2018年1月28日日曜日







ノーベル賞作家オルハン・パムクは主にキリスト教文化の流入による変化に悩む細密画絵師のミステリー「私の名は赤」が評価され、ついで、現代ものだと聞いているが、「雪」という作品も優れていると評された。この作品の後、彼はノーベル賞に決まっている。


この週は超強力寒波週。最低−1度、最高3度といった具合。大雪に見舞われた東京では8年ぶりに−4度を記録した。


で、関西は月曜日は雪まじりの雨が降ったが、低温は先週から予想されてたから、万全の暖かい服で行き帰りは困らなかった。長袖Tシャツを下に来て、ガッチリした地のYシャツ、分厚い毛糸のジャケット。厚くて膝下まであるくつ下。スーツの時も基本は同じである。ベストのついた真冬用の暖かいスーツはいつも必ず誰かに「なんすかそのゾロっとした格好は」という意味の質問をされる。


これにネックウォーマー、事によればマスク、そして毛糸の帽子といった具合。ネックウォーマーも耳、鼻上まで引き上げるもんだから顔はメガネ部分しか外に出ているところはない。完璧である^_^ これでさむっ!となったことはほとんどない。


木曜は京橋で同級生の飲み会があり、遅めになった。京橋駅23:15の電車で最寄駅に着いたのは日付が変わった後。直通なら30分くらいと踏んでいたが、深夜ならではのものも含む乗り換えが2回挟まったからだ。ホームで15分ほども待つ必要があり、前述の通りスキなく着ぶくれしているが、珍しく待ってる時は寒いと思った。本読むときには手袋を外さないとページをめくれないのである。指があっという間にかじかんだ。


ちなみにこの飲み会の写真を見ると、顔が細い。私はハムスター顔なので、破顔すると頰が横にぶくっとなって自分で好きではなかった。たぶんこの時は意識してニコッとは笑わないようにしたのだろうが、それにしても細い。どうやら、食堂の健康ランチセットほぼ毎日コースが効いてるのかな、という気がする。夜も妻はあまり量を作らないし、冬は鍋が多い。加えて最近また筋トレ一部強化したからというのもあるだろう。顔が細くなったな、というのは東日本大震災で食欲が落ちた時以来だ。あの時は頰がこけて、ママ友たちに心配されたっけ。


金曜日の午後、大阪市都市部でも激しい雪となった。けっこうな降り方で会社のテラスにうっすら積もった。さあこりゃどうかと、残業して夜9時のバスで帰ってくると、これ、坂登れるだろか、ってくらい雪化粧。最初は滑りそうだから怖かったが、轍を辿ったりゆっくり歩いているうちにそうは滑らないと思った。革靴をやめて意図的にゴム底にして良かったと心から安堵。うっすらレベルをちょっと超えてるくらい。


まあ冬の風物よ。バス止まらなかったしと思う。翌日はお留守番。朝から雪。チラチラとは1日中降っていた。中には山から風に乗って来た風花的な雪もあったと思う。


部屋掃除してアイロンかけて、髭剃り洗って充電して靴を2足磨いて、ご飯炊いてカップ焼そばとともに食べて、おやつの時間はコーヒーと妻が作ったくるみのスイーツ。


平日はお昼ご飯の時にプリンなどデザート系も食べて、歯を磨いたらおやつ系は口にしない。土日は多少欲求に任せる。といってもガバガバとは食べないが。筋トレしてるし、人間どこかで息抜きは必要なのだ。


ママ梅田から帰る。今夜は阪神で買って来たあんこうの鍋だそうだ。たしかにだしは最高だった。ぷるんとした肉の部分は好きになれないが。


「精霊の守り人」最終話を観る。原作の細かいところまでは覚えてないが、けっこう変えてるな、と思う。最近のアニメは原作に忠実なことが多いが、個人的な印象では、NHKドラマはけっこう変える。


夜更かし気味になる。2時半までスティーブン・キング「11/22/63」を読む。ケネディ暗殺がらみの話。上中巻を読了。日曜日からいよいよ最終下巻。寝る前にトイレ。なんて寒さだ。電気ヒーター最強にして、タオル地ブランケット、普通の毛布、分厚い掛け布団で眠る。なんとなく識閾下で寒いな、と思いながら寝ていたらやはり息子が来た。2人で寝たらましにはなったがそれでも寒めだった。


スマホのバッテリーがおかしい。100%充電済みのはずが10%の表示になったり、いきなりシャットダウンしてなかなか復活しなかったりする。バッテリーの寿命のようだ。日曜ソフトバンクショップに行くことにする。


日曜。最初にソフトバンクショップに行くと受け付けてない、アップル社受付店に行ってくれ、と相変わらず(ソフトバンク責任投げっぱなし)の対応。電話つながらず、つながったかと思ったら、在庫が足りないんで、期間を置いてまたかけてくれとの自動対応。これも相変わらず。


前時代か・・たくさんの人に利用してもらってるのになんでこんなやねん。コストカットも甚だしい。


ちなみにバッテリー関係webで調べると、私けっこうやっちゃいけないことしてた。寝る時は充電しっ放し、充電しながらゲームをする、など。劣化を早めるそうなので、これからはやめよう。


で、カウリスマキの、見落としていた前作、「ル・アーブルの靴みがき」のリバイバル上映を1週間限定でやってるというのでこれは行かなければとソフトバンクショップから直行でチケットを買う。新作「希望のかなた」のキャンペーンの一環で、そちらは前売りがかなり売れていると聞いていたので心配したが、そこまでは混んでないとのこと。


映画は昼から。三宮に取って返してLLBeanに裾直しのパンツを取りに行く。この店は11時から。試着して持ち帰る。近くのブックオフへ。手持ちの本は飽和状態。しばらく行ってなかったが、行くと買ってしまう。シェイクスピア「ヴェニスの商人」「ジュリアス・シーザー」、ミラン・クンデラ「存在の耐えられない軽さ」。


ノーベル賞作家、クンデラはそちこちで目にしてはいて、恋愛小説と聞いていたので避けていたが、社会情勢が複雑なチェコが絡んでいるらしいと知って読む気になった。


そこから歩いて南京町。豚まん、ミニチャーハン、ごま団子で腹ごしらえ。ハッキリ言って寒い!ほこほこの豚まんが美味しかった。次は北京ダック買おう。


元町商店街をゆっくり散策。オムレツとシチューの店、スターシップは古い洋食屋さん。年配者向けの紳士服店で店外に出している靴下やネクタイには意外にいいものがあって昔よく買った。


