山とその周辺は、海石榴市(つばいち)、山の辺の道という雰囲気も相まって、逆に歴史という考え方から脱け出たような気がした。この本でも紹介されている壬申の乱、国際的危機などからまた別のところにある土地のような気がした。もっとこう、空想的な・・。


大神神社はJRからのアクセスはいいのだが、なにせ本数が少なかった覚えがある。近鉄と比べて行きにくいのもちょっと関係あったりして。


第一部で万葉のベース、地域とのつながり概要を述べた後、第二部では陸奥から壱岐・対馬まで一つずつ土地をゆかりのある歌により取り上げる。


北から下って、富士山から北陸、富山は立山連峰がいい感じ。


立山の雪し消らしも延槻(はいつき)の

川の渡瀬(わたりぜ)鐙浸かすも

                                          大伴家持


立山の雪こそ今解けはじめたらしい。

延槻川の渡り瀬で鐙を水にひたすことよ。


富山に行った際、飛行機の中から、市内からの眺めと立山連峰は素晴らしかった。

立山連峰の写真の名所である雨晴海岸に立ってみたくなる。


近江、額田王の歌で有名な蒲生野から京都へ。そして奈良に入り、但馬皇女の恋の吉隠(よなばり)、香具山、大津皇子と大来皇女の二上山もぜひに行ってみたい。


さらに西へ。須磨、熟田津、すっ飛ばして福岡のよく行った志賀島(しかのしま)。


さて取り上げたいのは福岡の可也(かや)。いまの芥屋である。


草枕 旅を苦しみ恋ひ居れば

可也の山辺にさを鹿鳴くも

                           壬生宇太麻呂


草を枕の旅がつらいので家を恋していると、可也の山辺でさ男鹿が妻を恋して鳴くよ。


可也は、博多から西に行った、糸島市。このお盆に私はその周辺に行く。多少なりとも感じるものがあるだろうか。


著者の経験談も多く、特に第一部は万葉の歌の舞台となった土地が持つ、霞がかかったような、悠久で神秘的な雰囲気が現れている。


第二部はそれぞれ列車バスのアクセスを書いてくれているのはプラスポイントも、も少し写真があれば、んで地図があれば最適と思ってしまった。


ああ、可也から帰ってきたら、奈良行かなきゃ。早く行きたいな。


◼️竹下佳江「セッター思考」


ほんとうにまっすぐ、まっしぐらで、感心しながら読んだ。世界最小、最強セッターの思考とは・・ちょっとオトナの読み物でした。


スポーツ好きで竹下佳江を知らない人はいないでしょう。バレーボール全日本女子の正セッターとして長く活躍し、2012年ロンドンオリンピックでは28年ぶりのメダル獲得に貢献しました。勝気そうなイメージで、でも思慮深い態度で好感度は高いです。


私にとっては同じ福岡県出身、また引退後関西で活動されていること、さらに159cmという、女子バレーでも最も小さい部類に入る身長でありながら第一線で活躍し続け大きなことを成し遂げた、というのも素晴らしいと思います。


本書は最初にリーダーを行動力のあるタイプ「アタッカー型」、縁の下の力持ち「セッター型」、職人タイプの「リベロ型」に分け、セッター型を説明、追究していくわけですが、特に前半は「女性を指導するには」ということがポイントのようです。


スポーツものは好きで、これまでサッカーの中村俊輔や遠藤保仁の、同種の本を読んできました。その中で、やたらとスポーツ界での現象について、これは一般の企業でもそうだろうと思う、というフレーズを多用するのでちょっと食傷気味になった覚えがあります。


最近の方向性か、この本もそんな感じの言い方もあるのですが、さすがセッター?細やかな思考というか、男性管理職が苦労しそうなポイントを的確に冷静に説明してくれているので、素直に読み込めました。バレーボールで男性監督と女性選手の間に立つことが多かったことを感じさせます。女性の多い部署に管理職で行った先輩が女性心理の本を読み込んだ、と話していたのを思い出しました。


