2011年6月28日火曜日

buzyなjune

ここ2週はちとハードだった。夜は飲み会、昼も忙しいシーズン、休日は家に居ない。おまけにアリはいきなり大発生するし、土日家に居ないので、クリーニングが追いつかないし。精神的に余裕が無いと良くない。暑いし。

関西から帰ってきて会議と飲み会で、パーティーで挨拶して、金曜はサントリーホールでコンサート。東京フィルで、指揮者は三ツ橋敬子。トスカニーニ国際指揮者コンクールで2位に入った「美しすぎる指揮者」の、いわば凱旋公演か。ベートーベンのエロイカ、皇帝。pfは横山幸雄。チケット完売しほぼ満員であった。そんな中、様々な意味で三ツ橋は期待に応えてみせた。指揮は実にキビキビとしていて、あいまいさがない。小柄だがその熱っぽさが人を注目させる。オケの集中力がこちらまで伝わってくる。曲目もいいのだが、それ以上に彼女のテンションと力強い流れるような動きが際立ち、とてもいいコンサートだった。最後はフラフラになりながら長く続く歓声に応えていた。素人目だが、最後の最後までは、指揮者もオケもテンションが持っていなかった。でもそれを差し引いても、満足だった。

翌日は5時過ぎに起きて飛行機で福岡出張。やはり九州は懐かしい匂いがする。日中研修で、夜宴会。そして母の家の近くまで電車で戻って、既知の友人と2次会。12時近くに帰って寝て翌日12時半の飛行機で東京に帰る。滞在は短かった。多忙な日々ゆえ仕方ないがでも楽しかった。

「ジウ」もうすぐ3巻めまで読み終わる。興味深く、夢中でよんでしまうが、ふうん、という感じだ。面白いけど、私の本道では無い気はする。これ読んだら、また恩田陸と、大橋巨泉の絵画の本と、吉田修一の山本周五郎賞受賞作だ。忙しい中、読書は充実してるな。

2011年6月22日水曜日

たかちゃん

関西から帰った後は、祭りの後のような心境になる。最近、よく文章を書く。書くと落ち着く。ネタは自分の思い出や、興味あるものに対する思考、哲学的なこととさまざまだがいくらでも書ける。今回はひとつ、アップしておく。

にしても暑い。地下鉄にはついに冷房が入った。夜も暑い。さっき扇風機を出したところだ。以下、思い出エッセイ。

最近よく小学校に行くせいか、自分の小学生時代を思い出す。福岡市の隣ベッドタウンの、新しい小学校。教室の窓からは、田んぼの向こう、小高い丘になっている古墳で出土品を探している、作業着姿のおばさんたちが見えた。

たかちゃんという女の子がいた。クラスが、確か1年から4年まで同じだった。たかちゃんは目立つ子で、身体も大きく、ハキハキして勉強も運動もできた。その上になんとも言えない人懐こい顔と性格をしていて先生にもクラスのみんなにも人気があった。よくある男子女子のいがみあいやホレたハレたの話にも加わらず、いつも大らかに笑っていた。6年の時はブラスバンドのリーダーをやっていたはずだ。

2年のとき、盲腸炎で入院したたかちゃんに、色紙に寄せ書きをして送ろう、ということになり、何を書いていいのか迷った私は、誰も書いてないことを一言書いた。退院したたかちゃんは、私を見つけると、人懐こい笑み満開でやって来て、大声で言った。「もうすっごい笑ったー!だってあなた、『手術は成功しましたか?』なんて書くんだもん!」このことはその後も折に触れて言われた。誰も書いていない、しかもけっこういいこと書いたかも、と本気で思っていた幼い私は、最初ぽかんとしてしまったが、たかちゃんは、からかうでもなく、むしろ喜ぶように何度もその話をした。私は私で、1年の体育でサッカーをしていたとき、レフティーのたかちゃんが得意の左足で思い切り蹴ったボールが、体育館の壁のかなり高い所にある大時計のそばまで、すごい勢いで飛んで行った、というのを持ちネタにしていた。たかちゃんは嫌がるでもなく、ケラケラと明るく笑っていた。たかちゃんと話すと、余計な感情はなにもなくなってしまい、会話が楽しくなるのだった。