さて、映画館に戻ると客は23人だという。さすがにけっこう多い。「希望のかなた」は土曜は混み合ったとか。端の良い席が確保できて前に座る人もいなかった。


カウリスマキの難民もの第1弾「ル・アーブル」はフランスノルマンディー地方の港町が舞台。そこにガボンからの密航者の一団が見つかり少年が脱走して・・という物語。「過去のない男」や「希望のかなた」はカウリスマキ独特の退屈感もあったが、この作品は退屈を感じるヒマがない作品だった。珍しく比較的感情的でもあった。ホロリとなってしまった。ラストは・・これを小説や日本のドラマでやったら「おいおい」だったが、カウリスマキだから許す、ってとこかな。ぬくもりを感じて観終えることができた。


夕方から冷たい雨と聞いていたから、できるだけ早く帰ろう、折りたたみ持ってるけど紙袋の荷物もあるから嫌だなあ、と思いつつ、映画館のあるアーケード街を早足で戻る。道に出るところで傘を差している人が見えたからありゃーと思ったら、舞い降っていたのは、雪だった。


どこかしらほっこりした気分で帰り着き、コーヒー入れて、クルミのパイを食べた。いい心持ちだった。


2018年1月21日日曜日

寒緩む





真冬に冷え込んだ先週から一転、今週は暖かい空気に包まれ気温が高い週。月曜日の帰りは真冬用のダウンコートが暑くひさびさに電気ストーブなしで寝た。火曜朝もモコモコ度落としてライトダウンにした。


ちょっと遅くなり、都合で阪急で帰る。梅田から阪急で帰っていると、出てきたばかりのころのことや結婚したばかりの頃まだ共働きの妻と一緒に帰ったことなんかを思い出す。阪急は、駅も電車もモダンで古いが、昔からあまり変わらないのがいいところだ。


2115分のバスに間に合った。人は多めだったがうまいこと後方の2人座席の窓側確保、隣に人は来なかった。帰ってご飯食べて風呂から上がったころ、雨が降り出した。明日朝と思っていたからラッキー。筋トレはお休みにして早めに休んだ。


さて、初夢、というのは年が明けてから初めて見る夢。私は年始早々に夢を見て、ああ書き留めなければ忘れてしまうーと思いながらまた寝て結局覚えてなかったりして、記憶に残る夢は結局なかった。


この週の水曜日朝は、はっきり覚える夢を見た。私はおそらく東京に住んでいて、息子と大型ショッピングセンターに自転車で行ったりしている。高校野球の取材に行った際、IDカードと帽子を忘れて取材エリアに入れず、バックネット裏の板でできた壁のガラス窓からグラウンドを見ている。人は結構いて、私の後ろから女の人が覗く。背が届かないからすぐ後ろに迫った石垣の上に立っていて、そこからだとよく見えず、身体を前に伸ばして私の肩や脇腹に手を置いている、というものだ。私は女の人の顔を見ずに、「ちょっと、さわるのやめてくんないかな。」と穏やかに言う。女の人はなにやら文句を言いながら手をどけてどこかへ行く。ふと顔を見ると、高校バスケ部の一つ下の後輩だった。


とまあこういうやつ。あまり解題したくないが、我ながら自分の心のうちをよく表してるかもと思う。


朝早い時間に目が覚めた。530分過ぎ。珍しいなこんな時間に、と思いなかなか寝付けなかったが2度寝して寝坊した。後から考えると、この日は117日。発生時刻は546分。阪神・淡路大震災から23年。どこかでそのことを意識していたのだろう。


筋トレ中仰向けに寝転がって頭と肩だけで身体を支えるくらいまで足を上げる、私はその時に体重の増減を感じる。つっかえ棒のように腰に当てている両腕の感じでなんとなく。最近、少し軽くなったな、と感じたので測ったら、また1kg減っていた。先日1kg減って気分が良かったところへまたで、都合2kg


開脚柔軟から始めてもうすぐ1年。昨年秋の健康診断では、最近の最重体重から3kg減って、しばらく踊り場があったが、そこからまた2kg。目標は来秋までにあと3kgだったから、あと1kg。順調だ。


最近腹筋を1種類増やしたが、それがだいぶ効いているようだ。また励もう。総合計5kg減か。くふふっ。


家を5分ほど早く出て、乗るバスを1本早くした。この1本の差は大きく、直後に道が混み出す。いつものバスは定刻をかなり遅れるから、寒い中長々と待つ事になるからだ。では遅めに出ても、となるかもしれないが、たまに定刻に来るから読みきれない。


1本早めに乗ると、直前にまたバスがあるから、人が少なくほぼ定刻に来て、道もスムーズ。電車に乗換えが発生するし、ここも1本差で座れなかったりするが、寒さに震えるよりはまあいいだろう。


休日散髪してお気に入りの珈琲豆屋でキリマンジャロを飲んで帰る。天気が良くバスので視界も明るい気がする。すっかり葉を落とした、谷川沿いに立つ冬の木の連なりが季節を感じさせる。


関西に来てからおなじみのパン屋ローゲンマイヤーのカレーパン&ソーセージパンの昼ごはん。ワンコの散歩はこないだたまには違うところを歩きたいな~というそぶりを見せた2頭を少し遠回りさせて歩く。ちなみに夕焼けとか薄暮に灯りが点きだす街が見たいから夕方に行くことが多いが今の季節は気温が高い昼のうちにすます。帰って来て本読んでおやつ食べる。柿ピー一袋、雪の宿というスナックせんべい2枚に作り置きのクッキー1枚、抹茶チョコレート一包み。ふだんおやつは食べないが、休みの日だけは食べる。息子帰る。パン食べて自分の部屋に引っ込む。パパワイシャツハンカチにアイロンかけて電気シェーバー洗ってワンコをひざと腹に載せて読書タイム。