全日本女子はシドニーオリンピックの最終予選で負け、オリンピックの連続出場を途切れさせています。その時のセッターが竹下氏で、当時はあんな小さな選手を使うから、とだいぶバッシングを受けたらしく、その時一度バレーボール自体をやめています。しかし周囲の熱意で復活し、また全日本に呼ばれ、アタッカーを気持ちよく打たせるセッターとして、日の丸を背負うキャプテンとしてほんとうに心を砕いて、個々の選手、チーム、監督のケアをしてきたその軌跡が、独自の言葉で書かれています。どうもこれまでのスポーツものとはちょっと印象が違いました。思い入れかもしれませんが、壁が低く、私が聴衆として参加している講演で、竹下氏が話しかけているような気がしました。


それともうひとつ。ほんとうにまっすぐですね!彼女は小学生の時から強いチームと縁があり、ユース世代で世界大会で優勝するなどエリートコースを歩んでいます。


しかし、親に経済的負担をかけたくなかったことから実業団に行きたいと願い、コツコツと努力して四年目にようやくレギュラーをつかみ、チーム、全日本でも観察と気遣い、タイミングを読むことなどコート内外でのそのセッター力、セッター思考力、セッター行動力とも言えるものをフル回転させます。ロンドンオリンピックでは指を骨折していたにもかかわらず絶対出る!と強行出場しメダルを勝ち取りました。夢であった親にマンションを買ってあげたエピソードなど、バレーにもまっしぐらでまっすぐ、人生にも謙虚でまっすぐ、というのが伝わってきます。


息子がバレーボールをやっているので、先に読んでうんちくを身につけ、読ませてやろうと思って借りた本でしたが、けっこう書いてあることが、特に女性の扱い方に関してはオトナで、学生に与えてもいいものかはと考えちまいました。まあ読ませますけどね。


理論と人間力。良書でした。

2019年8月11日日曜日

8月書評の3




お盆の3連休は妻子帰省でワンコと留守番。まあもういい子にしているので午前は図書館ほか買い物、午後は家で昼高校野球、夜プロ野球。

身体は90%よくなって、もう背筋も首もシャンと伸ばせるし、リュックや肩掛けバッグの時の痛みもない。左上腕に痺れが出ることがあるのと首を動かすと違和感があるくらい。

台風10号は大回りで西日本へ。南海上にずっと停滞しているわりには発達しない。今のところ九州と四国の間、豊後水道を通って山口あたりに上陸、広島北部を抜けていくコース。

このまま勢力が衰えることを望みます。

家で洗濯大会。暑くてエアコンつけっぱなし。

◼️外山滋比古「思考の整理学」


実は最初は「えっ?」だった^_^

読み進めると納得できるものも出て来る。


野球のドラフト時に話題になった本。学者さん著者のこのタイトルなので詰めた理論が分かりやすく書いてあるのかな、と思って手に取った。最初の方を読んで、随筆、エッセイに近いかも、と意表を突かれた。なにか論を展開する際に学者さんらしい実証がなかったから。タイトルから予想した、求めていた内容と違った、という「えっ?」だった。


洋の東西を問わず知識を引っ張ってきてのコラムである。個人的なやり方を強めに書いてたりして正直うなずけなかった稿もあって、最初の方の印象は決して良くなかった。


その後アイディアを発展させる方法、情報の整理法、さらに思考を進める方法としてすてる、とにかく書いてみる、しゃべる、ことなどについて掘り下げている。中盤以降はふむふむと読み込める内容で、「ホメテヤラネバ」という項目、褒めた方がのびる、という実験結果もあり、人が何かしらの論を披露した時はほめたほうが、また話す相手もほめてくれる人の方が人情として気分がいい、というもの。単純そうだが、やっぱりそうだなあ、と思ってしまった。


多く学生と接していて、その傾向についての実感がにじんでいる。コンピューターが社会に浸透することで、創造的思考を持って考えることで結んでいる。1983年に発表された本である。


思考を深化し整備していく手法はプリミティブに見えたりもしたが、人間が取るやり方にはワープや超近道はなく、地道な工夫が必要なんだなと納得した感もあった。


しおり絵はがきはドガの「踊り子たち(ピンクと緑」でした。


◼️ウィリアム・サマセット・モーム

           「ジゴロとジゴレット」


偶然手にしたものですが、直感は間違ってなかった。モームは・・良すぎるな。


えー、ックオフから、510円以下の本、なんでも1冊プレゼント、というアプリ特典が来ました。出かけて、何にしようか悩んでるとき、発見した本です。


図書館でもブッオフでもモーム短編集はあったけど、「雨・赤毛」で古い本。緑っぽいくすんだような色合いと相まってその古び方に手が出ませんでした。ところが、どうやら2015年に新訳版が出たらしくカバーもカッコ良く、また「ジゴロとジゴレット」って見たことない、小粋なタイトルも心をくすぐりました。