そんなたかちゃんが憤った、珍しいシーンをよく覚えている。義憤などという類いのものではない。

小学校5年か6年のとき、学年全体で、廊下を走らないようにするにはどうしたらいいか、ということを話し合った。クラスの代表者が集まって、会合をした。私もたかちゃんも、それぞれのクラスの代表で、私は議長だった。たかちゃんはそこで「みんなで一斉に廊下を走ってみればいい」という案を出し、強く押した。そうすれば危なさも解るかもしれないし、いくら注意しても誰もが走るから、いっそのこと走るのOKの時間を設けてやって、走ってはダメな時はそう言ってやれば、むやみに走らないのではないか、という、自分の案の意味合いを説明した。

その場にいたみなびっくりした。まさに、逆説的で小学生の案ではなくアイロニーさえも含んでいた。私などは、たかちゃん、さすが・・そう考えるか?と感心し、むしろその案に惹かれ、立場上賛成とは言えなかったが、話し合いの中で擁護した。

しかし、廊下を走らない相談をしているのに、走る提案が受け容れられるわけもなく、またこの突飛な案には、他のメンバーも戸惑うばかりで、ギクシャクした話し合いの末、たかちゃんのアイディアは残念ながら否決となった。私がそれを告げると、私のクラスの担任が「当たり前たい!廊下走る走らんにいつまで話ししようとね!」と、大人にしては空気の読めないことを言った。

「だったらなんでみんな廊下を走るんですか?なんで走らない、という結論が当たり前なんですか?思い切り走らせればいいんです!」

たかちゃんは、目に涙を溜め、先生に言い放った。根本的な問いだった。たかちゃんなりに事態を本気で打開しようと、頭を捻った考えだった。でも相手にされなかった。私にはどうにも出来ず、後味の悪さだけが残った。その後たかちゃんとは、その話はしなかったが、小学生ながら、自分が感じたことを伝えておけば良かったと思ったこともあった。

たかちゃんには、人に真似出来ない、聡明さと魅力があった。いま思えば、才能だろう。

もうひとつ、よく憶えている事がある。3年生のとき、私とたかちゃんは隣の席だった。友人に言わせれば、私は姉がいるせいか、女の子にも特に意識せず、照れないタイプだったという。たかちゃんにも、普通に仲良く接していた。ある日、たかちゃんは、机から何かを私のほうに落として、座ったまま頭を下げて拾った。たかちゃんが頭を上げるその時、たかちゃんの豊かな髪が私の身体の横をゆっくりと撫でた。その瞬間、私はそれまで感じたことのなかったざわめきを心に覚えた。初めて、女の子を意識した経験だった。

それが淡い恋に発展したかというとまったくそうではなく、私の初恋は同じ小学校の別の子だ。たかちゃんは、それまでとは意識の仕方が多少は違ったけれど、でもどこまでもいいやつ、だった。

たかちゃんは、みなが公立に行く中、私立の中学に進学した。会う機会もなくなった。中1の夏祭りと、その後中2の時にたまたまたかちゃんの家の近くで会った時に言葉を交わしたが、それきりだ。もともと女の子は早太り、を地で行っていたたかちゃんは、けっこう女っぽくなっていた。いまごろは、仕事で名を上げているか、はたまた肝っ玉母さんになっているか。いずれにしても相変わらず、皆に好かれているだろう。

2011年6月21日火曜日

初カラ

この1週間、色々あったがともかく久々に関西に帰った。先週の背中の痛みは火曜にはほぼ消えた。早めに会社を出て新幹線。夕方には到着しそのまま息子が好きなパスタ屋さんへ。息子こどもピザ、パパママはパスタで済ます。おみやげはラトラータメダルセット。息子喜ぶ。

翌日は父の日参観日。参観はすでに一度あり、授業も親たちにかまうことなく進む。まあこんなものかという感じ。でも子供たち、もちろんまだ硬さは残っているけれど、学校にも慣れてきている。道徳の授業で、ある物語のストーリーの続きを考える、という課題、誰か出来た人と先生に問われて、数人しか手を挙げなかったところに、いつも控え目な息子がさっと手を挙げたのが親としてはちょっと嬉しかった。帰ってパンの昼食の後、ポケモンのモンコレゲームで暫く遊ぶ。パパけっこうレベルアップに躍起になる。その後横になって4冊くらい絵本を読んであげるが、パパそのまま寝てしまう。1時間くらいの間に息子は、しっかり動画でパパを撮影していた。後で見てびっくり苦笑。晩は近くの回転寿しへ。春先に息子と2人で来たがママは初めて。息子目をキラキラさせ廻るおすしに大はしゃぎ。ママも美味しい!と大のお気に入りで、3人でたくさんいただく。息子は卵焼きとまぐろだった。