いま「おやすみなさい、ホームズさん」上下巻。意外に面白い。アイリーン・アドラーの、「ボヘミアの醜聞」までの軌跡の創作。最初は表紙があまりにも少女マンガチックで、うわーこりゃだいぶ原作とかけ離れたパロディちゃうかーと思って敬遠していたが、読んでみると「ボヘミアの醜聞(スキャンダル)」への軌跡と原典の裏側を描いたもので、シャーロッキアン的である。


晩飯も食べずに爆睡していた息子は、妻が寝た後の11時に起きてくる。コイツが寝てると、「精霊の守り人」をメインのでかいテレビで観れるからいいのだが、私がメシの世話をしなければならない。先に風呂に入らせ、豚汁を温める。おかずもあったがそんなに入らないとのこと。もともと父親似のご飯好きでふりかけとか海苔でご飯1杯食べてOK、という子である。まあ変な寝かたしたし、すぐまた寝ることになるからいいかと出し、風呂に入る。土日は出来る限り夕方までに筋トレ柔軟を済ませて夜ゆっくりする。


日曜日は買い物。コーデュロイ生地のズボンがもうそろそろ変色して来ていたが、UNIQLOZARA、無印良品には気の利いたものがなく、メールで知ったLL Beanのセールに出かける。思ったものとは多少違ったが、それでも探し回るほどのものでもなく、ここで逃がすとまた買い替えが遅くなるし安いしで買ってきた。UNIQLOなんかと違ってすそ直しが5日かかるとか。来週引き取り、その間にいまのパンツとお別れの儀式をしようかね^_^


すぐ帰ったので12時半には自宅。ご飯食べて「おやすみなさい、ホームズさん」読んで「シャーロック・ホームズの冒険」冒頭の「ボヘミアの醜聞(スキャンダル)」を読んでより味わう。シャーロッキアンもののヒロイン、アイリーン・アドラーはこの話にしか出てこないし、「おやすみなさい、ホームズさん」もこの短編に出てくるセリフだ。


書評書いてからワンの散歩。途中で近くに住む後輩が車で通りかかって、ブックオフに大量に本を持ってく途中だそうで、「チャイルド44」だけもらってきた。いや、偶然だった。帰ってきてコーヒーと、昨日と同じおやつ。たまにはお菓子バリバリ食べたいよねーと。でまた本読んで筋トレ。きょうは用事ごとはないからラクだ。


鉄腕DASHスペシャルを見て読書して風呂入ってオロナイン塗って、ちょっと耳鼻のムダ毛の様子を見たりして、寝る。さあまたバタバタ。来週は「ル・アーブルの靴みがき」観たいなー観れるかなー。


寒いらしいしいやだな、と風呂に入ったら、ドライヤーから火花が飛び、使用不能に。エアコンの暖房で乾かした。週のオチかっ。やれやれ。

2018年1月14日日曜日

冬の徒然





指先がガサガサと荒れてきたので、寝る前に毎晩オロナインを指先につけるようになったらすべすべ感が戻った。さすがオロナイン。


寒い週になった。最高5度、最低0度というところ。行きの下りに、用水路から水が漏れ、道路を斜めに横切っているところがあって、渡らなければ前に進めない。凍っている。革靴で乗ったら滑るかな、と踏み出したとたん滑った。予想していたので体勢を立て直し、ツーッと1mくらい滑り降りる。氷が溶けかかった部分にさしかかり、靴が水気のある氷をスムージー状に削るザザザという感触で止まった。


職場の先輩が体調崩し休んだが3日後復帰した。


たまに割り込みに遭遇する。特にバス。お年を召された方が自分が早くバスに乗りたくて平気で人の前に割り込む。電車バスでカリカリするのは東京で懲りたから鷹揚にしたいのだが、寒い中早めに行って遅れ気味のバスを行儀良く立って待ち、やっと来たと思ったら割り込まれた、では、相手がいくら年配者でも文句のひとつも出ようというものだ。


精神的に忙しい時期、1月は呑み会も入れず、今のところ毎日規則的な生活をしている。金曜日はすき焼きで、妻と、正月のおとその残り酒を小さいグラスに1杯ずつ呑んだ。


翌土曜日の朝、いつものように、朝一番に図書館に行こうと早起きすると、頭が痛む。これはひょっとして、ひさびさに来たか、と寝直すことにする。来週はちょっとした仕事のヤマで、休むわけにはいかないのだ。


10時ごろ起き出すも、どうやら体調悪いのは確実のようでまだ頭が痛み、熱こそないが胃腸も変な感じだ。とりあえずバファリン。しばらくして頭痛は治まったが、どうも調子悪げ。ベッドに引き取り大人しくしていた。あーあ、totoBIG7億円きょうまでだから買いたかったのに。


先輩氏にもらったか、寒さにやられたか。夜にはなんとかだいじょうぶそうなので、筋トレもいつも通りやろうと決意を固める。明日も少しでも外出したい。なにせもうここ何年と体調が悪くなるなんてことはなかったわけで、風邪もほとんどひかない体質。


ところで、筋トレを始めてから身体は引き締まってきたが体重が思ったより減らない、と思っていた。他人に聞いて、筋肉も重いですから、と言われてもピンとこないでいたが、ちと考えて納得。


自分が若い頃、人生最高体重まで行った時、ダイエットでもするかと、それまでたくさん食べていた夜食をほぼなくし、ご飯は肉を1100g以下にして、なおかつ規則的に食べることにした。するとあっという間に8キロ減った。ここでいまと同じくらいの体重。そこから少し踊り場的な期間があって、その頃には食生活にも慣れ始めていたから、継続しているとまた2年くらいかけてガクンと落ちた。


当時は仕事も忙しかったし、運動すると、やめた時にまた太っちゃうからもっぱら食事の改善だけだった。


ようは筋肉がつかなかったから、プラスがなかったわけだ。いまは考え方が逆で、家族もいてふだん夜の付き合いもあり、食生活改善を続けにくい。年もとって身体を作り直したいし、メシはふつうに食べたい。


で、プラスマイナスのある方法を取っているから、そないに減らないのね、なるほど、と思い当たった。方法論が変わっているのに思いを馳せず、かつての結果のイメージだけを追い求めるから感覚的に納得できなかったのね。やっとつながった。私もまだまだだ。