50ページくらいまでの作品が8篇収録されています。


*「アンティーブの3人の太った女」


ベアトリスとアローとフランクはいずれも夫のいない中年の裕福な女。リゾート・ダイエット・キャンプともいえる企画に集い、ブリッジを楽しんでいた。そこへ、フランクのいとこの未亡人、スリムでいくら食べても太らないタイプのリナが現れ、3人が必死にやめている食べ物を注文しまくるー。


ドタバタ喜劇で、いかにもテレビドラマにありそうな展開だが、やっぱりクスクスと笑ってしまった。なあんかキャラ付けがとぼけててよろしい。


*「征服されざる者」


ヒトラーのドイツがフランスを降伏させたころの話。ドイツ軍のハンスはフランスの田舎町で農家の娘アネットを強姦する。なんとなくその家が気になったハンスは食べ物などを持って何かと訪ねるようになり、飢えていた両親はハンスと付き合うようになるが、アネットだけは心を許さなかった。やがてアネットがハンスの子を妊娠しているのが分かり、ハンスは結婚を申し込む。両親はアネットを説得するが・・。


男の子が生まれた直後、カタストロフィが訪れる。つらい。この短編集では異色かも。


*「キジバトのような声」


ラ・ファルテローナはプリマドンナ。年配の秘書をにわがままを言い、恋愛関係はハデで気位が高く、計算高いところもあるいやな女。でも、ラ・ファルテローナがひとたび歌い出すとあらがいがたい魅力があるのだった。


1点に素晴らしい美点を見出し、全てを解決して終わっている。アメリカ的にいうと「クール」でしゃれた構成だと思う。


*「マウントドラーゴ卿」


イギリス与党の外務大臣マウントドラーゴ卿は自分の階級を鼻にかける欠点があるが、エネルギッシュで有能。しかし精神科医のもとを訪れ、リアルな悪夢を見て眠れず、卿が嫌っている、野党のある議員がその夢の内容を知っているかのようなふるまいをする、と告白する。医師は粘り強く治療を施すが・・。


ここでも破局が。現実と夢とのあわい。ネタの不思議な出来事は日本ならガリレオ先生あたりが現実的に解決してるだろうという感じ。精神科医や政治家、政敵のキャラ、また夢の内容に小技が効いている。


*「良心の問題」


著者はフランス領ギアナの刑務所で殺人犯の話を聞く。殺人犯にしては珍しく良心を持っていると感じた男の事情。


ジャンには親友のアンリがいたが、同じマリーという少女を好きになり相争う。職のないアンリはマリーとの結婚のために商船会社に応募する。落ちたら親戚の決めたカンボジアの勤め先に行かねばならない。商船会社の、人となりにうるさい社長から相談を受けたジャンの勤め先の上司はジャンに、アンリの素行について質問するー。


まあその、シャーロック・ホームズの「背中の曲がった男」にも、そこで言及されている聖書にも、似たような話は出てくる。人生はほんのちょっとの人為的なことで狂ってしまう。見立てのミスだってある。ちょっと作り込んでるかな、と感じた篇。


*「サナトリウム」


モーム自身肺を患いサナトリウムに入ったことがある。またモームは諜報員、つまりスパイ活動もしていたようだ。この物語はアシェンデンという男の回想という形を取っているが、このモームの新訳短編集には「英国諜報員アシェンデン」というのがあり、派生していると思われる。


肺結核のサナトリウム。入院が長い者、助からない者、見込みが明るい者、それまで人生に陰りが無かった者に現れた性向。若者のあまりいない群像劇。展開は人間的で、哀しい希望に満ちたもの。とても感じることが多かった篇。さまざまな人生を抱いたサナトリウムはやわらかなひだまりとかなしい静けさの中にある。


*「ジェイン」


ミセス・タワーにとって夫の妹で裕福な未亡人、ジェインは困った人。思い上がっていて、野暮ったくて、いつも押しかけてくる困った人。ところが今回の滞在中、なんとジェインは自分より二十歳以上年下のハンサムな男と結婚し、社交界の人気者となるー。