翌日曜日は、早起きして映画。ゴーカイジャーとゴセイジャー主役の戦隊もの35周年記念作品。もちろん花相撲的だが、前回の仮面ライダー40周年よりはなんか感動した。中華の昼ご飯、買い物して帰る。午後は眠くてぼーっとする。息子に本読んで、と言われて読んでてもうつらうつら。気を入れ直して隣の神社に息子と行く。森が鬱蒼としていて、小径がたくさんあるところが興味を惹くようで、息子けっこう好きである。写真は屋久島ではなく、その森の一部を切り撮ったものだ。 ひと回りして帰る。犬たちを散歩に連れ出そうとしたら大雨。前回の帰省からもうずっと雨雨だ。夜は折り紙をずっとしていた。「多面体」を作るのが流行っているらしく、繋ぎ合わせる元の形を折って作って、上級生のお姉さんたちに組み合わせてもらうのだそうだ。写真のように。晩はブリの照焼き、とろろごはん他だった。

土曜の代休の月曜日、午前は母子で耳鼻科皮膚科。久しぶりにこちらの家で独り。N響のチャイコの5番の録画を観ていた。やっぱ燃えるし、スコアを多少研究した身としても、気持ちが入る。リフレッシュした。ハッピーセットにミジュマルのお風呂おもちゃがついてる、というわけで昼はマック。独り暮らしでは通常食べないのでこれも数ヶ月ぶり。ポケモンカードゲームで息子に連勝し、雨も止みヒマになったので、息子を連れ出して、行きたい、と聞いていたカラオケ屋へレッツゴー。初めてのカラオケに息子はノリノリでゴーカイジャーのオープニングエンディング、ポケモンベストウィッシュのオープニング、仮面ライダーオーズほかかつての仮面ライダーシリーズやウルトラマンを歌いまくった。まあ車の中でよく唄っているとはいえ、初めてにしては意外に上手かな。1時間で撤退、600円。ぶらっとして雨が降りだしたので、ちょうど来たバスに飛び乗って帰る。ママに話すとびっくりしていた。次はラウンドワンでボーリングにカラオケしたいそうだ。おやつ食べてなくておなかへった、と何度も言っていた息子、鮭とどて焼きにふりかけご飯ほかの夕飯はおかわりしてたくさん食べていた。買ってきたカラーメタリックの折り紙をしばし一緒にしたあと、最後の夜もパパと就寝。今回も終わったな。次に向けて忙しい日々。がむばろお。

2011年6月12日日曜日

多忙(?)

5月末から6月は飲み会が混む季節である。「連休明け行きましょう」が一気に来るからだ。先週は2回、今週は、火曜はダニエル・ハーディング指揮マーラーチェンバーオーケストラwithモイツァ・エルトマンで、マーラーの4番を堪能した。ソプラノが素晴らしかった。初めてのオーチャードホールもいい感じで、すぐ近くにある某演歌歌手のお好み焼き屋にも寄った。水曜日はお付き合いで銀座で2軒、木金はお休みのつもりだったが、電話がかかってきて、中目黒の某女流料理評論家の店へ連れて行ってもらい、+1軒でタク帰り。集中的に遊び過ぎである。

次週こそ予定は1回だが、翌日帰省。明けた週は2回、この2週のどこかに送別会がひとつ挟まりそうだ。こんなん本当に久しぶり。連チャンも避けていたのに。周囲の奥様方からは痩せ過ぎだ、と心配していただいていただけに、これで戻るかな。ちなみに同様の季節はもう1回あって、「年明け行きましょう」の1月末から2月である。