踊り場は昔もあったんだよな。諦めずに続けるべし、と考えられたからよしとしよう。まあ上半身の筋トレだけだから、減ってもあと12キロが限界かなと思ってるけども。


日曜日、午前図書館に行って帰る。朝なんとなく頭が重いのと、その次に胃腸が気持ち悪いのは昨日と同じだが、程度が軽くなったし、午後には復活していた。帰って昼ごはん食べて、ワンを散歩に連れてって、妻子外出の間に自分のこと部屋掃除、ハンカチとワイシャツにアイロンかけて、空いた時間に録画しておいた「ゲド戦記」を観る。声優は豪華だが、話がイマイチだなあ。まあジブリ作品にはもひとつも多い、とはもうスタンダードだけど。


晩ごはんまでおとなしくしておく。次週は暖かいそうだが、朝晩は寒いので油断してはいけない。気温が上がっても、風が冷たいのが冬だ。その点秋とは違う。熱が出ませんように。

冬の徒然

写真は中之島図書館の喫茶店。めっちゃオシャレだった。もっかい行きたいな。


指先がガサガサと荒れてきたので、寝る前に毎晩オロナインを指先につけるようになったらすべすべ感が戻った。さすがオロナイン。


寒い週になった。最高5度、最低0度というところ。行きの下りに、用水路から水が漏れ、道路を斜めに横切っているところがあって、渡らなければ前に進めない。凍っている。革靴で乗ったら滑るかな、と踏み出したとたん滑った。予想していたので体勢を立て直し、ツーッと1mくらい滑り降りる。氷が溶けかかった部分にさしかかり、靴が水気のある氷をスムージー状に削るザザザという感触で止まった。


職場の先輩が体調崩し休んだが3日後復帰した。


たまに割り込みに遭遇する。特にバス。お年を召された方が自分が早くバスに乗りたくて平気で人の前に割り込む。電車バスでカリカリするのは東京で懲りたから鷹揚にしたいのだが、寒い中早めに行って遅れ気味のバスを行儀良く立って待ち、やっと来たと思ったら割り込まれた、では、相手がいくら年配者でも文句のひとつも出ようというものだ。


精神的に忙しい時期、1月は呑み会も入れず、今のところ毎日規則的な生活をしている。金曜日はすき焼きで、妻と、正月のおとその残り酒を小さいグラスに1杯ずつ呑んだ。


翌土曜日の朝、いつものように、朝一番に図書館に行こうと早起きすると、頭が痛む。これはひょっとして、ひさびさに来たか、と寝直すことにする。来週はちょっとした仕事のヤマで、休むわけにはいかないのだ。


10時ごろ起き出すも、どうやら体調悪いのは確実のようでまだ頭が痛み、熱こそないが胃腸も変な感じだ。とりあえずバファリン。しばらくして頭痛は治まったが、どうも調子悪げ。ベッドに引き取り大人しくしていた。あーあ、totoBIG7億円きょうまでだから買いたかったのに。


先輩氏にもらったか、寒さにやられたか。夜にはなんとかだいじょうぶそうなので、筋トレもいつも通りやろうと決意を固める。明日も少しでも外出したい。なにせもうここ何年と体調が悪くなるなんてことはなかったわけで、風邪もほとんどひかない体質。


ところで、筋トレを始めてから身体は引き締まってきたが体重が思ったより減らない、と思っていた。他人に聞いて、筋肉も重いですから、と言われてもピンとこないでいたが、ちと考えて納得。


自分が若い頃、人生最高体重まで行った時、ダイエットでもするかと、それまでたくさん食べていた夜食をほぼなくし、ご飯は肉を1100g以下にして、なおかつ規則的に食べることにした。するとあっという間に8キロ減った。ここでいまと同じくらいの体重。そこから少し踊り場的な期間があって、その頃には食生活にも慣れ始めていたから、継続しているとまた2年くらいかけてガクンと落ちた。


当時は仕事も忙しかったし、運動すると、やめた時にまた太っちゃうからもっぱら食事の改善だけだった。


ようは筋肉がつかなかったから、プラスがなかったわけだ。いまは考え方が逆で、家族もいてふだん夜の付き合いもあり、食生活改善を続けにくい。年もとって身体を作り直したいし、メシはふつうに食べたい。


で、プラスマイナスのある方法を取っているから、そないに減らないのね、なるほど、と思い当たった。方法論が変わっているのに思いを馳せず、かつての結果のイメージだけを追い求めるから感覚的に納得できなかったのね。やっとつながった。私もまだまだだ。


踊り場は昔もあったんだよな。諦めずに続けるべし、と考えられたからよしとしよう。まあ上半身の筋トレだけだから、減ってもあと12キロが限界かなと思ってるけども。


日曜日、午前図書館に行って帰る。朝なんとなく頭が重いのと、その次に胃腸が気持ち悪いのは昨日と同じだが、程度が軽くなったし、午後には復活していた。帰って昼ごはん食べて、ワンを散歩に連れてって、妻子外出の間に自分のこと部屋掃除、ハンカチとワイシャツにアイロンかけて、空いた時間に録画しておいた「ゲド戦記」を観る。声優は豪華だが、話がイマイチだなあ。まあジブリ作品にはもひとつも多い、とはもうスタンダードだけど。


晩ごはんまでおとなしくしておく。次週は暖かいそうだが、朝晩は寒いので油断してはいけない。気温が上がっても、風が冷たいのが冬だ。その点秋とは違う。熱が出ませんように。





2018年1月9日火曜日

休みの続き

お正月休み明けの1/4、5は電車バスともに人が少なかった。そりゃあまあ、休めば10日間を超える連休になるわけで、かなりのんびりできる。私はいつも暦通り基本なんで、来年は考えてみようかなとカレンダーをしばし研究した。

で、土曜日は中央図書館に行って借りてた「ライヘンバッハの奇跡」と「ホッグ殺人事件」を返却した。駅前の図書館は9時からだからと思い、9時過ぎに行ったら中央図書館は9時30分からで、お年を召された男性陣が整然と一列に並んで待っておられた。新聞を読みに来る方も多いんだろうが、私は少なくとも必要がない列で、並ばずに後からゆっくり入った。

で、本屋に行って「プレイボール2」の2巻を買ってきた。キャプテン谷口がこれまですべて正しかったとは言えないが、どうも迷いが大きいのと、試合の相手チームが濃すぎるな、と原作と比べて思う。ちばてつや氏が巻末で答えているが、いまは模倣だけど、そのうち現在の作者が描きたいプレイボールが出てくるはず、と。それはその通り。オールドファンは過去作の味わいを完璧に再現してほしいというわがまま心を持つもので、ちょっと反省。今後の展開に期待しよう。