不思議な展開。どうもアメリカン。でも他人の見方からの変化ときっかけは時にドラスティックでもある。短編らしい話。


*「ジゴロとジゴレット」


ジゴロとジゴレット、どちらもよろしくないイメージがあるが、ダンスホールで男性または女性の相手をする者たちのことを指す意味合いもあるらしい。


シドの妻ステラは、18メートルと高さから深さわずか1.5メートルのプールに飛び込むという芸が当たり、翌月からギャラが2倍になることになった。ところが、ステラはもう飛び込めないと言い出すー。


これが女を利用しているジゴロらしい話ならまた別だが、シドは苦楽を共にしたステラを深く愛しているのがミソかなと。オチは唐突だが瞬間的に理解できて、分かりやすく秀逸だと思った。


当たりでした。本との出逢いは偶然さが天啓。モームは、やっぱり面白い。


「月と六ペンス」に不思議な吸引力、魔力のような惹きつけられ感を感じて、短編にも手を伸ばしてみたら大正解。他ももっと読もう。


しおり絵はがきはシャガールが妻を亡くした直後に描いたという「夢」。悲しい名作でした。

8月書評の2





◼️硝子町玻璃

「出雲のあやかしホテルに就職します」


ご当地ラノベ好き、今度は出雲ものにチャレンジー。どんなものやら。


思った以上にあやかしマンガ的。でも最後の方は泣かされちゃったりして。


就職面接にトラブル・失敗続きの時町見初(ときまちみそめ)。出雲の心霊スポットとして悪名高い「ホテル櫻葉」でベルガールとして働くことに。着いてみるとホテルは心霊スポットどころではなく、河童やろくろ首など人外のものも客として宿泊していた。先輩のベルボーイ・椿木冬緒や創立者の孫娘で美人のフロント係・櫻葉永遠子らに囲まれた社会人ライフは天狗や男性の魂を喰らう女の妖怪など、予想以上のあやかし生活となるー。


見初の就職活動からホテル櫻葉の一員となるまでがコンパクトにおもろかしく描かれ、その後冬緒、永遠子、見初の家系と能力を少しずつ明かしていく。そして従業員たち、冬緒や腕が良く朴訥としたシェフ桃山のエピソードが印象的に展開されていく。


いやあ流れるがごとし。ライトノベルの鑑のような、妖しく面白くスピーディで色んなものがギュッと詰まった楽しい作品。主役クラスにはイケメン童顔・冬緒、美人美ボディの永遠子、謎の実力者の支配人、実は妖怪のソムリエなど今後のエピソードを予想させるキャラを配している。


冬緒の過去に連なる妖し話、桃山と女妖怪とのブロックともに心のどこかに響く。桃山のほうはホントに切なくぐすっとなったりしてしまった。


ご当地出雲のネタはおそらくこれから、というところ。これってミニマムっぽいけど6巻まで続いてるらしいし。また探してみようかな。


むっちゃ暑かったんで栞絵はがきは雪景色の樹々に鷹がとまっている東山魁夷「白い朝」でした。少しでも涼しい気分で読みたく。


深夜に読んでいると風でブラインドが揺れ音がした。母の霊がそばに来ているような気がした。ラノベでも、あやかしものってそんな気分になるから不思議。


 

ホームズをも連想させる推理。強いクセのある同心・木暮の大仕掛。


今回はよりミステリー度合いが濃い。同心木暮と殺し屋の過去を持つ遠野屋、岡っ引き親分で年配の伊佐治。噛み合わせ抜群の3人が活躍する「弥勒」シリーズ第5弾。


児童小説のイメージ濃いあさのあつこが、こんなに大人の闇深いストーリーを書くなんてと「弥勒の月」を読んだ時は唸 った。今回ややハデで、エンタメ推理もの風味。主役クラスに大きな展開はなく、それぞれの持ち味で活躍させている。


品川に女郎旅籠を経営しているお仙は同心木暮信次郎の情婦。かつて仕官していた夫が女郎屋の女と無理心中をはかり、家はお取り潰し、損害の返済のため身を売り、囲われたお大尽から遺産を得て店を興した過去を持つ。


