ストロベリームーンは大きくて重たく見えた。
◼️オルハン・パムク「雪」上
トルコのノーベル賞作家パムクの代表作。突き刺さるような緊張感のある設定。トルコという国の現代。その中で主人公にはどこかのんびりとした雰囲気か感じられる。
オルハン・パムクは「私の名は赤」という時代ものを読んだ。細密画の絵師が殺され、犯人の捜索を命じられた男が、それぞれコードネームのようなものを持った容疑者に当たっていく。しかし一方、主人公はある美人と結婚したくてたまらない。テーマは文明の衝突だったと思う。
今回もボトムは似ているが、より現代的でトルコ社会の深い部分を掘っている。個人的には辺境の、国境に近い町が舞台、というのにも興味深さを感じる。
名のある詩人Kaは「共和国」紙の依頼で少女連続自殺の記事を書くためにトルコ東方、かつてのロシア国境(現在はアルメニア国境)に近いカルスへ赴く。トルコは宗教と公的生活を切り離す政策を取っており、少女たちは髪にスカーフを巻いて登校するのを咎められていた。
Kaはカルスで美しいイペキに首ったけになる。一方Kaの前にはイペキの元夫で市長候補のファタル、宗教指導の長老サアッディン師、カリスマ性のあるイスラム主義者"群青"らが次々と現れる。スカーフをかぶった女生徒に登校を禁じた教員養成校の校長がKaの目の前で撃たれ、やがて「革命」が勃発するー。
おおまかな前提は読みながら把握できるようにはなっている。政教分離政策を掲げるトルコでは、公共機関内での礼拝やスカーフの着用といった宗教行為が禁止されている。
国家が宗教を管理するという考えのもと、イスラム教の地位向上を訴えるイスラム主義者がいて、さらにクルド人の問題も絡む。
歴史があり、国の考え方があり、さらに個人での宗教の思いの深さの違いがあり、西欧化した生活をしている人々がいる。アイデンティティを確立しにくい風潮の中で、娘たちは年齢の離れた者との結婚を親が決めようとしたり、暴力を振るわれたりという環境にいる者もいる。
カルスの町で、その凝縮された相克が描かれ、Kaも詩を朗読した、劇場での公演中に兵士たちが発砲、警察はイスラム主義者たちを大量に逮捕、戦車も出動、外出禁止令が出される。
緊迫と動乱・・。騒然とした中Kaは詩想が訪れたと言っては詩を猛然と書き、イペキのことを想う。Kaに憧れた若者ネジプも射殺されたというのに、
"この街じゃイペキを説得するか、詩を書くことくらいしかやることがないや"
なんて思っちゃうのだ。なんとノホホンとしてるというか。上手いというのか、読んでて心に刻まれるような出来事が綴られるストーリーにおいてKaのこの態度はなぜか神秘的で美しかったりする。全編に降り続く雪の情景がそれを助長している。
終盤、登場人物の「革命」における立場が分かるような分からんような感慨を覚える中、下巻へ続くー。
◼️オルハン・パムク「雪」下
詩人Kaの純粋さが政治からの距離になっている。悲劇というにはあまりに現実の恋愛的ー。
ちょっとネタバレで。あらすじ長め。
詩人Kaは連続少女自殺の記事を書くためアルメニア国境近くのカルスという辺境の町に赴き、美女イペキに夢中になる。一方カルスでは、政教分離政策を推進する世俗主義者が軍や警察を動員してイスラム主義者に対する「革命」を実行、多くの血が流される。
下巻ではカリスマ的なイスラム主義者"群青"が当局に捕縛される。イペキの妹カディーフェは少女自殺の契機となった宗教的なスカーフ着用のシンボリックな存在で、"群青"の愛人だった。革命の首謀者、俳優のスナイ・ザイムはテレビ中継のある公演でカディーフェがスカーフを脱ぐ芝居をするなら"群青"を釈放すると、Kaを通じて持ちかける。一方かつてイペキも"群青"を愛していたと知らされたKaはショックを受ける。イペキと話し合い、ともにドイツへ脱出しようとするがー。
トルコは第一次世界大戦後、軍人ムスタファ・ケマルらはトルコ共和国を打ち建てる。オスマン朝の影響を排除しようとした共和国は、政教分離政策をとり、公共機関内での礼拝やスカーフの着用といった宗教行為が禁止された。しかし国民の大半がイスラム教徒のトルコでは不満も表面化し、時を経て穏健なイスラム主義系政党が台頭しているという。
トルコ国内の政治事情による混乱の中、様々な立場の人々に翻弄されるKaは、フランクフルトで一緒に暮らすことに同意してくれたイペキとの幸せをひたすら求める。しかし・・大きなうねりの中、物語は遠く虚しさを感じさせる悲劇性を帯びて終わる。
トルコでは政治的な小説は珍しくないが、パムクはこの小説で政治的メッセージを発しているわけではないとのこと。Kaの、少々子どもっぽく人間的なエゴ、また詩人として神秘性を帯びている存在感が小説の性格を表している、という解説には納得した。
ストーリーの大仰な仕掛けは文字面のまま芝居っ気たっぷり。芸術家であるKaは、詩想は自分の能力ではなく、外から降りてくるものであり、神の存在を感じている。
そして、おそらく年齢的にも幸せをつかめるラストチャンスであると、自分の悲壮な感性をひたすら信じている。しかし、悲劇のもと、一時はKaと幸せになれると信じたイペキの決断は事態に応じたものであり、かつ女としての恋愛感情に準じたもので分かりやすい。男としてはまあ、悲しく、Kaに同情してしまう。
著者が友人としてKaの足跡を辿っているという設定も遠い虚しさを強めている。
上下巻は、ふつう上巻で大いに盛り上げて、下巻でどう収めるか、というところに困難さがあると感じている。今作はちょっと冗長で大仰だなとも思ったけども、人間的虚しさが心に残ったことで、読んで良かったと思った。
男が最終的にズタボロにされるパトリス・ルコントや劇中ずっと雨が降っていた「凱旋門」など、いくつかの映画を思い出しながら読了した。