さてそして、この週末は「お泊り会」中学の同級生3人が、うち長年独身で、最近ついにマンションを買ったやつのところに集まるのである。この3人は、中学卒業時に青春18切符を使って京都折り返しの山陰山陽周遊旅行に出かけた仲。3人で同じ高校を受験して1人だけ落ちたマンションの家主、しかし東京の大学に現役合格、残る2人は地元の大学、もう1人の彼は大学院に進み研究者の道へ、私と東京の彼は同じ業種となった。地元の大学の2人は、在学中に東京のやつの所へ1週間遊びに行った。まあそんな感じで、ようは腐れ縁である。メシなら何回も食べていて、もう30年の付き合いだ。

ところが当日、私はひどい寝違え(?)で左の肩甲骨のあたりに激痛が走り、朝から動けなかった。私が言い出した企画だが、まじで行かないことにしようと思ったほどだ。しかも午前中は雨、ブランチこそ作ったが、左ばかりでなく右腕を使うと背中の筋肉が引っ張られるのか痛い。寝転がると起きる際にやはり激痛が来る。何もせずじっとしていた。午後までそうしていて、雨が止んだ、出発予定時刻の1時間前から荷造り、洗濯、クリーニングをバタバタしてなんとか出かける。前回借りて来て今回返すハードカバー3冊が重い。自宅近くのバス停から下北沢、小田急ですぐ。

一旦荷物を置いて、重量の半分を占める本を無事返し、近くのオープンテラスで晩ご飯、帰りに飲み物とお菓子買ってお泊りモード突入。近況報告はもちろん、研究者の彼に科学の話を聞いたり、本の話をしたり、サッカー語ったり、何がいいかと言って、泊りは時間を気にしなくていい。腐れ縁の3人は、多少強く言ったり否定してもカドなんか立つわけもなく、楽しく夜は更けた。1時くらいに、家主はベッドへ。研究者はソファ、私は寝転がると怖かったので、足乗せ付きロッキングチェアで座って、2人で3時半くらいまで話をしていた。途中やはり横になりたくなり、出してくれていた布団に転がったが選択ミスだった・・。

夢うつつで、痛みが襲い、声を出して苦しがっていた。一度目が覚めたが、起き上がるまでに30分を要した。痛い。昨日より痛いんじゃないか。左腕を伸ばすことも出来ない。もう横になるのは嫌だったのでロッキングチェアで寝直す。朝は休ませてもらい、他の2人は焼きたてパンを買いに行った。気温が上がると、痛みはマシになる。それをじっと待つ。

朝食はハムチーズ系のおいしい焼きたてパンに、ヨーグルトマーマレード入り、バナナにリンゴ、料理はしないと言っていたが、さすが独り暮し歴25年以上、なかなか軽やかに理想の朝ご飯を出してくる。ちょっと感心してしまった。

10時半ごろ撤退。またねー。小田急で戻ってちょっとだけ下北沢探検。実はバス停への道迷っただけなのだが(笑)、物価は安そうだし劇場はあるしでなかなか面白そうだった。近いし、今度遊びに行ってみようかな。家に帰り着き、ソファで、もうとにかくおとなしくしておく。一平ちゃん夜店の焼きそばだけ食べてうつらうつら。と、妻子から電話入る。息子は自分の部屋へケイタイ持ってってしばらくパパトーク。次帰ったらゴーカイジャーの映画である。んで、夏休みはいっぱいあって、ポケモンにカーズ2に仮面ライダーも映画をやる。映画多忙。また眠気が来たので夕方まで座ったまま寝る。今回は背中の痛みの原因はやはり首の寝違えのようだ。頸椎の左側を触ると痛みが走る。

買い物行って米洗い、靴を全部磨いて、晩ご飯は簡単チャーハン。ベーコンハムと卵のみ。にスーパーで買ったギョーザとポテトサラダにちくわ。好きなものばかりで楽しく食べた。作ってみて思ったが、チャーハンの味付けは、奥が深そうだ。

てな感じで、この痛みは遊び過ぎたバチかなあーとか思いながら、ちょっと明日痛みが続くなら本気で病院だな、とかも考える。平日が絡むこういうときは、とにかく早寝早起きが肝要。まずは、風呂にゆっくり入ろう。