帰ってきて本を読み、春高バレーを見る。女子は去年のベスト4金蘭会が目立つ。チーム全員が年代別の日本代表に呼ばれているとか。男子は皆好感が持てるが、やはりインターハイ優勝の鎮西が目を引く。リベロも目立つスコアラーも1年生だ。

この夜はママが梅田で買ってきたお弁当プラス焼き鳥だった。

日曜日は早くから三ノ宮へ「ボストン美術館展」を観に行く。去年、郵便配達人ルーランの夫妻やその息子が出てくるゴッホをモチーフにした映画を観て、年始にゴッホのひまわりの本を読んでちょっと知識的にマイブーム。ルーラン夫妻の絵が揃って展示されていた。

制服の夫ルーランはスタンダードめに思えたが、妻の方が面白かった。この写真にはないけれど・・。

緑のバック、緑の服の上に浮き立つ表情。瞳も緑。チラシなどで見ると、少しデフォルメしてあって、厳しくてカタい感じも受けるが、実物は、特に目元口もとの感じが柔らかく優しく、ゴッホのいう、漁師たちが船の中で見てぬくもりを思い出す雰囲気が伝わった。

これは直接近くで観ないと分からないであろう感覚だと思った。印象派絵画などは離れて観たほうがいい場合が多い。近くから見るとより強くボケさせているのが分かるからだ。今回はほう、と思ったな。

帰って本を読む。J.P.ホーガン「ガニメデの優しい巨人」。名作「星を継ぐもの」の第2作。相変わらず理屈が多く読むのに時間がかかるが大いに楽しめる。ついに謎の巨人ガニメアンの登場だ。

夜は「必殺仕事人」の新作を観た。世相を反映するのが必殺。今回はイスラム国と自爆テロであろう。理が通るようなそうでないような微妙なところもあったよな感じだった。

成人の日は朝から雨。天気予報で悪いと言っていたし、外出の予定なし。ゴミ出しをして、朝ごはん食べて歯を磨いて、二度寝する。昼まで爆睡。まあ連休中はどうしたって夜更かしするからね。

昼ごはんを食べて春高バレーの男子決勝を観る。鎮西vs洛南。ここまで来るとレベルは相当高い。双方ともに高いアタッカーを複数揃えているし、トスアップも、バックライトにさらっとバックトスで飛ばす。コンビネーションも多彩である。3-0で鎮西。洛南も強かったが、レシーブは鎮西がかなり良かった。またエースの鍬田がキレキレで、超インナースパイクも見た。洛南の強さを上回った感じだった。

夜は冬休みの宿題をスパートかけてる息子につきあっている。いつまでかかることやら。録画しておいたプロ野球特番はいつ見るんだろうね。夜はふけるのでした。(笑)




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休みの続き

2018年1月7日日曜日

2017年12月書評の3

写真は初日の出。前の年越しの瞬間と合わせ、今年はどちらも息子と一緒だった。


年末年始はブックオフに通ってせっせと処分、本棚の整理をした。おもし的に取っていた本も手放した。値段にはがっくりしたけどね。


ただ、本棚も広いとは言えないし、そもそも絶対保存のシャーロック・ホームズものだけで少なくない数あるからね。


さて、12月は12作品だった。恩田陸の直木賞、本屋大賞「蜜蜂と遠雷」は、筆致はさすがな部分もあったが、慣れている身には職掌気味のネタだった。無邪気すぎるよな、いつものらしさが逆にないよな、と思ったのがグランプリから外した理由だった。


2018年、打たれるような感覚の本にまた、出逢いたい。


江國香織

「いつか記憶からこぼれ落ちるとしても」


ハードめなのが続いたから、可愛らしいのを。女子高生もの。感覚的でふむふむ。


菊子は中高一貫の女子高で、竹井、麻美子、柚とつるんでいる。母が病気がちで、宇都宮にたまに単身赴任が帰るといっしょに食事に出たりしている。ある日の通学電車で、菊子は赤いオーバーを着た女性に身体を触られるー。(「指」)


2002年の作品で、同じ女子高に通う生徒をそれぞれ主人公にした(一部違うが)連作短編集。一時期よくこういうのを読んだが、久しぶりに雰囲気に浸った。


さまざまに揺れ動く女の子たち。突然態度が変わり病気になった子の友人、ママと異常に仲のいい子に彼氏ができる話、ふくよかな体型女子のバイト生活と内面、などなどちょっと変わった、でもありそうな日常のエピソードが散りばめられている。


また、ミステリアスな子を頻繁に登場させ、その子を軸に毒の入ったストーリーも混ぜてあり、なかなか興味深い。


特徴は、持ち物、食べ物、ファッションなどが女子ものらしく細かく詳しい。そういう断片も女子たちの懐かしい記憶、なのだろうか。


個人的にはやはり「指」そして「飴玉」が良かったかな。人は内面と外面はやはり違う。その日常の渡り方、といったものが際立っているような感じだった。


後から振り返ると、懐かしいのであろう、ある意味ポエミーな記憶の数々。ほわほわっとくすぐられたし、鋭さ、巧みさも漂う。たまに江國香織流フェミニンさを味わうのもいいな。


恩田陸「蜜蜂と遠雷」


渾身と変身。結局はストレートのファストボールを軸に完投ゲーム、という感じか。直木賞、本屋大賞。


芳ヶ江国際ピアノコンクール。パリでの予備選で審査員の嵯峨三枝子は、出場者カザマ・ジンの演奏に激しい怒りを感じ、拒絶する。彼は巨匠ホフマンからの「ギフト」だった。すさまじい才能を宿した少年・風間塵、かつての天才少女・栄伝亜夜、優勝候補マサル・カルロス・レヴィ・アナトールらが、コンクールの地に集まるー。


私は、マンガ「ピアノの森」や多くのコンクールで審査員を経験した中村紘子氏の著書等々音楽ものはいくつか読んでいる。なので読み始めた最初、天才性を宿した若者たちが出場するコンクールを一から十まで描く、という形に少しだけ新鮮味のなさを感じていた。