木暮の配下で堅物の赤田哉次郎が女郎屋で遊女を斬り切腹して死んだ。現場に多くの血が流れているのを検分した木暮は、お仙に、当時の事情を知る者に聞き込みをするよう持ちかける。そして今は羽振りの良い小間物屋だが、かつて殺し屋だった過去を持つ遠野屋清之介に、お仙の護衛を依頼するー。


同様の手口に大きな闇が潜んでいると見立てた木暮は次々と手を打って捜査の網を絞っていく。


もちろん木暮のクセの強さは発揮されているが、今回はあくまで捜査のため、という向きが強い。そういった意味では新鮮味はないかもしれない。


しかし今作は発想、推理の足がかり、捜査の仕掛けと、大げさに言えばシャーロック・ホームズのようなミステリー物語だった。


ホームズも、どこかで、犯罪の事例を徹底的に勉強すれば古今の犯罪への考え方、対応が分かるようになるという意味合いのことを話していたと思う。


ハデな事件に木暮、遠野屋、伊佐治のくすっと笑うテンポの良い会話、深い陰謀と見どころたくさん。犯人が分かった時の感慨が薄かったかな、とは思ったが、今回も楽しめた。


文章、言葉にもだいぶ工夫を凝らしている。読む時の引っかかりもいい味のひとつだったかな。

2019年8月5日月曜日

8月書評の1




ブックオフから510円以下の本1冊プレゼントが来たのできょうは三宮。きのうはモーム短編集「ジゴロとジゴレット」をもらって、きょうは「応天の門」最新巻11巻。さらに普通の買い物は外山滋比古「思考の整理学」とあさのあつこ「冬天の昴」という充実したラインナップ。読むのが楽しみ。モームも「月と六ペンス」には完全にやられたのでどんなものを書くか興味津々。センター街には盛夏恒例の氷柱が出ていた。

身体の調子がいい。日曜日はどこも痛くなかった。久しぶり。明日またリハビリ行って様子を見るつもり。約1ヶ月でやっとだ。さて今週はがんばらんばの週。

◼️川端康成「水晶幻想・禽獣」


川端康成初期の作品集。著名作とは違うかんばせを見せる川端。


川端康成は、1926年、26歳で「伊豆の踊子」を書いた。1935年に「雪国」の執筆を始めた。この本はほぼその間にものされた8つの短編が収録されている。川端や横光利一が「新感覚派」と言われた頃の作品たちである。長い時を経て最終的に完成した「雪国」を含め、儚い瞬間的な美を見るような表現としっとりとした文調を見るのは戦後の作品だというのが私的な感覚だが、だから若々しく実験的でもあるこの時代の筆致は興味深く思える。


「青い海黒い海」

「春景色」

「死者の書」

「水晶幻想」

「抒情歌」

「それを見た人たち」

「禽獣」

「散りぬるを」


「青い海」は心中と自殺の前に書いた2つの遺書(と川端は言う)の話。女を殺した後、女の上に折り重なって死のうとしたら女の体温に恐怖を感じて飛び上がった場面がリアルで、暗くイメージが交錯する雰囲気の中、ハッとさせられる。


「水晶幻想」私は幻想小説で、「小説」の方が大きいのはいいが「幻想」が大きくなるとちょっとついていけない正直。発生学の研究室に努める夫と産婦人科医の娘の夫婦。夫人のモノローグなのだが、ものすごい言葉の嵐。ペダンチックと断じてもいいだろう知識言葉の連なり。人は短い間にも様々な発想連想をしているのであり、そんな心の様を描いているかのよう。話の筋として出てくる犬の交配と連想が噛み合ってるような気もするからテクニカルなんだろうけど、苦手めですな。若い。


「禽獣」は人付き合いが苦手で、飼っている犬や鳥の世話が趣味の男が犬の出産と仔犬の死、またキクイタダキの蘇生と死、鳥や犬を飼う上での非常識などの体験により虚しさや運命を感じ、かつて心中しようとした、現在は有名な踊り子の話が絡む。小説らしいアプローチで面白い作品だと思う。集中の白眉だった。


川端作品はやっぱ戦後の熟練した顔の方が好きではあるが、遊びのある小説の表情も理解には役立つな、と思った。


最近栞の代わりに美術展で買ってきた絵はがきを使っている。読書の合間に有名な絵はなかなかの清涼剤。今作はユトリロの「モンマルトルのミュレ通り」だった。幻想的なとこもある本なら、シャガールの方が良かったかな。