2011年6月5日日曜日

みじん切りっ

昨夜は結局、マーラーの4番5番のDVDを点けて通しで聴きつつ、「蜜の味」を3分の2読み、遅くまで起きていた。それもあり、エンジンがかかったのが午後遅くで、掃除機と、気になっていたところの雑巾拭きをして、米を洗って、晩ご飯に取り掛かった。

ハンバーグである。パン粉、牛豚挽肉、牛乳に卵は買ってある。まずは玉ねぎをみじん切りに・・つって、みじん切りやるのそういえば初めてだった。いつもはシチューとかでそんなに切らないので目が痛くなったことなどないのだが、みじん切りは痛い、見えない、危険、なんとか!てな感じで、だいぶ男らしい大きさの(笑)みじん切りとなった。

あめ色になるまでたまねぎ炒めて、全部混ぜる。粘り気が出るまで、たがすでに出ている。ちょっと柔らかいか・・4人前レシピを分量みて2人前作ってるが、どんなものか、初めてなので分からない。まあこんなものかというところで、手に油つけて、形を整える。なかなか楽しい。よし!焼くぞ。レシピによれば、引っくり返すのは最初の1回のみ。焼き始めるが、なんか上下厚い。ちゃんと焼けるかな、と、フタしてしばらく焦れる。上下に焼き色ついてからフタして6〜8分だそうだが、トロ火にして、10分焼いた。

皿に取り出して、ケチャップと中濃ソースをフライパンに。煮立てて火を止める。と、なんとここで、炊飯器のスイッチ入れてなかったことが発覚!頭を抱える。まあ仕方がない。ソースかけたら格好がついた。うまそうだ。ご飯ないが熱いうちに食べ始める。レシピの狙い通り、肉汁が封じ込められてて美味い!自分の作った料理には採点甘くなるものだし、お腹もかなり減っていた。でもウマい。2人前作って明日の晩くらいまで持たすつもりが、小2個残して全部食べてしまった。ご飯は途中で、なんとか間に合った。

そんなに時間かからなかったし、パン粉あるからまた作ろう。明日はアスパラ、玉ねぎの残り、冷凍庫ベーコンあたりでパスタかな。さあ片付けよう。

「蜜の味」は、派手な内容、例えばジャックザリッパーが出るとか、フロイトなど同時代人が出演するとか、アイリーンアドラーやマイクロフトやモリアーティが出る国家的陰謀、などという類いのものではなく、怖るべき殺人は起こるが、ホームズはあくまで淡々と対向措置を取る、というもので、心理描写に重きを置いた作品である。確かにそのジャンルはある。逆に丹念に地道に練り上げられているので、世のシャロッキアンは、快哉を叫んだのではないかという予測もできる。書いたのもロンドンの人だし。渋い、本だった。次は「宇宙戦争」だな。

2011年6月4日土曜日

神田神保町での炸裂(2)

神田神保町、メインの古書街からちょっとだけ離れた、推理小説専門店の、狭いせまい古書店、丹念に見ていた、私の、目の高さに、それはあった。

就職同時、まだ博多弁が抜けなかったころ、早稲田の一文出で大変な読書家の同期とよく話していた。彼は大いにいいやつで、こんなこんな本が読みたい、と言うと、遅くとも1週間以内に、ベストマッチの本を持って来てくれるのだった。こちらは言った事も忘れているというのに。綾辻行人も、恩田陸も、石田衣良も乙一も、最初はその同期に貸して貰った。

私がシャロッキアンであることを面白がり、シャロッキアンがどんな議論をしているかも当然のように知っていた彼は、ある日、私に囁いた。
「蜜の味」って知ってるか?いっぱしのシャロッキアンであることを自認していた私も、知らなかった。彼は言った。俺が読んだ中で、一番面白かったパスティーシュだ。ハヤカワで出てるから探してみい。

私は、探した。大きな書店はもちろん、町の小さな本屋に至るまで。本屋に行けば、ハヤカワのコーナーで念のために探す、が習慣になった。関西には、神保町のように有名な古書街はないが、古本屋に行っては見てみた。どうしても読みたかった。インターネットが普及してからは検索してもみたが、やはり絶版。ほとんど諦めていたというのもあり、そればっかりに熱中していた訳でもないので、探し方が甘かった部分もあろうが、いつもその書名は頭にあった。