しかしながら読みながらものすごく集中でき、一気に読み切った。やっぱ好きなんだなあと、苦笑した。


恩田陸が今回、音楽と出場者、コンペティションを描くのに投入したエネルギーとパワーがまっすぐ向かってくる。クラシックにありがちな過剰な表現と発想の嵐も、意外にバランスがよく、これだけ書き連ねられれば気持ちよく潜水できる、という印象である。


たくさんの音楽書でも触れられていた、東洋人がなぜ西洋の音楽を演奏するのか、とか、作曲家の背景なり想いをできるだけ理解して、というのも正統派だけれど、曲はあくまで媒体で、解釈は自由に認められるべきでは、とかいう考え方も散りばめられていて嬉しくなった。


直木賞の選考コメントを読むと、波のないストーリー、人物造形の深さなどなどに不満を感じながらも、恩田陸が技も表現力も、音楽への深い愛情も、フェミニンさも、またアダルトな思考も注ぎ込んだ渾身の作品に審査員たちもねじ伏せられた、という印象だ。


どこそか愛すべきクセもある恩田陸。今回は逆にそれを感じさせない。燃えるストレート、ファストボールを軸に持てる限りの変化球を使いながら投げ切った、という迫力を感じたな。やはり、音楽が聴きたくなった。


ウィリアム・シェイクスピア「ハムレット」


若さはじけるハムレット。評価が分かれるのもなんか納得。迷ってばかりで言葉が多くて、落ち着かない印象。それともリアルかな?


デンマーク王クローディアスの甥で先王の息子ハムレットは、父を慕い、母であるガートルードがクローディアスに嫁いだことで苦悩を抱えていた。そんな折、父王の亡霊が現れ、自分はクローディアスの陰謀により殺されたとハムレットに告げる。


そもそもシェイクスピアの台本はセリフが多いのだが、ハムレットは狂気を装うというのもあり、ホントに言葉数が多い。王と妃が心配して友人に監視させたり、恋するオフィーリアの父、ポローニアスが隠れひそんだりして、ハムレットが全員を敵視しているのもあり、自分にかしずく者に反抗してからかってみたりする。心千々に乱れ、触れる者全てを傷つけようとする、というどこかの歌詞で聞いたような振る舞いだ。


それが重い苦悩を余計に表し、また若さを端的に表現している。たしかに、若い頃は全てが理屈通りではなく、どこかで噴き出してしまうものがありがちではあるが、も少し落ち着くとこがあっても、とは思った。


「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」


はこの訳では


「生か死か、それが疑問だ」となっていて、最初は分からず、読了後に探した。うーん。


これで四大悲劇読了。それなりに思うことはある。さらに読んでいく中で、今回の感想もまた自分の中の受け止め方が変わっていくだろうか。来年も楽しめそうだな。


ジョン・ロバート・キング

「ライヘンバッハの奇跡  

           シャーロック・ホームズの沈黙」


クリスマスに、ホームズはよく似合う。今年も考えてこの時期読みました。


ケンブリッジ大学で科学を専攻した放浪者トマス・カーナッキと街で出会った美女アンナ・シュミットはライヘンバッハの滝にピクニックに行った際、滝の上から男が突き落とされるのを目撃する。急いで転落者を救助したものの、3人はライフル銃で狙われることとなり、馬車で逃げ出す。救助された男は記憶を失っていたー。


なかなか面白いシャーロッキアンものである。ホームズの宿敵モリアーティ教授がなぜロンドン犯罪界の帝王のようになったかというと、優柔な学生だったモリアーティはしかし、「極端に悪魔的な精神に向かう遺伝的傾向を持ち、血管には犯罪の資質が流れていて、並外れた知力によって逆に増強され途方もなく危険な形に変質していた。大学のある町で、彼に黒い噂が付きまとった」という意味合いのことが原作には書いてある。


そこを掘り、詳しく描写し、さらにホームズの活躍の時期と重なるジャックザリッパー事件とも関係させているユニークなパロディだと言えよう。また後に幽霊狩人探偵として小説化されるカーナッキが絡むものらしく、少々オカルト的でもある。ホームズものであり、モリアーティもの。


解決もパロディらしく現実離れしてて面白いってとこかな。意外にホームズたち、ガンガンやられてしまうし。ケガし過ぎ、復活早過ぎ(笑)。でもま、トータルとして、シャーロッキアン的娯楽ものとしてまずまずだったかな。





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2017年12月書評の2

写真は年越しの瞬間のUSJの花火。いつもは港に停泊している船が一斉に汽笛を鳴らすのだが、今年は強風で聴こえなかった。


小川洋子「アンジェリーナ」


クレイジー・プリティ・フラミンゴでしたねー。


小川洋子がファンだという佐野元春の曲にインスパイアされた短編たち。10曲のタイトルがそのまま使われ綴られている。小説化、というのは楽しみがかなり広がる。


佐野元春は世代的に私も大学の頃たくさん聴いた。「アンジェリーナ」はいまでもカラオケで歌う。それにしても不思議な歌詞。トランジスタラジオでブガルーでアンジェリーナはバレリーナで・・。姉が機嫌のいい時よく口ずさんでいた「オーアンジェリーナ、君はバレリーナ・・」。


「ガラスのジェネレーション」も、好きだったが、クレイジー・プリティ・フラミンゴとかミッドナイト・カンガルーがドアをノックするとか改めて見るといやー面白い発想の歌詞だこと。


佐野元春は、このような突飛な言葉を駆使しつつ、切なげで、釈然としなくて、エネルギーが余っている感情を飛ばし気味に表現し、それでいて、我々の想像力を小粋にかきたてる不思議な世界を現出していると思う。


それを小説化するというのは、一種ファンタジーな空間を現実化する意味合いもあり(実際はかなり空想的な話も多いのだが)なかなかワクワクする。


小説を読んだ印象は「喪失」がモチーフ、また「回想」が多いな、ということだった。印象に残ったのはやはりバレリーナの「アンジェリーナ」そして「クレイジー・プリティ・フラミンゴ」の「ガラスのジェネレーション」だったかな。フラミンゴの話は、余韻と読み手の興味を刺激し、コミカルで、上手い、と思った。も少し長くてもいいな、と思ったものもあったが・・。ラストの「情けない週末」だけは異質で、文芸的だ。