◼️三島由紀夫「音楽」


エロス・エンタテインメント、セクシーサイコミステリー・・どれも当たんないなー。


主題は直接的に男女のナニなのだが、五感に訴える(オブラートすぎ?苦笑)ものはないかな。ミステリー仕立てのエンタメで、意外性もあり楽しんで読めるものとはなっている。ちっと衒学的なところが三島らしいというか。


日比谷で開業している精神科医汐見和順の元に若く美しい弓川麗子が訪れる。来るなり「音楽がきこえない」と話す。続けて診療するうちに恋人・江上隆一を愛し付き合っているが、麗子は不感症なのが悩みの中心だと分かってくる。時に麗子に惹かれ振り回され、江上を巻き込みながら、汐見は真の原因を探っていく。


音楽がきこえない、というのは、オルガスムスが訪れない、という意味だ。

解説によれば、三島の主流に属する作品ではないとのこと。まあそうだろうな^_^


物語が進むうちに、麗子には仲の良い兄に布団の中で触られたり、許嫁とされていた又従兄に無理に処女を奪われたりした過去があることが分かってくる。さらに1人で赴いた下田の静養先で、不能で自殺願望のある青年・花井と出逢い、同棲するなど物語の波がいくつもある。


この話は汐見の独白という形をとっている。心理学や哲学への傾倒・探究が、汐見の綴る専門的な知識と実践からうかがえる。


ストーリーとしては、次々と発生するエピソード、その起伏を超えるごとに少しずつ麗子の心理の謎が解けていくという構成で飽きさせず楽しめる。セックス、オルガスムスの話であるのに扇情的な表現やねめつけるような視線の描写はなく、興味深い冷静さが支配している。


ただ最後の結末はちっといきなり感があるかなあ。まあ専門的な分析も入ってるし要素の片鱗は提示されてはいるが、読者に推し量れないオチではある。


うーん、三島はこれから有名作品を読もうと思っているのだが、ここまでの印象は、頭が良すぎて理屈っぽいところが文人っぽくない面もある、というとこかな。


栞絵はがきはルノワール「庭で犬を膝にのせて読書する少女」でした。

2019年8月3日土曜日

7月書評の7




関西では最高気温37度などが続き猛暑となっている。まあしゃあないか。盛夏はあと1ヶ月くらいだ。夜は開け放してノンエアコンで寝ている。風があれば、意外に眠れる。熱中症には要注意ー。

◼️「ごきげんいかが、ワトスン博士」上下巻


書評サイトで嬉しいことに当選した本。


堪えられない。いろんなものがギュッと詰まり、スピード感豊かに展開する。シャーロック・ホームズ譚の謎めいた美しい花、アイリーン・アドラーが大活躍。シャーロッキアン的興味も大いに満足させてくれる。


ゴドフリー&アイリーンの夫婦と、親友のペネロペ・ハクスリー(ネル)はパリ郊外ヌイイにある家で共に暮らしていた。かつてボヘミア王とのスキャンダルで王に依頼されたシャーロック・ホームズの追及を交わした3人は王やホームズから身を隠す必要があった。


パリの街中で出逢った男がネルの名を口にし、直後に行き倒れる。ヌイイの家に連れ帰った男は、ネルが昔故郷で家庭教師をしていた子らの叔父、スタンホープだった。昔を懐かしむネル。しかし突然、スタンホープとネルが一緒にいた部屋に、銃弾が撃ち込まれる。


スタンホープはかつて「コブラ」という暗号名で軍のスパイをしており、共にアフガニスタンで働いていた「タイガー」が裏切ったという疑念を抱いていた。彼は9年前のマイワンドの戦いのさなか頭を殴られ、軍医の手当てを受けたという。そして自分と、その「ワトスン」という名の軍医に危険が迫っていると告げる。


このシリーズは、最初の「おやすみなさい、ホームズさん」で、身寄りもなく職も住むところも失った女性、ネルが同じく困窮していたアイリーンと出逢ったところから話が始まる。ネルは牧師の娘で、おカタい独身者。詳細に日記をつけるのが習慣のネルの語りで今回もストーリーが進む。


マイワンドの戦い。ホームズ譚をかじった者には強く響くものがある。ホームズの友人にして数々の冒険譚の著者であるワトスンはマイワンドの戦いでジェザイル弾によって肩に負傷、なんとか生き延びたという過去を持つ。