「蜜の味」があった。ついに見つけた。その瞬間、頭の中で何かがスパークした。小さな火花が炸裂した。私は声こそ出さなかったが、顔の前で、指を鳴らしていた。目が大きく開き、高揚しているのが分かった。確かにハヤカワだった。落ち着いてきて、その棚を見直すと、これも絶版のパスティーシュ、パロディがいくつかあった。もう1も2もない。焦って買った。こんな感じの、よく出るんですか?20年間探してたんです。いや、あまり入って来ないですねー。私と同い年くらいだろうか、の店員が答える。私が興奮しているのにちょっと驚いている。ともかく、包みを提げて、後生大事とはまさにこのこと、で提げて外に出たら、カレー屋の前に灰皿があったのでゆっくり煙草を喫む。まだとても実感が湧かない。

もう神田神保町での今日は、終わってしまった。もう用が無い。それでいい。有名な喫茶店「さぼうる」に入り、しげしげと眺める。パラっとめくってみる。ここで読む気にはならない。電車に乗って、ひと駅前で降りて、1回行ってみたいと思っていた店を探し、回り道して歩いて帰る。運がいい気がした。こっちと思う方向にしばらく歩いて順調に見つかった。住宅街にあるが、思った通り小粋な店だ。また歩く。いつもバスに乗って通るだけだが、歩いてみると意外にセンスの良さそうな店がそこここにある。人はあまり通らない。誰もいない道で、バカヤロー、こんな本、俺じゃなきゃ誰も買わねえぞ、と口に出す。緑豊かな季節、明るく時折さわやかな風が吹く夕方前の、街路樹が立ち並ぶ道、痛快な気分だった。

改めて発行年を見ると、昭和57年、1982年だ。私が存在を知ったのは、日本で出版されてから10年くらいのころな訳だが、パスティーシュの運命もまた私は知っている。ものにもよるが、さして有名な作家が書いた訳でもなし、しかも外書でジャンルは極端に狭くシリーズでもない本は、10年も経てば忘れ去られる。当時はブックオフのようなものも無かった。いまブックオフに行くと、入社したころに求めたパスティーシュは散見されるが、さらに10年前のものは、やはり出ないだろう。買っておいて良かった、と思う絶版ものをどれだけ持っていることか。

きょうはこれで満足だ。まだ余韻が残っている。たとえ「蜜の味」がつまらなくとも構わない。そんなレベルではない。とりあえず、月曜はかの同期にメールしてみよう。おそらくは、覚えてないだろう。

神田神保町での炸裂(1)

いつか行ってみたいと思っていた、神田神保町の古書街に初めて足を運んだ。電車乗り換えなしで20分。明日行く、と友人に言ったら、神保町=カレーだと聞いた。昨夜遅く地震があって、習慣でTVを点けたら、たまたま神保町カレーの特集をやっていて、これは天啓かと(笑)、欧風カレーの店に定めた。

着いてみると、浮かれてしまった。岩波ホールは興味深い映画をやっているし、そこここの古書店に入ってスポーツ、美術、音楽の本を眺めるのが楽しい。東京では落ち着ける街が無かったが、ようやく辿り着いた感までした。ひと渡り見て、古書店を通って奥にある、欧風カレー「ボンティ」でビーフカレーを食べる。見ての通り、ジャカイモ付き。またビーフでかっ!という感じ。ライスにはチーズがかかっている。欧風らしく深みと甘みが感じられ、美味かった。並んだ甲斐あったというものだ。

本のほうは、はなからあまり期待はしていなかった。一応推理小説とマンガの店をリストアップして行っていた。辿り着かなくても、神田神保町が何となく分かればいいやー初めてだし、というくらいの気持ちだった。思い通りの店で腹拵えが出来たので、ちょっと余裕が出た。興味がありそうな店を伺いながら、推理小説専門の店を住所で探す。駅からちょっと離れ、メイン通りから路地を入った所に、その小さな古書店はあった。本当に狭かった。出入口に近い棚から、ハヤカワ・ミステリの古いやつなどをなんとなく見ていく。ジョルジュ・シムノンのメグレ警部ものに目が引かれる。さすが専門店。下まで見て、さらに右の棚を上から順に見る。と、目の高さに、それは、あったー。
写真が1回につき2枚しか載せられないので(2)に続く。