実を言うと、私は「アンジェリーナ」以降比較的新しめの曲をよく聴いていて、曲が思い出せないものもあったか、これを機会に聴き直すのもいいかなと、知ってるのと知らないのとでは思い入れも味わいも違いすぎたからね。


宮下奈都がブルーハーツをバックグラウンドに描いた連作短編があったが、やはり音楽はいい。今回は、遠く幻想的なものだった佐野元春の歌詞を小説として目にしたことは新鮮で、嬉しかった。


もっとやって欲しい。忘年会カラオケは「ガラスのジェネレーション」かな(笑)。


あさのあつこ「木練柿(こねりがき)」


皮肉屋で性格の悪い天才探偵、北定町廻り同心・木暮信次郎と元武士の小間物問屋・遠野屋清之介、彼らの父親世代の岡っ引きでいさめ役の伊佐治シリーズ第3弾。今回は短編集。


男が匕首で刺し殺された。その袖から「おみつ」という名前入りの手紙が見つかる。ありふれた名前ではあるが、木暮と伊佐治はその名前の女中頭がいる遠野屋を訪れる。おみつに詮議すると、意外なことに男のことを知っている、とハッキリ答えたー。(楓葉の客)


今回は短編集。主にシリーズに登場するバイプレイヤーたち、遠野屋の女中頭おみつ、遠野屋らとともに新しい試みを始めた帯屋の吉治、一膳飯屋である伊佐治の家に嫁いできたおけい、清之介の義母おしのらが重要な役どころをそれぞれ演じている。


目先の変わる企画であるし、今後も登場するであろうキャラクターの背景に対する理解が深まるイコール読者の親和性がさらに増す。また物語を進めることもできる。今回はシリーズ前巻「夜叉桜」で遠野屋が引き取った赤子のおこまの存在感が大きい。


まあ短編はどうしても話がちょっと派手めになる。ああこういう事が起きるな、と読めたりもする。まあ楽しめたが、どっちかってえと、長編の、闇が深まる感じが好きだな。


ディーノ・ブッツァーティ

「タタール人の砂漠」


んーいや、堪えたな・・。読了後ダメージでかい。。まさに人生がテーマだ。


ジョヴァンニ・ドローゴは士官学校を卒業後故郷を離れ、北の王国との国境を守るバスティアーノ砦に向け出発する。そこはかつてタタール人が攻めてきたという砂漠に面した、何もない山中の大きな要塞だった。ドローゴはすぐに転任したく申し出るが、健康上の理由にするため四カ月後の健康診断まで待つように諭されるー。


砦は多くの人数と経費をかけて、厳格な規律のもと運営されるものだった。この作品は少し前から気に掛かっていたから、いつか新鮮な気分で読むために、逆にあまり予備知識を入れないようにしていた。実際は、辺境は合ってたが、実はもっと小さな砦の話で少人数での、ややエキゾチックな話かと思っていたら、ちょっと意表をつかれた。


解説によれば、イタリア人作家ブッツァーティが愛した故郷ブッルーノの急峻なオーストリア国境の山々、それと特派員として近東各地を訪れた時に強い印象を持ったという砂漠のイメージを組み合わせているとのこと。


砦からは転任もできる。しかし自ら長い間留まるものも多い。その理由は・・。それこそが作品の中心の一部だろう。皆何もない日常であっという間に過ぎ去っていく時を過ごし、そして自分たちが砦にいる意味を証明するため、いつかあるはずの、敵の来襲を期待して待っている。そして何十年もの後、ついに敵が攻めてくる。しかしその時ドローゴは・・。

 

幻想的でもあり、もうひとつ西ヨーロッパのイメージにないような山岳描写、数少ないが鮮烈な物語の起伏には惹かれるものがある。砦を人生の器、環境にたとえているところ、来襲するはずの敵も大いなる暗喩であろう。長い年月と避けられぬ老い、人生に対するスタンスとその結果がもたらすもの。メッセージは明確で、心にこたえる。読んでて重い。


まぎれもなく名作だと思う。この作品はまた、1940年の、第二次世界大戦にイタリアが参戦する前日に出版されたが、時代状況のもあり、一部で認められこそすれ、1950年代末から60年代にヨーロッパ各地で称賛されるまで長年その価値を正当に評価されて来なかったという。ストーリーの内容にも通じる流れ。これもまた面白い現実だ。


井口俊英「告白」


大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件の直接の担当者として、アメリカ当局に実刑判決を受け収監された著者の、つぶさな告白。


アメリカ国債取引でのマイナスを取り戻そうとしてさらに失敗し、約1000億円の損失を銀行に与えてしまった著者は、1995年、12年間守ってきた秘密を告白状にしたため、頭取宛てに送ったー。


逮捕されたトレーダー、井口氏が損失発生から隠匿し続けた日々、発覚前後の一連の経緯と舞台裏、拘置所に入ってからの日々、裁判と収監等々を綴った一冊。当時の海外支店の状況や、度重なる監査・検査で発覚しなかったこと、発覚後の大和銀行の対応のまずさなどを心情とともに書いている。


もはやかなり前の事ではあるが、新聞で読んだだけではおよそ分かり得ないことか多い。アメリカ司法制度のことも詳細で、興味深い。当時は国内外で巨額損失事案が多くあり、その概要なども記されている。


うーん、ザル。これが率直な感想だ。特に監査体系を日本も参考にしたアメリカの監査、検査のいい加減さ、銀行サイドの観光旅行のような監査には恐れ入ったという感じだ。


この事件はさまざまな影響を企業のあり方に、いまだに与えている。また、人の心情のリアルな動き方、企業人とは、また父親とは、なんかも想起されて暗い気分にもなってしまう。


時代を感じたな。。文芸としてみれば、大変面白かった。





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2017年12月書評の1

ちょっと遅れたが昨年12月の書評。写真は我が家の年越しそば。ランキングあげた後はゆるりと読んだから少なめ。直木賞も。

黒川博行「破門」

「疫病神」シリーズの直木賞受賞作。ヤクザものは苦手だが、確かに圧倒的なエンタメかもしれない。キャラは立ち、大阪弁のかけ合いも秀逸。

貧乏な建設コンサルタントの二宮啓之は、極道の二蝶会が映画に出資した件で、疫病神的存在のヤクザ、桑原と話を持ちかけた映画プロデューサーの小清水に会う。やがて小清水は金を持って失踪。巻き込まれた二宮は桑原とともに小清水を追うがー。