謎とスリルが大好きなアイリーンは姿を消したスタンホープの行方を捜索するが、手がかりをようやく掴んだかに思ったホテルの部屋にはスタンホープはおらず、なんと生きたコブラがいた。


次々と起きるハプニング。目まぐるしい展開の中、カタく世間知らずで天然の三十女ネルと舞台女優のアイリーン、アイリーンの夫で弁護士のゴドフリーが良いバランスで活躍する。ゴドフリーはテキパキと事を処するが、ちょっととぼけた味もある。


イギリスの戦争や軍人のことはフランスでは分からず、一行はロンドンへ。その頃ホームズはワトスンの幼友だちのフェルプスという外務次官が絡んだ「海軍条約文書」事件に取り掛かっていた。ワトスンの留守宅を訪ねてみたゴドフリーとネル。なんとそこにも・・やがて彼らは危険と謎の解決をシャーロック・ホームズに依頼するー。


マイワンドのスパイ事件、猛毒のコブラに、撃ち込まれる銃弾、危険に飛び込んでいくアイリーンの行動と、詳細は書かないが、数々の変装が楽しい。毎度コロッと引っかかってしまった。女性2人が物語の中心らしく、当時の衣装、帽子などなども色彩豊かに描いてある。アルフォンス・ミュシャのポスターでも有名な女優サラ・ベルナールも登場する。


下巻では、どう見ても怪しい、変装してるなコイツ、というキャラがたくさん現れ、ネルが1人でいる博物館に集合するー、どうなる?という見せ場もある。

 

シャーロック・ホームズの原典を直接的に、そして暗示的に、ふんだんに散りばめているのも楽しい。劇的に解決する「海軍条約文書」はもちろん、登場するコブラは「まだらの紐」を、劇中印象的に登場するマングースは「背の曲がった男」を、さらに「ボール箱」と原典そのままのタイトルの章では、もとの内容を知っている私は何が出てくるかとドキドキした。ネルたちの一行は、原典に出てくるシンプソンズの店で食事したりもする。


さらにホームズ譚最初の作品「緋色の研究」ではマイワンドの戦いで肩を、次に発表した「四人の署名」では脚を負傷したと書いてあるワトスンの「負傷箇所問題」はシャーロッキアンたちの論争の的となっているが、この答えも意識して絡めている。


シャーロック・ホームズのパロディ、パスティーシュは私も数多く読んできたがここまで原典からの情報量が豊富でテクニカル、さらにパロディチックではなく正面から取り組んでいるものは貴重で、好ましいと思う。


このシリーズでは最初の「おやすみなさい、ホームズさん」で「ボヘミアの醜聞」の裏側を描いていて、アイリーンから2人で写った写真を取り戻すべく、代理人探偵として策を弄したホームズはネル側にとって恐ろしい敵となっている。


実際、原典では愛嬌のあるところも見せるホームズは、この作品の劇中では謹厳とした態度を取る探偵として描かれている。「おやすみなさい、ホームズさん」は原典「ボヘミアの醜聞」の文章に忠実に、アイリーン側の視点から見事に組み立ててあった。基本的にはスーパーヒーローと認識されている世界一有名な探偵を、一歩離れた視点から観察するがごとく位置付け、それを継続しているのは興味深い。


アイリーン・アドラーについて、少し書いておこうと思う。


ワルシャワ帝国オペラの元プリマドンナで一時ボヘミア王の愛人となっていたアイリーンは王がほかの王国の姫と結婚することになった時、2人で写った写真を先方に送ると王を脅した。


王の依頼を受けたホームズは大勢のエキストラを雇い、ワトスンにも手伝わせて火事騒ぎを起こし、危険を感じたアイリーンが写真のありかを開けた場面を目論見どおり見て、これで安心だとベイカー街に戻る。すると後ろから「おやすみなさい、シャーロック・ホームズさん」と声をかける者がいた。翌日アイリーン邸へ王と行ってみると、アイリーンは結婚したばかりの夫ゴドフリー・ノートンと逐電したあとで、手紙とアイリーン単独で写った写真が残されていた。王に願い出て写真を貰ったホームズはアイリーンのことを「The  woman」(あのひと)と呼んでいる。