いいところはテンポと機転と、ディテールにこだわったリアリティー。またそこに反するように展開される、どうしようもなく、かつ笑える、よく練られた会話だ。分厚い本なのだが、すぐに読んでしまえる。

「疫病神」シリーズの第5弾。荒っぽいが計算高く、二宮を三下のようにこき使う桑原と、貧乏でだらしなく、桑原のことを嫌いだがどうしようもなく付き合わされる二宮の関係性と会話が面白く、パワーのある作品だ。

作品のクオリティーは認めるし楽しめたが、やはり裏社会ものはベストマッチはしないかな。2人が北朝鮮に潜入するという「国境」は興味があるな。

長野まゆみ「夏帽子」

ほの暖かく、自然観あふれる、長野まゆみ的ワールド。今回はあまり感情の蹉跌といったものはなく穏やかだ。

紺野先生は小学校理科の臨時教員。いつも夏用の帽子を被っている。めまぐるしく任地は変わる。山奥の学校で、海に近い校舎で、時には生徒の家に間借りしながら、移りゆく季節の中土地ごとに短い物語を過ごす。

ファンタジック、少しく前の時代、植物、虫、得意の鉱石などを織り交ぜながら、紺野先生と様々な生徒と思い出の時を綴る。やはりというか、すべて少年だ。女の子は出てこない(笑)。

18の物語が収録されている。4の堤防での運動会の練習の話や、5の、都会の地下街で過ごす生徒のこと、14の引き潮道の出来る南の離島、15の峡谷の斜面に立つ生徒の家での間借り、また17の洞窟探検など印象に残るストーリーも多い。

長野まゆみは「鳩の栖」「少年アリス」で感銘を受けてから折にふれ読んでいる。BLをなんとか避けながら。^_^いつか読書家の先輩と長野氏の話になり、先輩は「宮沢賢治っぽくて好きだ」と言っておられた。

多作の作家さんは他にはない独自の世界観を持つ。またすぐ読むだろう。

岡本太郎「青春ピカソ」

いや、熱い、熱いぞ岡本太郎。
昭和28年の短い作品。ピカソに対する岡本太郎の情熱。ブックオフの棚で偶然発見。こういう面白い出会いがあるから、本屋通いは、やめられない。

ピカソの研究、礼賛の書である。若き日のパリ在住時、ピカソの作品を観て涙が湧いて出たという岡本太郎は書いている。

「これだ!全身が叫んだ。」
「ーあれこそ、つきとめる道だー繰り返し繰り返し心に叫んだ。」

そして、偉大で不動の存在であるピカソに挑戦し、打ち倒すことが芸術の発展につながる、と説く。かつて印象派が官制サロンを倒して新たな権威を打ち立てたように、あるいはピカソ自身がそうしたように。

岡本太郎のピカソの作品への想い、自らの来し方、またピカソの画家としての人生とその作品傾向を独自の考えのもとになぞって紹介して、ピカソとの会見の様子をつぶさに描いている。

ほとばしる熱さ、その使う言葉がまたちょっとだけ難しくアーティスティックで、時代的で、雰囲気をも感じさせる。

ピカソは好きだ。意味わかるか、と言われるともちろん分からない。風貌からして才気に溢れ、画壇を破壊し、独自の世界を見事に打ち立てた不動の天才。そんなピカソの絵をどのように見ればいいのか、も書かれている。

面白かったー。ピカソの特集雑誌や買ってきた絵はがきでも眺めよう。

アガサ・クリスティー
「オリエント急行殺人事件」

最後のポアロのセリフが素晴らしい。ヘンな例えだが、マーラーの第五交響曲第一楽章のラストみたい。もうすぐ新作映画封切り。それを意識した新訳版。

シリアで事件を解決し、ロンドンへの帰路、探偵エルキュール・ポアロはイスタンブール発カレー行きのシンプロン・オリエント急行に乗った。鉄道会社の重役で親友、ブークも偶然一緒だった。車内でポアロは、生命を狙われているという裕福なアメリカの老人ラチェットにボディーガードを頼まれるが、断る。雪で列車が立ち往生している翌朝、ポアロはブークに呼ばれ、ラチェットが車内で殺されたことを知るー。

多くの乗客の証言、荷物検査と秩序立てて進めて行く構成が印象的だ。そしてポアロがどういう結論に達したのかー。謎の犯人は、とゾクゾクするような仕掛けとなっている。

国籍も多様な、12人の乗客、犯人は誰かー。犯行当夜、ポアロはいくつかの出来事に遭う。ポアロが目撃したキモノを引っかけた女はー。あり過ぎる遺留品、まとまらない証言、そしてポアロへの挑戦ー。オリエントという神秘さを帯びた響き、アメリカという国の、ヨーロッパでの捉えられ方ー。

さまざまな要素から、この名作は成り立っている。雰囲気、閉ざされた状況、狭い列車内での殺人など、創り上げられた物語の端々にエッジが効いている感じだ。

出てきたたくさんのファクターを最後に全て結びつけるのは、読み手の作業として少々混乱を来すが、物語の性質上仕方がないものと思われる。

かつて見た映画では、小説での結論をもとに創作した回想シーンが入れられていた。それが、このベストミステリーのトリック立てをさらに見事に表現していたように覚えている。文章上ではそこまでの言及はない。まもなく封切りの新作映画は、そのへんどうなんだろう。個性あふれる乗客たちのキャラクターも興味がある。

私も胸を張ってミステリー好きと言えるほど読んでいないが、人に、面白いミステリーは?と聞かれればこの作品と答えるようにしている。誰にも先駆けて遣われた大仕立てのトリック。これ以降はオリエント急行の真似と言われる。そのいわば1回こっきりのトリックを見事に肉付けし、どこか異国感漂う、ファンタジックさまで感じさせる物語にしたアガサはやはりミステリーの女王だ。

ポアロは、物証の乏しい中、心理学というよりは想像力で推理を展開していく。ちょっと意外ではあるが、ポアロもオリエント急行という異世界にいるような感じを受ける。それさえも計算されているかのようだ。