「五つのオレンジの種」ではホームズはこれまでの失敗について男に3回、女に1回出し抜かれた、と依頼人に語る。その1回がアイリーンなのである。


さて、ホームズものは最初の長編「緋色の研究」、次の長編「四人の署名」ともそこそこの評価だったという。しかし最初の短編「ボヘミアの醜聞」が月刊誌「ストランド・マガジン」18917月号に掲載されるや、爆発的な人気を得た。ホームズが国籍を超えたヒーローになったきっかけの作品では、アイリーン・アドラーが重要な役割を果たしたのである。その後ホームズの他の作品にアイリーンが実際に登場することはなかった。


シャーロック・ホームズには魅力的なサブキャラクターが限定的に登場する。宿敵でロンドンの犯罪王、ジェイムズ・モリアーティ教授しかり、ホームズの兄で政府にも影響力の高い官僚、マイクロフト・ホームズしかり。彼らはもちろんパロディ、パスティーシュの常連だ。アイリーンももちろん大人気ではあるが、ホームズと落ち合って結婚し子供を作るとか、峰不二子ちゃん的な肉感小悪魔的キャラとなるか、というのが多いような気がする。


しかしこのシリーズはアイリーンおよび夫のゴドフリーの魅力を多様に描き、しっかりとシャーロッキアンものとして確立されていると思う。もちろん、最初から最後まで目が離せず楽しめるエンタテインメント小説でもある。


ネルとスタンホープに芽生えた恋。しかし・・続きはあるのだろうか。このシリーズはそもそも1990年代のもので、まだ未訳作品があるようだ。心から、楽しみである。


◼️篠宮あすか「あやかし屋台 なごみ亭 3

                                  金曜の夜に神様は憩う」


博多弁あふれるライトノベルの舞台はやっぱり屋台。


前回一歩離れたら博多弁ってやっぱローカル言葉というのがよく分かると書いた。今回もなかなか地の博多弁が効いている。それがひとつの良さ。


この物語にはもうひとつ特徴があって、ライトノベル特有のスピード感がない。本来博多弁のしゃべりは、他の土地の人から見ると「ケンカしてるみたい」に聞こえるというが、柔らかめの博多弁の中、ゆっくりと進むイメージだ。ただ突飛なことが起きることも多くまた人外の者が話の中心なので微妙なバランスを取っているようにも見える。


金曜日の夜にだけ開店するなごみ亭。店主は祖父から屋台を受け継いだ20代のなごみ。アルバイトの学生、浩平にあやかしの狐コンがいる店には、今夜も人ならぬ者たちが集まるー。


浩平がいつものように暖簾をくぐると、店の中には海水で満たされ魚が泳ぎ、海藻、ヒトデ、イソギンチャクがたわむれ水族館状態になっていた。カウンターには海路を守る神の女神で宗像大社に祀られている田心姫神(たごりひめ)が、機嫌悪そうに座っていた。やがて、宗像三女神の妹たち、湍津姫神(たぎつひめ)、市杵島姫神(いちきしまひめ)もやってくるが、3人は口ゲンカを始めるー。

(仲直りの塩スイーツ)


話の中身自体は単純ではあるが、ネタの雰囲気は女子っぽくにぎにぎし、い。宗像大社の歴史は古く、三女神はアマテラスオオミカミと約したスサノオが剣を噛み砕いてキリのように吐き出して作られた神々である。「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群」が2017年にユネスコの世界遺産に登録されたこともあり、福岡ではホットな話題だったと言える。


コンの弟分が世話になった神に感謝を伝えたい、という願いをかなえる「母の日は親子めし」、英彦山を収める九州天狗の長、彦山豊前坊が小さな頃出逢ったコンを訪ねてくる「絆のしるしは油揚げ」。

雨に降られて駆け込んできた美人は背振山地の神社の姫神で、初恋に悩んでいた。その意中の人とはなんと?の「恋を彩る博多押し」。かまどの神、エンのおかげでなごみ亭の人の歴史を描く「想いを伝える鯖祈願」の5話が収録されている。


いずれも神が来るという設定はタイトルによく合っているように見える。おかずはやっぱりごまサバ。博多だもんねえ。


家族の絆、的な巻となっている。冒頭の方にもあったようにテンポはいまひとつズレている気もするが、ホッとしたり、ジワッと来たりという物語集。


次も期待している。